魅力的な赤


「やだ…止めてよ。」

ゾワリ
赤い舌が肌を這う。
脳内まで甘い電流が駆けていく。





「痛ぁっ!」
久々にギンが来るから、料理でも振る舞ってやろうと思いついた。前日から本で手順を確認し、買い物にも行って、今日だって余裕をもって早くから始めた。なのに、何故かもう約束の時間は過ぎているし、ギンは家に上がって寛いでいる。おかしい。絶対におかしい。
「ほらほら、危ないやろ〜。もう見てられへんわ…。慣れへん事するからや。」
なんて事を言うのだ。せっかくギンの為に張り切ったというのに。しかもこれは、出来る前にギンが来てしまうから焦って…。
「もうやだ!」
なんでいつもいつもうまくいかないの!?
「あ〜、またいじけて…。」
だってせっかく…。
「なぁ、大丈夫やて。続きはボクがやったるから。な?」
ギンは茶の間までやって来て半泣きになっている私を抱きすくめてよしよしと頭を撫でた。まるで子供にするみたい…。
「それより、ケガ。」
包丁でつけてしまった傷は、幸いな事に軽く赤い線がついている程度だった。
「これは大したこと無いわよ…舐めときゃ治るわ。」
ギンは何故かその言葉に反応して、しばらく考え込むとこう言った。
「そしたらボクが舐めたるよ。」
「…え?」
嫌な予感がした。
ギンはおもむろに切り傷のついた指を口に含んだ。
「バッカ…何して…!」
「ん?治療?」
そんな気毛頭ないくせに。上目遣いでこちらを見つめながら、唾液に濡れた指先を見せつけるようにして赤い舌でチロチロと舐めている。
「止めて…恥ずかしい。」
「なんで?」
「だって…。」
その姿はまるで…
それは嫌でも夜の私を連想させる。ギンは見透かしたように、指をチュッと音を立てて吸った。いやらしい顔。私はいつもこんな風にギンを見上げているのだろうか。
「ねぇ…ご飯作りかけよ?」
こうなってしまってはもう止まらないと知りながら、私はせめてもの抵抗を試みる。
「乱菊が食べたなった。」
ほら、やっぱり。
ギンは名残惜しそうに最後に傷にキスをすると、今度は私の唇にキスを降らせた。
いつの間にか、私は夢中で熱い口づけに応えていた。
次に気づいた時には私を包んでいたはずの衣類はどこかに消えていて、横目にくしゃくしゃになって無造作に投げ捨てられているのが見えた。
(皺になっちゃう…。)
そんなことを考えられたのは一瞬で、すぐに甘い刺激の波にさらわれて、私は快感の世界へ飲み込まれていった。

「ねぇ…してあげようか。」
ギンは優しい。大胆な時も、少し乱暴な時もあるけど、いつも私のことを考えてくれている。名前を呼ぶことを忘れないし、優しいキスも忘れない。欲望と快感に飲まれながらも、私に触れる事を忘れない。
ギンは私の感じる姿が好きだと言ってくれる。そんなの面と向かって言われては恥ずかしくてたまったもんじゃないけど、そんな風に愛してくれるギンを、私も愛したいと思う。
だから…
「してほしいんでしょ?しょうがないから…してあげる。」
ギンは最初からそのつもりであんな事した訳だし、まんまと罠にかかったのは私のほうだって分かっているけど…。
でもね?あんたのせいにしたかっただけかもよ?こんな事、自分からはなかなか言えないもの。
「ええの?」
まぁなんて白々しい。
悔しいからさっきギンがしたようにいきなりくわえ込むと、きつく吸ってやった。
「つ…っ!」
私は優しくないの。こうしている時の優越感が、私を大胆にさせる。口の中でさらに大きさを増すギンを、舌を絡ませながらしごくと、困ったように眉を寄せる。可愛い。
「ほんま上手なったな。どこで覚えてくるんや?まったく。」
「あんたに教え込まれたんでしょ…。」
「瀞霊廷一の美女を教育なんて、男冥利につきるな。」
「…生意気。」
気に入らなくて私は動きを早めた。私の気分で、ギンが表情を変える。ギンはいつもこんな気分なんだろうか。
「乱菊…。もうええよ。」
口から引き抜くと、ギンは焦れたように私を押し倒した。
「あぁんっ。」
ふざけてそんな声をあげてみる。
ギンは「いやらし」と言って少し笑うと、私の秘所にあてがい、ゆっくりと自身を沈めた。さきほどのおふざけは、満たされていく快感の中で跡形も無く消えてしまった。今度は私が眉を寄せる番。口の端から甘い溜め息が漏れる。
高ぶりながらも、上から落としてくれるキスが好き。体の中も外も、そして心も満たされていると感じる。
「ねぇ、ギン…?」
「なに?」
荒くなる息の中で、私はなんとかギンの名前を呼ぶ。
「大好き…。」
「ボクもや。」
あぁ、弾ける。もう真っ白になろうとする頭の中で、もう一度その言葉を反芻する。大好き。そう、大好きなのだ。



*

「今日、よかったな。」
「…そういうの言わないでよ。」
「でもそうやろ?」
「う、うん、まぁ…そうね。」
畳の上で、くしゃくしゃになった着物をかけて腕枕で包まれる。落ち着かないけど、一番落ち着く。
私はギンの胸にこつんとおでこをぶつけ、目を閉じた。
「素直で可愛ええな。」
ギンは優しく髪にキスをしてくれた。
ふいに私の手を取ると、観察するようにじーっと傷を見つめている。
「なぁ、乱菊…。」
「…何よあんた、また変な趣味開眼させないでよ…?」
「またって何やねん…。ちゃうわ。」

再びギンの舌が傷をなぞった時は私は決意した。
料理、勉強しよ。
こんなんじゃいっまで経っても、ご飯にありつけないわ?


しばらくは
デザートみたいな甘さが続きそう。



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