物語の終わり、2人の始まり。

その光景を見た時、井上は一瞬訳が分からなかった。


虚圏から脱出し、黒崎の元へと走っている時だった。

尸魂界を裏切った男、市丸ギンの亡骸を前に、乱菊が泣いている。


井上は足を止めてしまった。

「何をしているのだ井上。先を急がねば!」
ルキアや石田、チャドも乱菊達には気付いていない。


「…先に、行ってて。」
「どうしたんだい、井上さん。」
「…大丈夫。ちょっと疲れちゃったみたい。少し休んだら追いつくから。」
「じゃあ僕達も…。」
「いいの!先に行って。大丈夫だから。」

井上の様子を怪訝に思いながらも、先を急がねばならない。
ルキア達は走り始めた。



井上は彼らを見送ると、乱菊の元へ歩いて行った。


「織…姫?」
乱菊は泣きはらして、目を充血させていた。
痛々しいほどだった。


井上はギンの傍にすとんと座ると、呟いた。



「私は、拒絶する。」



「織姫…どうして。」
「だって…。」

「だって乱菊さんが泣いてたから…!」
井上までボロボロと涙を流している。


井上は自分が今何をしているのか、正しい事なのか、もはや自分でもよく分からなかった。

ただ、乱菊が泣いている。
いつも明るく、涙なんて一度も見せた事は無いのに…。

それだけで、動いていた。


理由は分からない。
だけど2人はかたき同士になった。
こんなに泣くほど、大事な人なのに…。

長い間一緒にいた自分は、それを一瞬でも感じ取る事は出来なかった。
乱菊はどれだけ感情押し殺してきたのか…。

それを考えただけでも胸が苦しくて苦しくて、涙が溢れ出す。




井上の力で、腕は形を取り戻し、傷も癒えつつあった。

乱菊は力無く地面に座っている。


そこに、夜一が現れた。

「おぬし等、何をしておる…!」
当たり前の反応だ。

「夜一、さんっ…。」
井上はもはや嗚咽を堪えられないようだった。

「乱菊、さん、が…!乱、菊さんが…泣いているっからぁ…。きっと、大事な人なんだろう、って…。自分でも、よく、分からないけど…、乱菊さんがっ泣いてたから…っ。」

夜一はあっけに取られている。
かたきであるはずの男の元で目を腫らし、へたり込む女。
そしてボロボロと泣きながら、状況も判らず、男を治療するもう1人の女。





夜一は舌打ちをした。

「松本…。そなた走れるか?」

「え…?」
乱菊はやっと顔を上げる。
「このままでは、じき十三隊のヤツらが来るであろう。儂はこやつを抱えて走る。そなたはついて来い。」

「何処へ…。」
「ここは空座町だが、尸魂界に移されたもの。距離は遠いが、裏原と共に使っていた土地がある。」
「夜一さん!でもまだ治療が…!!」
「心配するな井上。一時的に匿うだけだ。また事が落ち着けば、そなたも連れて行ってやる。」

「どうして…。」
乱菊は働かない思考回路の中で、なんとか言葉を絞り出している。

「こやつを死なせたいのか!!黙って…ついてこい。」

夜一はギンとを抱え上げると、
「行くぞ。」と言って瞬歩で消えた。

乱菊はハッとして後を追う。

もはや瞬歩と呼べるようなものでは無い。
乱菊とて重傷を負っているのだ。

だが、
もう離れたくない。
離れていくギンを黙って見送ることなんてもう出来ない。

ギンを失う事への恐怖感から、
乱菊は必死で夜一の後を追った。





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ギンは目を覚ました時に、体の痛みに眩暈がした。

そこには乱菊がいた。


「ギン…?」
「らん、ぎ、く…?」


(ボクは藍染に…。)
だめだ。頭痛がして考えられない。




乱菊はそっと目を逸らす。ただ、ギンのそばに寄って俯いた。

「5日も眠り続けていたのよ?」
「どう、して…。」
「織姫が…助けてくれたの。」

ギンはますます困惑した。
乱菊の憔悴しきった姿が、ただただ胸を締め付けた。


「ギン、もう寝て?私、家を買ったの。凄くボロだけど、この5日で住めるようにはしたわ。」
乱菊は少しだけ表情を緩めた。


「乱、菊…護廷は…。」

「無断欠勤。帰ったら隊長に怒られちゃうわね。」
乱菊は、初めてギンの目を見ると少し笑った。

「大丈夫。私はまた戻るわ。副隊長には戻れないかも知れないけどね…。大丈夫よ。だからもう眠って?明日は織姫がまた来てくれるの。」

「乱、ぎく…。」
ギンはただ名前を呟く事しか出来なかった。

乱菊はギンの手を握った。

最初は、触れれば消えてしまうのでは無いかと不安に怯えているようだったが、徐々に力を込めて握った。

ギンはその温かさと痛みに誘われて、意識を手放した。

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