編む、繋ぐ
〜編む〜
「なぁ〜乱菊〜、髪、やってええ?」
「…別にいいけど。」
ボクは乱菊の髪が好きだ。金色でふわふわで、ボクを誘う香りがする。まるで花の蜜のよう。
触れると期待通りの香りが広がって、ボクの鼻腔をくすぐる。それだけで胸がきゅっと暖かくなる。
なんとも単純だ。
しばらく撫でていると、乱菊は焦れたようで「やるなら早くしなさいよ。」とか言ってくる。
まったく分かってない。こちらとしてはいくらでも触っていられるというのに。
髪を掬い上げて3つに分ける。それを規則正しく編んでいく。
「あんたってほんと器用よね。私がやるよりずっと上手だわ。」
「乱菊三つ編みなんてせぇへんやん。」
「だって似合わないんだもん。」
「確かに。」
振り返り睨まれたが、だってそうじゃないか。ボクはキミの豊かな髪が好きだ。余計な事はしなくていい。そのままで十分だ。
「ならなんでしたがるのよ。」
「口実。ほんとは乱菊に触りたいだけ。」
「…気持ち悪い。」
正直に打ち明けたのに。心外だ。
「こんなんどう?」
せっかくだから作った三つ編みを利用してアップにしてみた。
「あんたこんなのどこで覚えるのよ…。」
「今乱菊が読んどる雑誌。さっき開いてたページにこんなんあったやろ?」
乱菊はページをめくり、その記事を探す。
「ほれ、ここ。」
「ほんとだ…。見ただけでよく出来るわね…。悔しいけどいいわ。可愛い。」
結い上げた髪型も確かに綺麗だ。でも本当はキミの項を拝みたかっただけだったりする。これは言わないでおこう。ご満悦のところ気分を害しては申し訳ないし、殴られるのはごめんだ。
「でもボクはこっちのがええな。」
ピンもゴムも1つずつ外してほどいていく。
「えー、せっかくやったのに勿体ない。もうちょっとこのままがよかったわ。」
やったのはボクやねんけど…。
「今からどこか出かける訳でも無いし、おめかししとってもしゃーないやん。」
「そうだけど…気分の問題よ。」
編んだ髪をほぐすと、あとがウェーブのようについていた。なんや西洋の画に出てくる美女みたいやね。
本家より乱菊のほうが絶対綺麗やけど。
「櫛貸して。」
「はい。」
丁寧に鋤いてやる。もうサラサラとほどけているのに、必要以上に長くやってしまうのは、やっぱり少しでも長く触っていたいから。でもいつまでもはしていられないから仕方なく、ゆっくり手を離す。
「はい、おしまい。」
「ご苦労様。」
櫛を乱菊の手に返すと、そのまま後ろから抱きすくめて髪に顔を埋めた。
「…もう。せっかく鋤いたのにぐちゃぐちゃになるじゃない…。」
「幸せ。」
ボクの声はくぐもって耳に届いた。
くすぐったさがクスクスと笑いを誘うように心を愉快にさせる。
「聞いてないわよ、まったく。」
「幸せ。」
「はいはい。」
乱菊はまた雑誌に目を落とす。
ボクは香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
幸せの香り。
〜繋ぐ〜
「買い物付き合ってよ。」
珍しく休みがかぶったというのに、一向にお誘いが来ないから私から押し掛けていった。
ギンは驚いて薄い目を少し多めに開いている。確かに私から誘うことはあまり無いけど…今日はそんな気分だったのだ。
「ええよ。」
座っていたギンは笑うと私に手伸ばしてきた。
これは所謂デートというやつ。
私はギンの手をとって引っ張りあげた。
さぁ、出発だ。
近頃ぐんと寒くなり、着るものも厚手のものに切り替わっていく。秋はおしゃれの季節というが、その通りだと思う。落ち着いた色合いが着たくなる。
「これとかええんやない?」
呉服屋で物色しているとギンが言った。
ギンの選ぶものは確かに趣味がいい。けどダメね。
「ちょっと派手過ぎるわ?もっと秋らしいのが欲しいの。」
「ふ〜ん。なんや難しいなぁ。」
頭を掻いて困った顔をするのを横目に見て、私はまた服選びに没頭する。
「はぁ〜案の定買わされたわ〜。」
「ありがと、ギン大好き。」
「心がこもってへんな。」
「あら、そんなこと無いわよ?」
店を出て開口一番ため息だ。そんな大仰に振る舞ってみせるけど、こうなるって分かっててついてきてくれてるんでしょ?その点に関してはいい彼氏ね。合格点あげる。
「うぅぅ〜。」
秋の冷たい風が音を立てて通り抜けていった。その音だけで寒くなってしまう。
「手。」
「え?」
「手。」
ギンは私の手をとり指をからめる。
そういえば…店のなかでは服に夢中で手が離れていた。
来るときはずっと繋いでいたのに。
「さて、帰ろか。」
「…そうね。」
私は首に巻いた肩かけに顔を埋めて、口元を隠した。寒かったし…。でも顔はちょっと熱かったかも知れない。
手を繋ぐというのはちょっと歩きづらかったりする。身長差があるから、お互いを気遣って楽な高さを探る。疲れるし、非効率的というか、冷静に考えれば無駄な行為にも感じる。
でもね…それだけで少し胸がじんわりしない?世の恋人たちに合理的なんて通用しないの。
「でもあれよね、繋ぎ方の名前って、なんとかならないのかしら。」
「なんで?」
「だってなんかダサいわ?今してるのが“恋人繋ぎ”でしょ?それでこれが“握手繋ぎ”。」
「…なんやロマンに欠けるなぁ。」
「でしょ?」
世間でいうところの“握手繋ぎ”はこれはこれで好きだ。
「やだくすぐったい。」
ギンは親指で私の手の甲を撫でたりしている。…なんだか厭らしい。
私は恥ずかしくなって一度手を離すとまた“恋人繋ぎ”に戻した。
でも今度はギンの指の長さが気になってしまう。絡め方がいちいち卑猥だわ。
「なに赤くなっとんの?」
「えっち。」
「何が?」
「…何でもないわよ。」
私はせめてもの復讐に、力を込めて握ってやった。
部屋の玄関前まで来ると、自ずと無言になる。
沈黙を破ったのはギンのほう。
「そしたらボクは帰るわ。」
「うん…。」
人差し指と中指だけで繋がった手が二人の間で揺れる。
「じゃあね。」
指が、離れる。
なんだか泣きたくなるほど切ない瞬間だ。
「ほな、またな。」
「ねぇ、ギン!」
今日…泊まってく?
「え?ええの…?」
「は、はやく入りなさいよ!風邪引くわよ!?」
動揺するのも悔しいから、必死に隠そうとする。…けど無駄みたい。
私はギンの手を乱暴に掴むと、中へ引き入れた。
手はまた繋がれた。
「乱菊。」
「な、なによ。」
ちゅっ
ギンは繋いだ手をそのまま口に寄せて、私の手の甲にキスをした。
小さな小さなキスを。
あー、なんてキザなやつ。
手はしばらく離してやんないから。
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