雨と梅


僕は毎日が楽しくて仕方がないんだ!

いやもちろんしゅーへい君やれんじ君達と遊ぶのだって楽しいけれど…何かを学べるって最高じゃないか!!



それなのに…

「どういう事ですかこれは!?」

「ああ?」
「なんだ?」
「なんやねん…。」


墨だらけになって、顔に落書きし合う子供2人に、それを完全に無視して小説を読みふける大人1人…。

「こ、こんなのちっとも学校じゃないよっ!!」
しかし僕のこんな悲痛な叫びも彼らには届かない。

「学校…?」
「ギン、お前学校なんて作る気だったのか?」
「まっったく無いわ。ありえへん。今後も無いな。」
「だよなー。」
「なー。」
「当たり前やろ。」

なんだ?
なんで僕が疎外されているんだ!?

「だだってギンさんが、色々用意してくれたんじゃないですか!!」
「僕は乱菊に頼んだだけ。」
「教えてくれるんでしょ?」
「まぁ…なぁ。けど基本的に静かで居ってくれたら僕はなんでもええわ。」
「しゅーへい君達は!?」
「まぁ勉強はしたいけどな、今まで山遊びばっかりだったんだぜ?いきなり一日中机の前に座ってろとか言われたらきちーよ。」
「同感。それにちゃんと字の練習だってしてんだぜ?ほら。」

れんじ君が見せてきたのは………
あ、ごめんそれ字だったんだ。ミミズの写生かと思ってたよ。


うぅ…。
雨の日はすること無いから、ギンさんに勉強教えてもらう事になってるのに。
もう梅雨も終わっちゃうよ。
晴れたらみんなさっさと外で遊ぶんだよどうせ…。

うぅ…。
うぅ…。

「きら、まさかお前、泣いてんじゃねぇよ、な?」

いつの間にか涙が流れていたらしい、悔しかったのだ。
みんな、なんで分かってくれないんだ…。

(おいギン!どうしてくれるんだよ!)
(なんでボクやねん…。どっちかというとキミ等のほうやろ…。)
(いいから早くっ!先生役もどれっ!!)
(えー、めんど((もーどーれ!))

「あ、えーごほんごほん。」
「先生!質問なのでありますが〜こちらの漢字はなんと読むのでしょうか〜?」
「あー?さっきもそれ聞いてきたやろ、“春夏秋冬”や。はる、なつ、あき、ふゆ。だいぶ前やぞ教えたの。まだ覚えて…
「いやー!勉強になるなー!さすが市丸先生、分かりやすいっ!」
「なー!きらもそう思うだろー!?」

いや、うん…えっと
とりあえず君達が僕を励まそうとしてくれたのは分かったよ。
ありがう。

「じゃあさぁ、“つゆ”はどう書くんだ?」
「ほれ。」

ギンさんはサラサラと書いて見せる。
いつも思うがギンさんの字は綺麗だ。
流れるように筆が動く。
それから、その手も。
ドキッとするほど透き通って整っている…。

こんな風に字が書けたらなぁ…と、少し寂しくもなる。

「へぇ〜、こっちは雨だろ?こっちは?」
「“うめ”や。」
「梅に雨かぁ〜。ぴったりだな。」
「まぁな、漢字は1字1字に意味があるからな。熟語は文字の組み合わせで大体意味は分かるな。」
「「じゅくご…?」」
「………。はぁ…そこから教えなあかんのか…。」

あれ?なんだか勉強らしくなってきた?
僕には微かな希望が見えたようだった。
けど案の定話は逸れていく。

「梅の季節だもんなぁ…。そうだ!今年は梅酒作るか!!」
「キミ等まだ子供やろ…。」
「いいだろ別に〜。ちょっと舐めるくらい!………それによ〜、乱菊さんだって喜ぶぜ〜?
《乱菊、これボクが作ったんや、飲んでみて?》
《ギンが?》
《乱菊の為にな》
《美味しいわ、とっても…!ありがう、ギン大好きっ!!》
《おおきに》
《ギンも飲んでみて…?》
《口移しならええよ…》
《やだ、ギン///》
《はよ、して?》
《は、はい……かぷっ


れんじ君だめだっ!!
一人芝居始まっちゃってるけど、ギンさんがなびかない訳無いじゃないか!!
「…………。」
ほら考え込んでる!!

「………………。」
そしてこっちでは、負のオーラを纏った、妬みの化身(しゅーへい君)が君を睨み付けているよ!

「じゃあ、明日から作りにかかろう!」
「……俺、もう帰る。」
「お、おい、しゅーへい!どうしたんだよ、急に。待てって!!」

あーあ、やっぱりそうじゃないか…勉強なんて、はなからする気無いんだ…。
目の前が霞んできた。
また、涙が零れる。

そんな僕には気付かず、彼らはドタドタと騒がしく帰っていった。
残されたのは、ギンさんと僕だけ。

急に雨の音が大きくなった気がした。


「こないだの、本。見してみ。」
「…え?」
「インチキ店主の古本。」
「ああ…。えっと、はい。」

僕はこの本をずっと持ち歩いている。
雨に濡れないように、油紙に包んで。

「なんでキミ、俳句なんか好きなん…。」
「嫌いなんですか?」
「いや…別に。ただなんでかなーと思て。」
「綺麗だからです。」
「……綺麗、か。」
「おかしいですか、ね?」
「いや。なんもおかし無いよ。」

ギンさんは懐かしいものを見るようにその本を眺めていた。
笑っているようだ。

「誰かを思い出しているんですか。」
聞こうと思ったけど、聞けなかった。
なんだか、すごく大事な思い出なような気がしたから…。





「おーい!準備いいかー?」
「おう!」
「いくぞー!!」

れんじ君が思いっきり木の幹を蹴ると、待ってましたとばかりに、青々と実った梅の実がボタボタと落ちた。
さらに揺すれば面白いように次々落ちる。

「いったぁー!」
僕の頭に、枝から零れた実が1つ当たった。

「馬鹿だなぁ、きらは。もっと離れとけって言ったろ?」
みんな遠慮もせずにゲラゲラと笑っている。
僕は恨めしくなって、その梅を拾う。

思ったよりずしっとした重みがあった。



「明日、あいつ等に付き合ったり。」
あの後ギンさんに言われた。

「…え?」
「梅って季語やったやろ。“青梅”とか“梅の実”とか。」
「まぁ…確かに…。」
「実技や。本だけ読んどってもあかんよ。季節感じな、そんな綺麗な俳句も詠まれへんやろ。」

「部屋の外にも、学ぶ事はいろいろあるんよ。」
ギンさんは僕の髪をくしゃっと撫でて、本を返してくれた。




青梅か…。
手の上で転がるその鮮やかな球体を握ってみる。

先ほどまで親の木にいだかれて風にそよいでいたそれからは、生命力がじんわり伝わってくるようで、とてもいとおしく思えた。

「なんだよニヤニヤして気持ちわりーなー…。」

青梅の 香りに漂う 学舎や


「ふふっ。」
「ギン、きらがおかしいぞ。」
「なんでも無いよ!」


僕は嬉しくて仕方ないんだ。
何かを学べるって最高じゃないか!

ほら、世界が笑いかけているようだ。



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