拝啓 織姫さま・彦星さま

「キラ〜キラ〜光る〜夜空の星よ〜」
「ほら、きら、お前の歌だぞ?よかったな!」
「や、やめてよぉ。」

騒がしい。
乱菊がいるから黙って付き合っているが、本当ならすぐさま放棄したい。
というか殴りたい。



こいつらがやってきたのは昼過ぎだ。
いつものようにぞろぞろとやってきたかと思ったら、それはいつもとはちょっと違っていた。
大きな笹を、三人で担いでいる。
正直これには驚いた。
休みで家にいた乱菊も、何事かと出てきた。

「凄い!七夕…?」
「しゅーへいが、取っていこうって。へへへ、ギン、すげーだろ。」
先頭は顔を真っ赤にしているし、後ろはへろへろ。
一番軽いところだろうに…。
しかも葉が顔にかかってうるさいのか、何度も払っては、逆に跳ね返った枝に強打されている。
これはこれで面白い…が、
「なんや…。ここでお祭りでもする気やないやろな?」
分かってはいるが、聞かずにはいられない。
しかし…
「おう。」
「当たり前だろ。」
「…えっとはい。へ、へ、へくしゅんっ」

まったく揃わない声にボクの願いは全否定される。
最後にいたっては、葉っぱに鼻をくすぐられ、くしゃみ入っとるし…

「いいじゃない!やろ。じゃあ縁側に飾りましょ!こっち運んで!」
「なぁ…乱菊…」
「ギン…嫌なの?」

不安げに見つめてくる乱菊に、ボクはもう逆らえない。

なんだか滅法乱菊には弱くなった。
ここで暮らすようになる前は、こんな表情を見るような事はなかった。
子供の時以来だろうな。

乱菊に見つめられれば、次に続くはずの言葉は、その青いふたつの瞳に吸い込まれてしまうのだ。

「…そんな事無いよ。めっちゃ…楽しみ。」
なんとかそれだけ絞り出すが、自分でもその白々しさに苦笑してしまう。
しかし乱菊は嬉しそうに「そう?よかった。」と笑う。
「じゃ、行こ行こ。」
なんてボクの手をとり、走り出すから、くらりとしてしまう。
これが引っ張られたせいなのか、乱菊の笑顔にあてられたのか…
おそらく後者だろうな、と冷静に分析した。



「なぁギン。ここへ来る途中考えてたんだけどさ、やるなら徹底的にやらねーか?」
「笹飾って、短冊書いたらそれで十分やろ。他に何する事あんねん…。」
「いいから!」

「めんどいなぁまったく…。」
ボクは頭を描き、全力で“今すぐ消えろ”オーラを発するが、彼らにはまったく通用しない。
最近、こいつらはそもそも気を使うなどという機能を持ち合わせていないのでは無いだろうか思うようになった。

その機能の欠如したのが袖を引っ張ってきた。
「まぁ聞けってギン。乱菊さん、ぜってー喜ぶと思わねーか?」

う゛…。
こいつらもボクが乱菊というワードを出せば容易に傾くという事を学んでいる…。
「な!いいから協力しろよ!」

ほら、仲間から睨まれているのにも気づかない。
ほんまにお母ちゃんの腹ん中に忘れてきたんとちゃう?

「そうだ、どうせなら、流しそうめんってどうだ?」
「何がどうだ?やねん。やるわけ…」
「乱菊さーーん!そうめんってありますー?」

って話聞けやアホ!

「え?そうめん…?あるある!まさか流しそうめんやるの?」

乱菊もなんでそんなに察しがいいんや!
そんなワクワクした表情見せられたら…ボクは…

「…分かった。やる。やるわ。」

「じゃあ気合い入れてたくさん茹でなきゃね!」
なんて意気込んでる。
はぁ…。
可愛い。

「よっし!まずは竹を集めてこねーとな!」



***

夕方前には、それなりに形は出来てきた。

問題はどうやって水を流すか、であったが、ありがたい事に湧水の流れる場所が近くにあり、そこに組み立てる事にした。
こんなところ、知らなかった。
縄張りを張っていただけの事はあるな。
知識量が違う。


「はぁ〜疲れたっ!」
「休憩だな休憩。」
「さ、賛成ぃ〜…」

家へ戻ると、何故か戸は全て閉まっていた。
こんな暑いのだから開け放しておけばいいものを…。

嫌な、予感がした。

「ちょう待ち!ストップやストップ!開けたらあかんっ!」

しかし時すでに遅し。

反射的に近くにいた二人を抱き抱え目を塞ぐが、
「し、しまった…!!」

もう一人…最も見られてはいけない者には、すんでのところで、手が届かなかった。

全てはスローモーションのようにゆっくり見えた。

「あかーーーーーんっ!!!!」

戸が開けられる。

「…へ?」
「え?」

乱菊と生意気な餓鬼は何が起こったのか分かっていないようだった。

次の瞬間つんざくような叫び声が響く。
セミも驚いて、鳴くのをやめた。

「ギャーーーーーーー!!!!!!」

ボクは慌ててそいつの首根っこを捕まえて投げ捨てると戸を乱暴に閉めるが、もう茹でだこのように真っ赤になって、無様にも鼻血を垂らしている。

「ちょっと!ギン!どういう事!?」
「ボクは止めたわ。間に合わんかったけど…。」
「あんたねぇ…。もっと早く気付きなさいよ。こんな真夏で閉めきってるのよ!?なんで急に入ってくんのよ!!」
「はぁ…ボクだけの楽しみが…ボクだけの夜の楽しみがぁ…。」
「なんか言った!?」
「いえ何でも。」

戸を挟んで、内と外で応酬が繰り広げられる。

「だいたい何で今着替えなんか…。」

「これよ!これ!!」
スパァーンッと勢いよく開けられたその中には、華やかな浴衣姿の乱菊がいた。
髪も緩く纏めている。

後ろで息を飲むのが分かった。
ひとりは意識を失っているので、反応はない。

「まったく…気合い入れてこんなの出してきちゃったのに…。」

まぁ目を覚ましたところで、こんな乱菊を見たらまた倒れるだろうな。

「ギンの分も用意しといたから、後でちゃんと着替えといてよね!」
こんなプリプリと怒る乱菊も悪ないな、なんて呑気な事を思っていた。

「でも、私もこんな子供に見られたからって騒ぎ過ぎだったわね。大人げなかったわ。」
いやいやそんな事ないから。
一人失神しとるから。
命の危機やから。

乱菊も大概やな…。
鈍感過ぎるわ。



***

「じゃあ!始めるわよー!!」
夕方…と言ってもまだ日は高いが、乱菊の号令と共に、第一陣が流される。

透き通った水にゆらゆらと流されながら流れる白い糸…風流ではあったが、正直水っぽいし、大して美味しさを感じなかった。

まぁこんな風にわいわい食べるのも…悪くない。
確かにほんのりと竹の香りのついたそれは爽やかで、夏の暑さが少しだけ和らぐ夕時に食べるには最高に贅沢かも知れない。
心持ち涼んだ気もした。

「美味しいわね!!」
「そうへふへ!」
鼻に詰め物をしながらにやける姿は実にみっともなかった。



***

夜もくれると、
空には見事な天の川。

「それより…七夕の話って、分かってるんか?」

案の定よくは知らないと言う。
仕方ないのであらましを説明する。

「まぁ、織姫と彦星ゆうんは、乱菊とボクと思ってほぼ間違いないから。」
「ほこかたよっ!」
「え?」
「どこがだよっ!だって。」
「それは運命の相手ってとこと、愛し合うが故に引き裂かれた二人…とかやな。」
「おはえとのひょうひゅうへんはしことをほうひしてりゅっへことくらいやりょ!」
「…なんやって?」
「たぶん…お前との共通点は仕事を放棄してるってことくらいだろ!…って言ってるんだと思います。」
「キミらよう分かるな…。」

乱菊はと言うと、そんなボクらを「星空教室ね」なんて笑って見ている。


***

「そうだ!今日みんな泊まっていったら?」
「「「「え…?」」」」

不覚にもボクまでシンクロに参加してしまったでは無いか。

「あ、でもお家の人が心配するか…。」
そうだそうだと言おうとしたら、
「まぁ普通に泊まりあいはしてるし、別に心配はしねーと思うけど…。」
何故こうもこいつらはボクの先をゆくのか…。

「じゃあみんな泊まってきなさいよ!待って、今準備するから!」
「…と、とまりゅ?らんひくひゃんと…?」

ばたんっ

あーあー3度目だ。
いい加減乱菊も気付いてくれ…。


***

(なーなー!きらは見れたか?)
(な、何を?)
(乱菊さんの着替えだよ!俺、一瞬だけど見れた気がするんだよなー。なんかチラッと肌色が…)
(ちょ、ちょっと!)
(しゅーへいが起きたら聞こうな、どんなだったか!ふへへ〜楽しみだな〜)

ボクはそれぞれにげんこつを食らわせてやった。
あえて三発。
意識の無いやつにも。
当たり前や。


「はよ寝ろよ!」
それだけ言うとずかずかと乱菊のいる縁側に向かった。

「なぁ!なんであないな事…」
乱菊は笑いながら短冊を眺めていた。

「見て、ギン。面白いわよ。」
隣に腰を下ろすと、乱菊の手の中を覗きこむ。

「へったくそな字やな…。」
「あんたが教えてるんでしょ。」
ぺしっとでこを叩かれた。
まるで子供にするようで気にくわない。

「これはしゅーへい君のね…ギン、が早く、キツネにもどって、山に、かえっていきますように…だって、何これ。」

乱菊は目尻に涙を溜めてわらっている。
もう一発殴っておけばよかった…。

「次はれんじ君ね。しゅーへいのはな血止まって、きらの顔色がもうすこしよくなりますように。だって。」
「きら君は…みんなが真面目に勉強してくれますように。ギンさんがもっと真面目に取り組んでくれますように。」
「………。」

これは、これは…と次々に読み上げては楽しそうに笑っている。

「あ…これギンのだ…。」

乱菊が手に取ったのは、水色の短冊。

《乱菊がいつまでも笑っていますように。》

「ちょっとこれベタ過ぎない?」
「ええやろ別に…。乱菊は何て書いたん?」
「ん〜?」

同じく水色の短冊に
《ギンがいつまでも私の隣で笑っていますように。》

「なんや、一緒やん。」
「違うわよ、隣ってとこが重要なの!あんたのは無欲すぎるわ?」
「そうやろか。」
「そうよ。」

暗くてよく見えないが、乱菊はそっぽを向いたから、たぶん顔を赤くしているな。考えるだけど頬がゆるんでしまう。

「乱菊…。」
キスを迫ろうとしたら、
「私、もう一個あるの!」とかわされた。

《ギンが少し大人になって、我慢してくれますように。》

「ぷっ。何やねんそれ。」
「あら、大事な事よ?今は子供たちもいるんだし…んっ!?」
「子供は寝ました。これからは大人の時間、やろ?」
「だから子供達が!」
「七夕の夜に外で…ってのもありやない?」
「ばっか放しなさいよ!もうっ!」
「はいはい、わかってるって。」
「あーもうこいつが早く大人になりますように!なりますように!!」
「だから大人やん。」
「意味が違うっ!!もう寝るわよ!おやすみ!」



***

(しゅーへいのやつ、寝ててよかったな…。)
(ほんとだね…。)




「キミら、覗き見なんてええ趣味しとるね。」

「「!!?」」

「大人は何でもお見通しなんよ。」
振り向いてニヤリとすれば、すぐに引っ込む2つの顔。





***

今日は馬鹿らしくて馬鹿らしくて、少しだけ楽しかった。

なぁ織姫さんと彦星さん?

見とった?
想うが故に別たれても、もしかしたら、こんな風に笑いあえる日が来るかもしれんよ?
そしたら周りの星達は祝福してくれると思うで。
そんでみんなで笑って暮らせるようになる。


なんや、そういう気するわ。

だから、今はボクらを見守っといて。
そんでボクらの些細な願いを聞いて。

そしたらボクは祈るわ。
キミらにも、ボクのような幸せが訪れますようにって。


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