物語の終わり、彼らのはじまり。

あれから、乱菊は毎日瀞霊廷に通っている。

ここでの暮らしにもだいぶ慣れた。

今までの時間が嘘だったのかでは無いか、これこそが藍染の見せる幻なのでは無いか、ぼんやりと思う時がある。

復讐の為だけに汚した手。
その血の匂いは消えないが、それでも…少しだけ、それを忘れさせてくれるくらいには日々は穏やかに過ぎ去っていった。


めまぐるしく変わったこの環境を縁側で寝そべって、ひとり思っていた。



(おい、あいつ何なんだよ)
(狐のお化け…じゃねぇの?)
(ちょっと2人とも見つかっちゃうよぉ)


煩い。
…なんなんやあいつらは。
茂みの陰に隠れて、餓鬼がこちらを伺っている。
三人、だろうか。


(おいっ!お前偵察に行ってこいよ。)
(ボ、ボボボクが!?)
(うっせーな。気付かれんだろ?)

気づいてるっちゅうねん。
まる聞こえや。

あ…。
こっち来よった。
めんどくさい。


「あ、あのぉ…。」
「…。」
「あのぉ…!」

(駄目だよ、無理!無理!!)
(なに言ってんだ、もっとデカい声で言え!)
(あ、こら戻ってくんな!)

(しゃーねーなー…。)
(えぇー!また行くの!?)
(そうだ。早くしろ!)


「おいっ!お前!!狐が狸寝入りかよ!!」

だれが狐やねん。

「……ボク、昼寝しとるんやけど?」

「うわっ喋った。」
「ひぃっ!」

…。

「なんなん、キミら?」
「ここは俺たちの縄張りなんだよ!」
「そうだ!この山自体が俺らの庭だからなっ!前来たときはボロ家のままだったのによ…。」
「ここ、ここは、僕らがアジトにしてた場所なんです。」

縄張りか、餓鬼の発想やな。

「そうだぞ!俺たちのアジトに急に狐が住み着いたんじゃねーか!!
…お前ほんとに狐か?」

ちゃうわ…。

「今は僕らが暮らしとんの。分かったら帰って。」
「わかんねーよ!」

煩い。
頭に響く。

「なぁおじさん、名前は?」

おじ、さん…。

「なぁ何ていうんだよ。」
「なんでそんなん教えなあかんの…。」
「別に、理由はねぇーけど。」


「…ギンや。市丸ギン。」
「変な名前だな。」

思わず、吹き出してしまった。

「なんだよ。」
三人は訝しがってこちらを見てくる。

「いや、前にもそんなん言われた事あってな。」
「変なやつだな、お前…。」


「ねぇ。帰ろうよぉ。」
一人だけ、気の弱そうなのがいる。一番最初に声をかけて来た奴だ。

「そや、帰り。」



他2人はしぶっていたが、そのひ弱な餓鬼が無理やり引っ張って行く形で奴らは帰った。
話の分かるヤツだ。



その日の夕暮れ時―

「あら。これなぁに?」
乱菊が縁側の近くで変なものを拾った。

御守り、だろうか。
手縫いのものだ。

「あの餓鬼らのか…。」
「え?だれ?」
「…いや、大したことやないよ。今日餓鬼がここは俺らのアジトやーゆうて、いちゃもんつけて来たんや。」
説明するのも面倒だ。

「あぁ、だからか…。」
「なに?」
「ここ片付けているとき、すごく汚かったけど、少しだけ人が使っているような気配がしたから。」
「ふーん…。」

「ねぇギン…。初めてじゃない?ここに来て、人と喋ったの。」

え?

あぁー…

確かにそうやな。
今まで誰と話す事も会うことも無く、ゆっくりと過ぎる毎日を、ただぼんやりと過ごしていた。

特に疑問を抱く事もなかったし、それが普通だと思っていた。

「よかった…。ギン、楽しそうで。」
乱菊はとても嬉しそうに笑った。

楽しい…。
楽しい訳ないやろ…。
僕は気に入らなかったが、乱菊の綺麗な笑顔を壊したくなくて、黙っている事にした。


まぁ確かに…。
僕らだけの世界だったこの空間に、土足で踏み入られたのに、さほど嫌な感じはしなかった…
気もする。

なんだかモヤモヤが取れなくて、乱菊に近づいた。

「何よ…。」
「分からん。けどなんや頭切り替えたいから、甘えさして。」

殴られるかと思ったが、意外にもすんなり受け入れてくれた。

やっぱり嬉しそうだ。
それがまた釈然としない気分にさせるから、僕は彼女を押し倒す。


もうええわ。
今は乱菊に集中しよ。



無神経で、不躾で、訳の分からん餓鬼との出会い。


ーーーーーーー


次の日縁側で寝ていると、案の定奴らはやってきた。

例のひ弱な餓鬼は、すでに半泣きだ。

「おい。…こいつの御守り、返せよ。」

僕が取ったわけやないわ。
さっさと渡して帰って欲しかった。

僕にはまだゆっくりと考えたい事があるのだ…。

「ほれ。」
投げて返すと手に納めた瞬間泣きだした。

「大事なもんなんだよ…。」
「死んだ俺たちの仲間のやつだ。」

神妙な面もちで話されるとこちらまで調子が狂う。

「…キミら、名前は。」
面倒で早く帰って欲しいはずなのに、何故か僕は聞いてしまった。

「え?」
「名前。」

「あぁ…。
俺はしゅうへい。」
「れんじ。」
「…きら。」

一瞬聞き間違いかとも思ったが、次の瞬間には僕は声を出して笑ってしまっていた。

「ちょっとうまいこと出来過ぎちゃうの?」

三人は唖然として顔を見合わせている。

「ギン、狂ったのか?」

呼び捨てかいと突っ込みたくもなるが、こちらはもう可笑しくて仕方ない。
確かに雰囲気はあってるわ。
ぴったりの名前やね。

「いや、何でもない。」
笑いを堪え答える。

「…キミらの好きな娘、るきあちゃんとひなもりちゃんと違う?」

あえてしゅうへいと名乗ったやつは無視した。
らんぎくとでも答えられたら殴ってしまいそうだ。

「…だれだそいつ。」

さすがにそこまでうまくはいかんのやね。
きらもイヅルやのうて、きらやし。

なんや面白い話や。
乱菊に報告せなあかんね。
今から反応が楽しみや。

「なぁギン。」
「…なんや?」
「医者、紹介してやろうか?」
「…いらんわ。」

「なぁ。」
「なんや今度は。」
餓鬼は縁側に座ってくる。
どんだけ図々しいねん。

「お前、ここに住むんだろ?」
「そや?」
「こんなボロでいいのかよ。」
「…は?」

話がよくわからない方へ進んできた。

「これじゃ雨漏りするんじゃねぇの?それに冬は相当寒いぞ?凍えて死んじまうぞ。」

ここに来てから雨が降ったことは一度もないが、確かにこれでは雨漏りもするだろう。
冬は昔の事を考えれば何とも無い。
だが乱菊の事を考えると、心苦しくもあった。

「道具、貸してやろうか。」

話がよく飲み込めない。
こいつはまたここへ来る気でいるのだろうか。

「手伝ってやるよ。
俺らもアジトを快適に使いたいしな。」

ちょっと待て。
まだここをアジトだと思っているのか?

そいつが同意を求めると、ひとりは迷いなく頷くが、もう一人は青ざめている。

「はぁ。キミらいい加減に…」
「じゃあ決まったな!明日道具持って来てやるからな。」
「そうだな。…忘れずちゃんと居ろよ?」
「ちょちょちょっと待ってよ。」

イヅル…いや、きらはこっちでもいつも青い顔しとるんやね。

「なんだよ、きら。うるせーな。もう行くぞ。」
「もう帰んねーと母ちゃん達に殺されるぞ。」

「じゃーなー、ギン!」
「お菓子くらい用意しとけよー。」
「うわぁ!ちょっと2人とも〜。」

今日は威勢のいい2人が引きずっていった。



…。

気づくと日がだいぶ傾いてきていた。

嵐が去ったようだ。

僕はしばらくぼーっとしてしまった。
相当間抜けな顔をしていた気がする。

なんなんや、奴らは…。

乱菊が帰ってくると、酷く驚かれた。

ああそうだ。
あの面白い話を聞かせてあげなければ―。

「あんな、乱菊…。」




ーーーーーーー


それからあいつらは毎日ここへ通うようになった。

適当に仕事をして、喋り倒して帰って行く。

庭に畑まで作ろうと言い出した。
もう自分のものだと完全に勘違いしているようだ…。

はぁ。
僕は今日も溜め息で彼らを迎える。

いや彼らって…。
いつのまに昇格したんや!
あんなんあいつらで十分やろ!



乱菊はずっと機嫌がいいし、気に食わない事だらけだ。

だけど…
その時は気づかなかったが、藍染や昔の事を考える事がいつの間にか無くなっていた。


乱菊の言葉を借りるなら、僕はその騒がしい毎日の中で、“今”を見つけたのかもしれない…。


そう思うのはずっとずっと後の事だ。




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