仮面の下


ギンはいつも夜にやってくる。

何を考えているのかは分からない。
昼間はあの貼り付いた笑みを浮かべ、わたしを「十番副隊長さん」と呼ぶ。

いや、夜だってそうか。
あの笑みは変わらない。
仮面はつけたまま。


「こんばんは、乱菊。」
「…また、来たのね。」
「なんなんその言い方は?恋人が来てるゆうのに、あんま嬉しそうやないなぁ。」

こいつは持ってきた酒を寄越した。

「これ、上等なやつなんよ?一緒に飲も。」

私は無言で酒の用意をする。

いつものようにちょっと飲んで、それから布団に連れていかれる。


こんなのおかしいとは自分でも思う。

でも質問も反論も許されない。
問いただせばそれだけで、ギンはまた離れていってしまいそうな気がする。

都合のいい女だなと笑いたくなる時もある。

だけど、こうやって女になった私のところに来てくれるだけで、もう全てどうでもいいような気がした。

少なくとも今はこうしてこいつを縛っておける。


それに…



ギンは夜眠らない。
なんでだと聞いた事があった。

「ボクはあんまり寝なくても大丈夫な体質やの。昼間たっぷり寝とるしね。」

「それにな、寝るんやったら、乱菊の寝顔見とった方がええ。」
「…ずいぶんと悪趣味ね。」
「ひどいなぁ。ロマンチックやろ?僕の趣味は人間観察。だけど一番好きなんはキミを観察する事や。」
「ますます悪趣味よ。」

ギンは笑っている。
ニヤニヤと、まるで僕は信じるには値しないよと言うように。



ただね、知っているのよ。

あんたが私の頬に、髪に触れる手がどんなに優しいか…。


どんな顔をしているのかしらね。
覗いてみたいけど、そうしたら魔法がとけてしまいそうで、私はギュッと目を閉じる。


卑怯だわ。
わたしまで苦しくなるじゃない。

こんな関係でも、あなたを信じてしまう心を断ち切れなくなるじゃない。


泣きそうになるのを我慢して、今日もわたしは寝たふりをする。



***


あいつはいつだってボクを見張っている。

たぶんこうして会いに来ているのだって敏感に感じ取っているのだろう。

本当に乱菊の事を思うなら、ボクはここへ来るべきでは無い。

ボクの行動は常に矛盾している。

危険が及ぶかも知れないと分かっていながら愛している人を抱かずにはいられない。

そして毎度、絶望的な後悔に苛まれるのだ。

ボクを信じるな
ボクを愛すな
ボクを見るな…


ボクは仮面を被る。
後悔が仮面を厚くしていく。

乱菊が寝ている時だけ。
ボクは少しだけその仮面をズラして彼女を見ることが出来る。

いやこれもまた罪なのだろう。
だが、少しだけ。
仮面の下で見る狭い視界では無くて、この眼でキミを見つめたい。

焼きつけて、二度と消えないくらいに。



昼間のキミは明るすぎる。
太陽の下にもう1つの太陽があるのだ。

眩しくて見ていられない。

ボクの目は夜に慣れすぎているから。

もうじき、夜のキミでさえ眩しくて見えなくなるほど、ボクの眼は夜に染まっていくだろう。


その時が来るまで、痛いほどに刻みたい。


ボクの眼が本当に潰れてしまうなら、せめて、キミの光で。




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