物語の終わり、2人の始まり。2

ギンは再び目を覚ますと、そこは暖かい光にの中だった。

「目、覚めましたか…?」

目が慣れてくると、それが井上織姫であると気付いた。

だいぶ楽になっている。
こうしている間にも、体に血が通い、傷が癒えていくのが分かる。


「乱菊は…?」
「今は出掛けています。どこかに家を準備しているんですって。」

「なんで、キミが。」
井上は質問には答えず、治療を続けた。
「乱菊さん、食事も食べずにずっと付きっきりだったんですよ?私が来ている時だけ、外へ出て、いろいろ準備をしているみたい。」

(あぁー…アホやな、ちゃんと食べなあかんやろ。)
ギンの頭は、どこか冷静だった。

「なんで?なんで、キミがボクの事を…。」
ギンはまた同じ質問をした。

少しの沈黙の後、井上は
「あなたを助けるんじゃない」と小さく言った。
「乱菊さんが…泣いていたから。」


「乱菊さんとは幼なじみなんですってね。何も知らないけど、乱菊さんがそれだけ教えてくれました。大事な人だって…。」

黙るしか無かった。



「皮肉なもんやね。自分が連れ去って殺そうとした人間に助けられるやなんて…。」
ギンは自嘲気味に笑った。


井上は何も喋らない。


体が暖かくなってきた。
もうだいぶ回復してきているのだろう。心臓の音がやけにうるさく聞こえる。


ギンはまた深い眠りに落ちていった。




ーーーーーーーーー


次の日ギンが目覚めると、井上の姿は無く、乱菊がギンの手を握り眠っていた。

顔に血色が戻ってきている。

織姫に治療してもらったのかも知れない。
それから…ギンの回復を見て安心したのだろう。

ギンは素直に良かったと思った。


体を起こすと、眩暈がしたが、頭に血が通い始めると、それも無くなっていった。

しばらく乱菊を見つめていたが、「ん…。」と声を出すと目を覚ました。

「乱菊、おはよう。」
「ギン…?」

乱菊は徐々に覚醒していく頭の中で、これが現実なのか一瞬分からなくなった。

乱菊は恐る恐る、ギンの頬に触れてみた。
ギンはその手を握る。


「ギン…。よかった…。」

乱菊は俯いた。
泣いているのかも知れないと思った。




しばらくして、乱菊は顔を上げた。
涙は流してはいなかった。


「ギン。歩ける?」
「ん。」

乱菊の支えでやっと立ち上がる。

「大丈夫、そうやね。」


「ギン、新しい家に行こう。ここにいつまでもお世話になるわけにはいかないわ。」

乱菊に支えられながら、ギンは黙ってついて行く。







その家は確かにぼろであったが乱菊と共に暮らした小屋よりはよほど立派だった。

見た目に反して、中は綺麗に整理されていた。

乱菊の部屋で見たものが、いくつか揃っている。

乱菊はギンを座らせると、「いいところでしょ。」と笑った。


「食べ物も用意したし、必要なものは用意した。2人で、ちゃんと暮らせるわ。」
「2人で…。」
「そうよ、2人で。」


「昨日瀞霊廷に行ってきたの。わたし、流魂街の人と結婚するって言ってきちゃった。」
乱菊はさも可笑しそうに笑っている。

「5日間の無断欠勤の後に、いきなりの結婚宣言よ?もう大騒ぎだったんだから。でもね、隊長だけは、“分かった”って言ってくれたの…。」

「それからこの荷物を全部運んだの。要らないものは全部売っちゃった。おかげで立派な臨時収入になったわ。1日で隊舎の部屋を引き払って来たのよ?我ながらよくやったわ。」

明るく話す乱菊を見て、ギンも少し笑った。




話が尽きると、2人は何も喋らなくなった。

夕日が差し込んできている。
そこで初めてギンは今が夕方なのだと知った。



「…ね、ギン?」
「ん?」

「話してよ…。なんで藍染に寝返ったのか。なんで尸魂界を裏切ったのか。なんで、私を置いていったのか…。」
乱菊の声は落ち着いている。


ギンは話した。

この長い長い時間の事を一から話すのは大変な作業だ。
そもそも自分でも冷静に順を追って考えた事は無い。

しかし話していくうちに、頭は冴えてきて、ギンは自分でも驚くほど落ち着いていた。




藍染によって乱菊の魂魄の一部が盗られた事、藍染を殺す為死神になり、藍染の下につき、機会をうかがっていた事。



話し終える頃には辺りはすっかり暗くなっていた。


「じゃあ全部私の為だったって事…?」
「……。」
「なんでよ…。私がそんな事望んでると思ったわけ?」

「そんな事思ってへんよ。ただ、そうするしか出来へんかった…。何が正しい事で、何が間違った事なのか…とっくに分からなくなっとった。」

「ボクはそう生きる事しか出来なかった。全てがボクの一生の後悔やね…。」
ギンは自嘲して下を向いた。


2人の間に沈黙が流れる。


「ほんと頭おかしいわよ…。」
ギンが顔を上げると、次の瞬間頬に鈍い痛みが走った。

一瞬何が起こったの分からなかった。

あぁ…殴られたのか。と気付いた時には乱菊はボロボロと泣いていた。


「馬鹿じゃないの…。ほんっと馬鹿だわ。わたしがどれだけ…どれだけ心配したか…。どれだけ泣いたか…。」

「ごめん。」
「謝るくらいなら…っ!最初からそばにいてよ…。あんたあれだけ一緒にいて…なんで分かんないのよ。わたしはギンがそばにいれば、それだけでいいのに。」


ギンは咽び泣く乱菊をただ見守る事しか出来なかった。

「…抱いてよ。」
「え?」
「抱きしめてよ。」
乱菊は泣きはらした目で見つめてくる。

ギンは躊躇して動けなかった。
すると、乱菊は自分から体を寄せてくる。

「抱きしめて…。」

ギンはやっと乱菊に手を回した。
「もっと。」
「もっと強く…。」

乱菊はギンの腕の中で泣いている。


「乱菊…。」
「馬鹿。ほんと馬鹿。」
「ごめん。」
「謝るな馬鹿。」

乱菊はしばらくそうしていたが、「じゃあ、どうしてわたしに会っていたの?」と小さな声で聞いた。

「それも後悔やね。全部や…。乱菊を置いて復讐を誓った事も、思いを捨てきれず中途半端に甘えてしまった事も。」

「……。」
「全てが僕の過ち。後悔や。」

ゴンッ。乱菊はギンの胸に頭突きをした。

「馬鹿ね…。あぁーあ!今日何回馬鹿って言ったか分かんない。たぶん新記録よ。」

「あんたの…一生の後悔がわたしを置いていった事なら、わたしの後悔は、あんたの事を引き留められなかった事よ。」

「思いを伝えられなかった事…。」


乱菊はギンにギュッと抱きついてきた。


痛いほど抱きしめてくる乱菊に、ギンも強く抱き締める事で応えた。





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目覚めるとギンに包まれていた。
「おはようさん、乱菊。」

その笑顔が優しくてムカついたから、その胸にもう一度頭突きをしてやった。





朝がきた。
2人が出会った時のように、澄んだ青空が広がっていた。
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