甘いスパイス、サプライズ

あれから一ヶ月が過ぎようとしているのに、この部屋はまだ甘い匂いがする。
「ねぇ、手伝ってあげようか〜?」
「ええの、ボクの仕事やもん。」
「仕事、ねぇ…。」
何やら黙々と作業を進めるちょっと猫背になった背中を眺めながら酒をたしなんでいた。
チョコレート入りのリキュール、ミルク割り。これはこいつが貰ってきたやつで、ちょっとお高い。飲みやすいから、ついついペースが早くなる。
「ちょっと飲み過ぎやない?」
くるりと振り返ったかと思えばそんな無神経な一言。誰のせいよ。あんたがかまってくれないから…やだ、頭がガンガンする…。
「ボクが飲む分無くなるやん。はい、今日はおしまい。おやすみ。」
「…いやよ。まだ飲むの。」
「だ〜め。ほら、おやすみなさいは?」
「おやすみなさい…。」
「よぉ出来ました。おやすみ。」
チュッと唇が瞼に触れる音がする。何よ、おやすみなさいって。こっちが酔ってるからって変な事言わせて…。私の頭がはっきりしてたら今ごろ思いっきり叩いて…あぁ、ダメだ、意識が飛んじゃう。体がふわふわする。これギンが抱っこしてくれてるの?
分からない
まぁいいや
おやすみ…



*

「キャーーーッ!!!」

………。

「なに、今の悲鳴?」
「やだ…何事ですかね!?」
あぁもう最悪…。
「…大丈夫よ。どうせ三番隊でしょ。」
「え…なんで?」
「今日、何月何日?」
「3月十よ……あ、そうか!」
「そゆこと…。」
そう、今日は3月14日。ホワイトデー。

「あ、相変わらずですね。ビックリして損しまし…
その続きはまた違う隊の娘の悲鳴に掻き消された。
頭に響くじゃない、まったく…。嫌がらせ?

「ほんっと悪趣味よね、市丸隊長って…。」

「誰が悪趣味やて?」
出た。
いつもいつも見計らったように…盗み聞きでもしてるわけ?
……してても不思議じゃないわね、こいつなら…。

「い、市丸隊長!」
「十番隊はみんなでおサボり?感心せんなぁ。」
あんたが言うか。
「す、すいません!さ、早くみんな仕事に戻るぞ!じゃあ失礼します、松本副隊長!市丸隊長!」
あたふたと去っていく我が隊士達をため息とともに見送る。可愛そうに。こんな第一級のサボり魔に小言を言われるなんて。
「で?市丸隊長は十番隊に何のご用件でしょうか?」
「バレンタインのお返し配り。」
まぁそうでしょうね。その大きな荷物を見れば分かるわ。
「それはご苦労様です。人気者は大変ですね。」
「まぁな〜。でもこればっかりはしゃあないわ。人の好意を拒むわけにはいかんやろ?」
あー、はいはいそうですか。そのニヤついた顔、ムカつくわ。ずいぶんと嬉しそうね。
「はいこれ。十番副隊長さんにもお返し。」
ギンはまるでサンタさんみたいな大きな袋から、ピンクのリボンがかかった小さな箱を取り出すと私に差し出した。
「……あら、別に気を使っていただかなくてもよかったのに。」
「ええのええの。気持ちやから。ほなボク次があるから。」
ギンが見えなくなるのを確認して、私はそっと箱を開ける………

パンッ!!!

大きな破裂音と共に目の前に飛び出てきたのは…
天下の護廷十三隊三番隊隊長、市丸ギン様の…

ミニチュアフィギュアだ。
「…………くだらない。」
ぽかんと固まっていたはずの私の口から思わずこぼれた言葉に笑ってしまった。ほんと、よくやるわ、あいつも。


バレンタインは女子の一大イベントって言うけど、ギンにとってはホワイトデーこそ一大イベントらしい。

今日1日で、箱を開けたら花火とか、箱を開けたら顔面粉だらけとか、箱を開けたら蛇のおもちゃ…なんて話を飽きるほど聞いた。
ギンは貰ったチョコレートは必ず食べる。一口だけでも、必ず。あとは私も手伝うんだけど…。まぁでも、捨てちゃう隊長が多い中、優しいっちゃあ優しいのかも知れない。
そして“お返し”は欠かさない。
毎年一ヶ月かけて準備するんだから大したもんだわ。
最初は貰う数を減らそうと、こんな悪趣味なプレゼント始めたらしいんだけど、何故か逆に年々増えてるらしい。なんか一部の人間はそれを悦んでるらしいって噂も…あー!ヤダヤダ!あんなの貰って喜ぶなんて変態じゃない!気が知れないわ!
でも何だかんだであいつも楽しんでるみたいで、無駄に器用な手先で夜中までちまちま作ってる。
お陰で最近あんまり構ってもらえなくて…
ってなに言ってんのよ!私があいつに構って欲しいなんてこと、あるわけないじゃない!!

「あーもうイライラする!」
握りつぶそうとしてハッと気づく。
ギンのプレゼントには必ずちっちゃいチョコレートがついてくる。でも私のには…
やっぱりあった。
そう私のだけは毎年1枚の紙切れ。
デートのお誘い。



*

「美味しかったわねー、お腹いっぱい。」
「流石に有名店と言われるだけのことはあるなぁ。今度また行こな。」
今人気のレストラン。尸魂界には珍しい、モダンな雰囲気が素敵だった。
「またって…あそこ半年待ちでしょ?そんなに何回も行けるところじゃ…ってあれ?半年待ちがなんでホワイトデーに間に合うのよ。まさかフライングで予約したわけ?」
「う〜ん、まぁそんなとこ?」
帰りは遅くなってしまったけど、月明かりが道を照らしてくれていた。
「ちょっとさ〜、必ず貰えるもんだって過信してない?来年は無いかもよ?」
「でもそない言うて毎年ちゃんとくれるやん。信じとるよ。」
同じくらい飲んだはずなのに、やっぱりギンの足取りはしっかりしていて、私は少し寄りかかるように歩いていた。
「まぁなんて楽天家。私から貰えるなんて名誉な事なんだから、ちゃんと感謝しなさいよ〜?」
「分かってる分かってる。塩と砂糖というベタな間違いをおかしたクッキー、美味しかったで。」
「ちょっ!違うの、あれは〜!」
「はははは、ほんま面白いなぁ乱菊は。」
「う〜〜…もう知らないっ!」
もうすぐ部屋に着く。私は早足で玄関へ近づくと、乱暴にドアを開け、大きな足音をたてて中へ入った。
「なぁ、乱菊?」
「………。」
「なぁって。」
「…何よ。」
「これ、プレゼント。」
「昼間のと一緒じゃない。」
「違うよ。あれチョコレート入ってなかったやろ?こっちが本物。」
「ふーん…。」
期待なんかしてないはずなのに妙にドキドキなる心臓を煩わしく思いながら、リボンに手をかける。
「開けていい?」
「もちろん。」


パンッ!!!

あーあ、結局同じいたずらじゃない。しかも中身空っぽ!悪いけど私、こんなんじゃ驚かないから。
言おうと思った言葉たちは、ついに声になることはなかった。
なんでかって?

そりゃあ…唇塞がれてるからよ。

不意討ち。
それに甘い。

チョコレート仕込んだわね。卑怯だわ。

「驚いた?」
「ぜんぜん。」
「あら、そら残念やわ。」
「……。」
「顔赤いで?」
「お酒のせいよ。」
「そ?ならもう一回してもええ?キス。」
「……嫌よ。」
「え?」
何よその面食らった顔。いつでも許すと思ったら大間違いなんだから。

「あんたからなんて許さない。私からするの。」


あんたはサプライズ好きの気障野郎
そんなボクを驚かせるのはいつだってキミなんだ

部屋に漂う甘い香りは、まるで二人の演出家。

いつも驚きをありがとう
そんなキミが大好きや

こちらこそ



バレンタインは愛を送る日
ホワイトデーは愛に感謝する日

日頃言えない言葉も言えちゃうの

ありがとう
愛してる

.
- 35 -
[*前へ] [#次へ]
戻る
リゼ