お菓子みたいなふたり


強いお酒には甘いものがよく合う。
味の濃いつまみでごくごくいくのもいいけど、たまにはこんな飲みもいい。

「美味しい。」
「さすが名店の味やな。」
ふたりで選んだ酒にふたりで選んだ肴。ちびりちびりと、冬の長い夜を楽しんでいた。
「銘酒に銘菓、それにボクには瀞霊廷一の美女がついとる。最高に贅沢や。」
「あら、お世辞も言えるようになったのね。成長したわ。私の教育のおかげかしら?」
「そんな謙遜も出来るようになったんはボクの教育のおかげやろか?」
こんな下らない会話も愉快だ。酒は心地よく体と心を温めてくれる。

「なぁ、食べさせて。」
「なに言ってんの。子供じゃないんだから自分で食べなさい。」
「ええやろ。な?」
一回たしなめるのは約束で、本当はもう次にくる言葉は分かっている。
「しょうがないわねぇ。」
そして次の展開も。
「はい。」
口に入る瞬間、わざと指まで口に含む。
「甘い。」
「えっち。」
「じゃあもっとえっちな事しよ。お布団、いこ。」
「いーや。まだ飲みたいの。」
「そしたら布団で飲も。飲ましたる。」
こんな茶番も、大事な楽しみ。

「もう、しょうがないわねぇ。」
ほらシナリオ通り。




甘い甘い夜―









*


「あーもうっ!あったま来たー!」
バリバリ バリバリ…
十番隊の執務室には先ほどから大きな音が響いていた。
この不審な音の正体は煎餅の割れる音で、それを鳴らしている犯人はこの隊の副隊長、松本乱菊であった。

「まつも…」
上司の声すらも、爆音に掻き消されてしまっている。

「失礼しま…うわー…。」
書類を届けに来た雛森も扉をあけたところで顔をしかめた。乱菊はそれにも気づかず、次の袋を開けていた。


「日番谷くんも毎度毎度大変だねぇ…。」
「……。」
日番谷と雛森は、部屋の隅でため息をついた。

「まったくなんなのよ!あいつ!」





ケンカの原因はささいな事だった。
乱菊がやっとの思いで手に入れた(実際は修兵に並ばせたけど)現世の限定スイーツを、ギンが勝手に食べてしまったのだ。

「またですか…?しかも前回は乱菊さんがつまみ食いしたのが原因だったって…。」
「違うわよ!規模が違うの!だってこないだのはギンが女からもらってきたやつで、今回のはなかなかお目にかかることすら出来ないような超貴重品なのよ!?それを…あいつめ…!」

「まぁ落ち着いて下さい…。そうだ、甘味屋にでも行きません?ほらお煎餅も切れちゃってますよ。こういう時は甘いのが一番です!ね、そうしましょう!」
「いいわねー!こうなったらやけ食いしてやるわ!」

騒がしく部屋を出る乱菊の後を追う背中に、日番谷は声をかけた。
「いつもすまねぇな…。」
「いいよ、気にしないで!お仕事頑張ってね。」
「あぁ。このままだと松本の分までやらなきゃいけねーみたいだしな。」
「ふふ、そうだね。じゃあ行くね。お土産買ってくるから、楽しみにしててね、シロちゃん!」

パタン
扉が閉まると執務室は不自然に感じるほど静まり返った。
「シロ言うな…。」
そんな独り言も広い部屋には虚しく響いた。

確認はしていないが、雛森が買ってくるものは分かっている。
「さて、仕事するか〜。」
息を吐いて、書類に向かう。

甘納豆を楽しみに―






「乱菊さん今回は随分と怒ってますね。」
「だってあいつ、謝るどころか、“そない甘いもんばっかり食っとったら太るで〜”なんて言うのよ!?もうしんっじらんない!どう思う!?」
「さ、さぁ…?どうでしょう。」
甘味屋へ向かう道中でも乱菊の熱のこもった喋りは止まらず、道行く隊士達は振り返っては顔を見合せている。

「でも…贅沢な悩みですよね。」
「え?」
「あ、いえ!ただ…急に流魂街で暮らしていた頃を思い出しちゃって。」

流魂街ー
乱菊も雛森もそこで育った。
ギンや日番谷もそうだ。
貧しく何も無いあの地では、甘味など遠い存在であった。

「あの頃は、お菓子なんてなかなか食べれなくて、唯一食べれたのがお婆ちゃんが出してくれる甘納豆でした。美味しかったなぁ。…いや、今も時々送ってくれるし美味しいんだけど、あの時に感じた味は、もう味わえないんじゃないかなって…。なんて言うか…。すいません。分からないですよね、こんな話!」
「ううん…よく分かるわ。」

“なかなか”なんてものでは無かった。
雛森達が暮らしていたのは一地区。流魂街で最も治安のいい地区のひとつだ。
乱菊達が住んでいたのはもっと殺伐とした、乾いた臭いのするところだった。ふたりはそんな町から逃げるように森で暮らしていた。


初めてお菓子を食べたのは、ギンが初めて乱菊を連れて町へ下りた時だ。
ギンは乱菊に危険が及ばぬか体を緊張させて、手を強く握って離さなかった。
駄菓子屋で一番安いものを買った。それは金平糖だった。
「どや、おもろい形してるやろ。」
「うん!それに綺麗な色!」

“甘くて可愛らしい”お菓子というものの存在を聞いた時、ギンはそれは乱菊にぴったりだと思った。だからここまで来た。
乱菊は渡した金平糖の袋を、目を輝かせて見ている。
「ねぇ食べたい!」
「あかん。家に帰ってからや。」
「食べたい食べたい!」
乱菊は駄々をこねるが、ここは子供には危険過ぎる場所だ。嫌でも人の目につく乱菊を、一刻も早く安全な場所に連れていきたくてギンは焦っていた。
「しゃーないなぁ。一個だけやで?」
「ねぇギン…。でもこれじゃ食べられないね。」
右手は繋がれているし、左手には袋が握られている。
「しゃーないなぁ…。ほら。」
ギンは金平糖を袋から一粒取り出して、乱菊の口元に運んだ。
「ほら、食べ。」

口に含んだとたんに広がる甘味に、乱菊の体には今までに感じたことが無い衝撃が走った。驚きのあまり、目を見開いて言葉を失っている。
「どうしたん?不味かった…?」
「…ううん。甘い!美味しい!すっごく美味しい!!」
よかった…。
ギンは胸を撫で下ろした。自分でも食べたことが無い未知の味。その笑顔はギンの心をじわりと温かくさせた。
「ギン、これ持って。」
「え?」
「はい。ギンの番よ!」
自分の事なんて考えていなくてポカンとするギンの口に、乱菊はそっと金平糖を入れた。
「どう?美味しいでしょ?」
「……うん!」


二人は繋ぐ手に再び力を込めて、町を出た。


残りは秘密の箱に入れて大事に大事に食べた。
金平糖が減るときはいつもふたつづつだった。
いつも一緒だった。
いつも笑顔だった。









「雛森、ごめん…。ちょっと予定思い出しちゃった!」
「乱菊さん…?」
「ほんっとごめんね?埋め合わせは今度絶対するから!」

驚く雛森を残して、乱菊は走り出した。

たどり着いたのは…
あの駄菓子屋だった。


(まだあったんだ…。)
ボロボロの佇まい。顔に傷のある、強面の店主。何も変わっていなかった。
変わったのは目線くらいだ。あの時見上げていた棚は、今下にある。
こんな辺境の地に死神が来るなんて滅多に無いのだろう。店主は不躾に乱菊をジロリと見ていた。

「…これ、ひとつ。」
「なんだ?」
「ん?なにか変…?」
「いやぁ、今日は妙な日だな。ついさっきも死神が来てな?これとおんなじもんを買っていったんだ。」
「…え?」
「銀髪の死神だったなぁ。まぁ死神なんて大嫌いだから金だけ落としてってくれりゃあ俺ぁはどうでもいいけどな…って姉ちゃん!?」
「お勘定、ここに置いとくから!ありがと、また来るわ!」



「ギン!」
見馴れた背中を見つけて名前を叫んだ。
「乱菊…?なんでこないなとこに…。」
「これ!」
息も絶え絶えに、右手に握られた袋を差し出した。
「これは…。」
「金平糖。あんたが初めて買っていったお菓子…!」
「なんやボクらおんなじこと考えてたんやね。」
ギンは同じく右手に持っていた袋を見て笑った。同じ店の同じ商品。同じ思い出のお菓子。

「あんたにあげようと思って買いに来たのよ?はい。今度は私から。」
「…ありがとう。そしたらお返し。」
「ふふふ。これじゃ交換しただけになっちゃうわね。」
ふたりはクスクスと笑った。

「帰ろか。」
「うん!」

ふたりは町を出た。
手はあの時のように繋がれていた。




甘くて優しい
お菓子みたいな思い出。

ふたりだけの、思い出。



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