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「?」
いつものように少し遅い出勤をすると、机の上には何かが山盛りになっていた。
「何…これ」
「ラブレターですよ!」
後ろからの声に振り返れば、雛森が立っていた。
「あぁ、おはよう雛森。でも何だって急に…こんなにたくさん…」
「やだ乱菊さん知らないんですか?今日は恋文の日だからですよ!」
「恋文の日?」

聞けば例によって現世の“記念日”ということだった。
「ふーん。つくづくイベント好きよね…現世の人間って」
「お前だってそうだろうが」
日番谷隊長は朝から眉間に皺を寄せて書類に向かっていた。あら、こっちの会話も聞いてたんですね。その器用さ、ほんと凄いわ。尊敬しちゃう。
「私はお祭りが好きなんですー。現世のはなんか…無理やり過ぎません?」
「そうかなぁ、私は好きだけど」
「あら意外。どうして?」
「だってそうやって毎日をイベントにしちゃおうすることで、みんな平凡な日常を楽しもうとしてるんですよ。現にこんなにたくさんのラブレター。記念日がタイミングと勇気をくれたんです!凄いでしょ?」
「なるほどねぇ…」
重なったひとつ拾い上げると、それは少し重い気がした。これに託された気持ちを考えるとどうにも申し訳なくなる…。私なんかより可愛くて優しい女の子なんていっぱいいるのに…。

「手紙…か」
「やっぱり文字にするのって大事ですよ。素敵だと思うなぁ」
「そんなものかしら…」
「そうだぞ。文字にするのは大事だ」
「え?」
「あ!やっぱりシロちゃんもそう思う!?」
「あぁ。だからこの書類も早く文章にしろ」
あぁ…。そういうことですか…はいはい。
「もうっ!そんなこと言ってるんじゃないのにっ!」
プリプリ怒る雛森を無視して隊長は席をたった。
「ちょっと出てくる。ちゃんと仕事しとけよ」
「まったく!女心が分かってないんだから!そんなんじゃいつまで経ってもモテないよーだっ!」
「うっせーよ…。じゃあな。くれぐれも仕事を…」
「はいはい!任せてくださいってー。いってらっしゃーい!」

パタンと扉が閉まっても、雛森のほうは見ない。
きっと今頃隊長の机に積み上げられた、私に宛てられたのなんかよりももっとたくさんの手紙を見て、切ない顔をしているだろうから。
「さ!乱菊さん、私も行きますね!あ、そうだ書類書類!うっかり忘れるところでした!」
明るい声がして、やっとそちらを見やればいつもの笑顔があった。
「そっか」
「はいっ!」


*

「ラブレター…ねぇ」
仕事をする気にもなれず、私は机に頬杖をつきぼけーっとしていた。

貰うことはあれど、私自身は書いたことは一度もない。
書くとしたら……
思い浮かぶのはニヤついた狐顔。
ラブレターなんて純粋な響きはヤツにはとてもじゃないが似合わない。
そもそも私達は距離が近すぎる。出会ってから今に至るまで、ずっと一緒に生きてきた。ふと振り返ってみると、いろいろなものをすっ飛ばしている気もする…。
「ラブレター…か…」


私は筆を取った。





「なんやこんな人気のないとこ呼び出して…。ボク誘われてんの?」
「違うわよバカ…」
「じゃあなんなん急に」
「これ」
「ん?」
「いいからこれ!黙って受け取りなさいよ!」
「なんやねんカリカリして…。開けてええの?」
「ダ、ダメに決まってるでしょ!じゃあ私仕事戻るからね!バイバイ!」
「え?ちょ、ちょっと…?」

嵐のように走り去る乱菊の後ろ姿をポカンと見ていた。
「ほんまなんやねん…」
乱菊が奇妙な行動を取るのはいつものことで、それに振り回されるのはボクの役目だ。
ふっと笑いが込み上げてくる。
そんな理不尽な役回りが実は気に入っていたりする。

乱菊が押し付けてきたのは、ただの紙だった。
なんの飾り気もない。本当にただの紙。護廷で支給される備品の用紙だ。
折り畳まれたそれを開いてみると、そこには乱菊の書く、少し癖のある文字が並んでいた。

少し読んでボクはひとりで吹き出してしまった。
あぁ愉快だ。
だってこれは…


ラブレターじゃないか。




*****

ギンへ

あなたと出会ってもう100年も経ちます。でも私はあの日を忘れたことはありません。
あそこで暮らした毎日も、霊術院の毎日も…今まであなたと過ごした時間は、私にとって大事な大事宝物。
ケンカもするけど、やっぱりあなたじゃなきゃダメみたい。

助けてくれたのがあなたでよかった。
ありがとう。
愛してる。
ずっとずっとこれからも
愛してる。

松本乱菊


*******

「乱菊……」

今日は恋文の日だっけ。
やけに多いから不思議に思っていると、イズルが教えてくれた。
今日は恋文の日なのだと。
気持ちを伝える日なのだと。

「あかん完全に不意討ちやったわ…」
あぁなんていとおしいんだ。
今すぐにでも抱き締めて、ボクも愛を伝えたい。

「…ん?」


ピラリ
何かが落ちた。
紙切れに汚い文字が殴り書きされている。

******



っな訳ないでしょバーカっ!!!!!!


******



「……は?…え?」
ボクの頭はフリーズ状態。
何度か読み直すと、やっと脳が言葉が受け入れた。

「ちょちょちょっと!!最後!!!最後なんやねんこれーーー!!!」

あまりのことにひとりで叫んでいると、物陰から声がした。


「バーカバーカ!ギンのバーカ!」
「ら、乱菊ー!?これどういう意味や!」
「どういう意味ってそういう意味よ。あーギン騙すのってめったに出来ないから快感だわ!」
「そ、そんなぁ…」

半泣きになりながらボクはもう一度その悪意に満ちた恋文を見る。
あれ…?
「嘘に決まってるでしょ。愛してる」

紙切れの裏には続く文字があった。
乱菊の口から同じ言葉がこちらに届く。

「乱菊…。これどっちがほんまな……


ちゅっ

開いた口は乱菊の柔らかい唇で塞がれた。


「ねぇ知ってる?今日はキスの日なのよ?」

もうボクの脳は破裂してしまうんじゃないだろうか。
この短時間にめちゃくちゃに振り回された。
愛する姫に。


「愛してる」

もう考えることはやめよう。
乱菊だけを、今は感じたていたい。


言葉とその唇が、

キミの愛をボクに伝えた。










隊長の湯飲みを下げるために机に近づくと、そこには先ほどまでここにいた雛森が置いていった書類があった。
なんの書類かしら。
また面倒なのだったら嫌だわ…とチラリと覗くと、メモのようなものが見えた。
「何かしら…」
雛森の可愛らしい字だ。

私は思わず笑ってしまう。

*****

シロちゃん

おばあちゃんがまた甘納豆送ってくれたよ!
一緒に食べようね!

*****


幼いけれど、短いけれど、
精一杯のメッセージ。

雛森が最後に言った言葉を思い出す。


“あ!そうだ乱菊さん、5月23日ってもうひとつあるんですよ?”
“え?なぁに?”
“キスの日ですよ!”


しょうがない。
私もたまには、気持ちを伝えてあげますか。
愛する、あの人に。


そんな日があってもいい。


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