とらわれの日々

「どうしたんだい?ぼーっとして。」
「乱菊さん…どうされたんですか?具合でも…?」

ふたりははっと我にかえった。

騒がしい集団の中の端と端
その一瞬
ふたりは
同じものを見ていた―


*

「うわっ…!今年も凄いわねー」
「あ、乱菊さん!こっちです!もう始まっちゃってますよ!」
毎年この季節になると、“名所”と言われる場所は花見客で溢れる。しかしどんな名高い名所もこの場所には敵わない。一番隊隊舎の一角に咲き誇る、桜並木だ。
そこでは毎年、護廷十三隊の隊長格のみが参加を許される総隊長主宰の宴会が行われる。
赤い敷物の上では、豪華な料理がところ狭しと並び、大量の空になった酒瓶が転がっていた。今日だけは無礼講だ。どんちゃん騒ぎが繰り広げられる。

「乱菊さん、さ!こっちです!」
「どうぞ。とりあえず乾杯しましょう」
「ありがと、七緒」
呼ばれて座れば、雛森、七緒といういつもの面子が揃っていた。
「「「かんぱーい」」」
外で飲む酒は格別美味しい。ほんのりと赤くなった雛森は、嬉しそうにニコニコと笑っている。
「あんたずいぶん機嫌がいいのね」
「当たり前じゃないですか、お花見ですよ!?ほら、こんなに綺麗なんだもの…」
桜を仰ぎ、うっとりとする表情を見て、つられて乱菊も上を見あげた。
「ほんとですね…」
隣からは同じくうっとりとした声が聞こえる。七緒もまた、空を仰いでいるのだろう。風が吹き、さわさわと木を揺らす。
「わぁ…!」
桜吹雪が舞い、三人は息を飲んだ。

「キャハハハハハ!」
急に宴会の場が騒がしくなり、歓声があがった。
「やだ!見て乱菊さん。修兵さん達、腹躍りなんてしてますよ!」
「まったく…。これだから酔っぱらいは…。…乱菊さん?」

一枚の花びらが、頬をかすめ、一際高く舞いあがった。
乱菊はその先の遠い遠い空を見つめていた。
透きとおった青空と、淡い桜の花が、美しいコントラストを作っている。

「違う…。」

*

幼い日々に見た桜は、こんな上品な色をしていなかった。頭上に広がる春の空は、ずっと変わらないのに―

*

「あ、桜だー!」
「ほんまや。こんなところにもあったんやね」
春の山は美しい。新緑の若葉が萌え出て、爽やかな空気に満ちている。厳しい冬を耐え抜き、やっと巡ってきた季節。命のエネルギーが世界を浮き足立たせているようだ。
「綺麗やねぇ。これはずいぶんと濃い色してる」
そんな山道を歩いていると、時折“桜”に出くわす。
桜と言っても、街に咲くようなソメイヨシノではない。
ヤマザクラ。
その名の通り、山に咲く、桜だ。

「そうね。さっきのは淡い色してた」
ヤマザクラはいろいろな色を見せた。咲く時期もまばら。この時期を鮮やかに彩っていた。
「そういえば、あの木、今咲いとるやろか」
「あぁ…。どうかしら。そうだ!ねぇ、行ってみようよ!」
「え…まさか今からなんて言わへんよな…」
「決まってるでしょ!今すぐよ!思い立ったが吉日!早く!」
「まったく…。乱菊は行動力ありすぎやで…。しゃーないなぁ」


「すごいっ!満開じゃない!」
「おぉ…。ほんまや。一番ええ時に来たみたいやね」
ヤマザクラは寿命が長い。だから大木も多い。この山で一番の大木を、二人は遊び場にしていた。
「凄いなぁ。こいつ、何百年生きとるんやろ」
「うそ、そんなに!?」
「それくらい普通にいっとるよ。まだまだ元気そうやけどな」
「ふーん。凄いねぇ…」
「そうやな」
皮は厚く、枝は曲がりくねっていた。だがその姿は決して醜くはなかった。
むしろ、美しかった。
「ねぇ、こうすると気持ちいいよ」
乱菊は幹に抱きつき頬を寄せた。あんたもやってみて、と言われギンも素直に従う。
ひんやりと冷たい。
「おじいちゃんみたいだよね、この木」
乱菊はクスクスと笑っている。
二人に家族はいない。祖父など知らない。だが、もしその存在を夢見ることが許されるなら、この幹のような無骨な手で優しく抱き締めてほしい。

二人は、二人だけだった。
自然と繋がった手は、どこまでも温かい。
二人で生きていく。
老木に抱かれながら、無言で誓いあった。


*


「どうしたんだい?」
「ああ、すんません。何でもないです。春の風が気持ちよかったんで」
「らしくないねぇ」
なぜこんなにも離れてしまったのだろう。
あちらを見やれば、楽しそうに会話を弾ませる姿があった。
もう、“二人”では無いのだ。
自分では無いのだ。

一斉に花を咲かせ、一斉に散るソメイヨシノは、一瞬の夢を見ているようだと思う。それに皆浮かされているのだ。

あの日々も夢ならよかった。
夢と呼ぶにはあまりに鮮明過ぎる。
生々しいほど、覚えている。
なにひとつ、忘れさせてくれない。


あの木はどうなっただろうか。
もうとうの昔に朽ちただろう。

きっとあの約束のように、
跡形もなく、


消えている。



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