傷跡


「これ、どないしたん?」
「え?」
ギンが動きを止めた。甘い刺激に溶けていた私は一瞬訳が分からずポカンとしてしまった。
「ここ。ケガしてる。」
あぁ…。
大したことは無いのだ。ただの引っ掻き傷。昨日やられた―
「何があったん。」
ギンは私の目をじっと見ている。声色にもその目に灯った光にも先ほどまでの甘さは無い。押さえ込まれた訳ではないのに、もう逃げられないと察した。
「告白されたの…それで断ったら…。」
「乱暴されたんか。」
「ううん。ただしがみつかれた時に傷がついちゃっただけ。そのあと凄く反省したみたいで泣いて謝られたわ。」
「そうか…。」
いつもの事。慣れている。それは恐らくギンも。

「ねぇ。大丈夫だったんだから忘れてよ。今は私とあんたしかいないんだから。ね?」
甘えた声で少しでもギンの気が逸れる事を期待する。
「ね?続きが……やっ!?」
不意にゾワリとした感触が肌を駆けた。
「な、なに!?」
ギンの舌が傷を舐めている。ペロペロと飴を舐めるようにしたかと思えば、吸い付きキスをして、卑猥な音をたてて舐めあげる。
「やだ…。」
1つの場所への執拗な攻めに私は羞恥に顔を染めてしまう。ギンの顔は見えない。
「ギン…嫌よ。どうしたの?」
相変わらず傷を舐めるばかりのギンを不審に思い、声をかける。
「気にいらん…。」
「?」
怪訝に思い眉をひそめると、ギンはやっと顔をあげて言った。
「乱菊の肌に傷をつけていいのはボクだけや。」

赤く光る嫉妬の目が私を捕らえた。

「しょうがないじゃない。事故だったんだから。」
「ついていったのは乱菊やろ。」
強く胸を揉みしだかれて私は苦痛の声をあげる。
「痛っ…!」
「痛くせぇへんかったらええの?」
ギンは手を離すと舌を使い敏感になった頂をなぶるように舐めた。やっと解放されたかと思えば自分の所有物だという跡を残していく。
首筋から腰まで、至るところに刻まれていく刻印。
私の体はもう十分過ぎるほどの潤いを持ってギンを待っている。
「ねぇ…。」
ギンは少し離れて私の体を痛いくらい見つめると、やっと足を開かせた。
しかし待ち望んでいた刺激はすぐには来ない。内腿に手を這わせ、跡を残し舐めるばかり。
「ねぇギンお願い…。」
「そんなに欲しいんか?」
「……うん。だから…」
煙が出るのではないかと思うくらいに真っ赤になった顔を腕で隠しながら、それでもなんとか頷いた。
「そんなん言うて、他の男んとこほいほいついてったやろ。ほんまはなんか期待してたんやないの?」
ギンの声はひやりと冷たかった。
「なに言って…!そんな訳ないじゃな…きゃぁっ!」
驚いて体を起こしたところで、急に指が入ってきた。すぐに数を増やし乱暴な動きでかき乱すけど私の中はギン欲しさに溢れていたから、容易に受け入れた。いつもより冷たく感じる指はますます早さを増し、容赦なく私を昇り詰めさせた。その動きに合わせて淫らな声を上げて息を荒くする私の体はついに反り、そして糸が切れたようにぐったりと力を無くした。
その余韻に浸る事も許されず、ギンは自分自身をあてがうと、いきなり深く腰を埋めてきた。
「ちょっと待って…!まだ…!あぁ…っ!」
イラついているのか、私の声を遮るように腰を強く叩きつけては、弱いところを責め立てる。
愛を確かめる間もなく与えられる頭が痺れるほどの刺激に涙が浮かんできた。優しさも甘さもない。あるのは欲望と快感だけ。私はその急な動きにただ翻弄されるばかりだった。
「あ、もうっダメ…!」
私が果てるのと同時にギンは自身を引き抜き、私の腹に熱い白濁を吐き出した。肩で息をしながら熱に浮かされボーッとしていると始末を終えたギンがのし掛かってきた。
私は不安で、早くいつものように私の瞳を優しく見つめて“好きだ”“愛している”と囁いてほしくてギンの頭を胸に抱きしめる。
「ギン…。」
「ごめんな。こんな抱き方して…。」
囁きのかわりに返ってきたのは謝罪の言葉。私を見ずに、ギンはただ胸元にできた傷を冷たい指でさすっている。顔は見えなかったけれど、肌にかかる髪からまで寂しさが感じられた。
その日、ギンは私をもう抱かなかった。


ギンが何故そんなに不安になるのか。
私が何故そんなギンを不安に思うのか。

理由は分からない。
ただの男の嫉妬だと思うにはあまりにギンは冷たく寂かった。

それ以来、私は肌にどんな傷も残さなくなった。
私が傷付けば、ギンの傷が見える気がした。それはどんな傷よりも痛い。

今感じているはずの痛みは、まるで何かの予感のようで、私は向き合う事も出来ず、ひたすらに自分を守り続けた。

あの傷跡は薄れ、ギンのつけた印と傷だけが残った時、ギンは消えた。

私は今日も自分の爪で傷をなぞり深くする。
ギンがつけたのか、自分がつけたのかも分からなくなったそれは、唯一、ギンが残したものだった。


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