汚れた銀色

なぁ、乱菊。
なんでボク等は九月に出会うたんやと思う?
ボクはな、きっと神様が間違うたんやと思うんよ。

誕生日のプレゼント、忘れとったんやね。
だからお詫びにゆうて、世界で一番の贈り物をくれた。

その日、一生分の喜びをもろた。
世界を、もろた。
だからな乱菊
ボクは何もいらん。

他には、何も。



***

カチッ カチッ カチッ
時計の針が規則正しく鳴っている。

日付が、変わる。

「「「たいちょー!!おめでとうございまーーすっ!!!!!!」」」

勢いよく開けられた扉から、隊士達がいっせいになだれ込んでくる。
クラッカーの爆発音、拍手、歓声…静かだったこの部屋が一瞬のうちに人の熱で溢れた。

「はー!凄いなぁ。これ、みんなで用意してくれたん?」
驚いた顔をするが、もうそんな企みなどは見抜いていた。
ここ数日の不自然な動きを見ていれば分かる。
それについ数秒まで、扉の隙間から、隠しきれぬ期待と高揚感が漏れだしていた。
こんな事では死神としてまだまだ鍛練が必要だな。それを指導しなくてはいけないのは自分のはずなのに、そんな気はさらさらなくてこころの中で苦笑した。

三番隊の隊士の9割はボクのファンだと噂されているらしい。
確かに男女ともだいたい同じくらいの比率だ。ここに集まっているのはごく一部で、明日…いやもう日付が変わって今日なのだが、今日からしばらくこの執務室は贈り物で溢れるだろう。
毎年処理に困って青い顔をする副官も、目を輝かせ頬を紅潮させている。
「隊長、お誕生日おめでとうございます!これ、大したものでは無いですが…その…プレゼントです…」
先ほどまでは、いつもより幾分か明るかったくせに、今はもう自信なさげにうつ向いていて、言葉も最後はしりすぼみになっている。
「これ、開けてええ?」
「あ、はい…。」
不安げに見つめてくるが、イヅルが選んでくるものはだいたい外れはないのだ。
包みを開くと、そこにはシルバーのネックレスが入っていた。リングが通された形になっている。義骸に入った時にでも、と言う事らしい。
確かに趣味はいい。
あまりじゃらじゃらとものをつけるのは好きでは無いが、現世に行く時くらいならと考えてくれたのだろう。
ほんとうに、よく分かっているな。

「ありがとう。嬉しいわ。なんや高そうなもんやね。相当頑張ったんと違う?」
「い、いえ!よかった…喜んでいただけて…。」
今度は赤くなってうつむいている。
イヅルの表情がこんなにもコロコロ転がるのは珍しく、なんだかおかしくなる。
「ありがとうな。大事にするわ。」
「あ…

イヅルが次の言葉を発する前に、いつの間にか後ろに並んでいた隊士達が「隊長!これ!」とプレゼントを寄越してきた。
一人一人から受け取り、礼を言って、列がだいぶ収まったと思ったころには、執務室は綺麗に飾り付けられていた。

「何もここまでせんでもええのに…」
毎年の事だと分かってはいるが、やはり言ってしまう。この隊はこの日だけは妙に力を発揮するのだ。
「何を言うんですか!我らが隊長の誕生日!年の一度の記念日ですよ!?こんなにめでたい事は無い!!」
男性隊士がふるいだした突然の熱弁に、みな笑いながらもそうだそうだと頷いている。
「まぁ死神の誕生日なんて何百回もあるからな。現世のもんと違うてありがたみはさほど無いけどな。」
茶化して言うと、ドッと笑いが起こる。
「まぁ我々はそれだけ祝えて嬉しいですよ!さぁ皆さん、飲み物はいき渡りましたか?」
位は下だが席官だったか…女性の隊士が頬を染めて酒を持ってきた。
「では隊長の誕生日を祝して、カンパーイ!!」
「「「カンパーイ!!」」」


***

朝方になり、みな酔いつぶれている。もう今日は仕事にはならないだろう。
かろうじて意識のあるものに「用事があるから」と言い残して部屋を出る。

ボクは今日も虚圏に向かう。


***

尸魂界はもう朝だというのに、ここはどこまでも夜だった。もう見慣れた景色だ。そこに「寂しさ」や「虚無感」といったもの湧くことはもう無い。
かえって今の自分を写しているようで、親近感すらおぼえていた。

宮殿の中に入れば、今度は嘘臭いまでの青空。
これもまた自分に似ていた。


藍染に指示を貰い、実行する。忠実な駒として役割を果たすのだ。
「で?今日は何をすればええんですやろ。」
「今日はこの子達を頼むよ。」
「消すゆう意味ですね?」
「他に何かあるのかな。」
あまりの白々しさに、ふっと笑うと「分かりました」と席をたつ。

「そう言えば…」
ああ、やはり来たか。
「そう言えば今日は君の誕生日だったね。」
振り返り、いつも通りの笑みを浮かべる。
「あらら〜。藍染さんに覚えていただいてるなんて光栄ですわ。何かサプライズなお祝いでもあるんですか?」
「すまないね、うっかりしていた。どうだろう今日のところは彼らの血を贈り物という事にしてもらえないかな。」
はは、相変わらずいい趣味しとるな。
「ええですね。血は大好物です。そしたら本祝いには期待しときますよ?」
「ああ。分かった。」

再び踵を返そうとしたところで呼び止められた。
「松本くんに似ているね。」

意味が…分からない。
何故乱菊の名がこの男の口から出なければならないのか。
「…どういう意味です?」
動揺と嫌悪感で震えそうになる声を必死に抑えて、尋ねる。

「ああいや、その首の飾りだよ。君にしてはずいぶん珍しいと思ってね。形は違うが、シルバーのネックレスなんて彼女しか浮かばないだろう?」
…そういわれて首もとに意識を落とせば、不自然な重みがあった。昨晩の飲みの騒ぎの中、酔った隊士が無理やりつけて騒いでいたのを思い出す。
何故今まで気づかなかったのだと自分でも驚くほどだ。
「イヅルからもろたんです。うちのは藍染さんと違うて、ええもんくれますやろ?」
「すまない。埋め合わせはきちんとするよ。松本くんと違って君には色気が無いのが残念だが、よく似合っている。」
「……そらどうも。」
「さて、もう行ってくれていいよ。頼んだよ、ギン。」
「はいはい承知しました〜。」


***

任務は滞りなく終わった。この100年、失敗などあったことは無いのだが。

帰ろうとした時、殺したはずの男が声をあげた。
「うぅ…あっ…あぁ」

なんだまだ生きていたのか。このまま帰ったところですぐに息絶えるだろうが、何故かギンは息の根を止めてやろうと思った。
刀を降り下ろそうと構えた時、男は女の名を呼んでいた。
「死にたく…ゴフッ…ない…あいつが…泣く…から…!」
僅に手が動いたのは刀を握ろうとしているのだろう。だがそれはもうずっと遠くに転がっていた。
ボクは急に“殺し”に高ぶっていた感情がサッと引いていくのをかんじた。だが無性に悲しくなり、苛立ち、未だに情けなくヒューヒューと息をする体に乱暴に刃を突き立てた。

返り血の温かさが心地よかった。この掴みきれない感情が洗い流されていく気がした。

首の飾りも、血に染まった。



***

隊舎に戻ったのは昼過ぎだった。
案の定みな二日酔いにうーうーとうなされていた。

「みんなひどい顔やなぁ。」
席に着くと、イヅルが声をかけてきた。
「隊長はあのあとどちらに…?」
「散歩。そのまま自分の部屋帰ったわ。片付け手伝わされんのもめんどいしな。」
笑って言うがイヅルは怪訝な顔をする。
「悪かったって、先帰ってしもて。今日は誕生日なんやから許して。」
問題をすり替えてみるが、イヅルはもう“触れてはいけない領域”なのだと薄々気づいているのだろう、それ以上の詮索はしない。
「…朝から贈り物が次々と届いて大変だったんですよ?ほら見てくださいこの山。」
「あら、こらありがたい事やな。」
「片付けるの僕なんでらね…?あ!それつけて下さってたんですね!」
「ああ、これ。」

藍染の命を果たした後、何度も何度も血を洗い流した。見た目は変わらないが、鉄臭い匂いがどうしても取れない気がした。

ボクがつけていたのがよほど嬉しかったのか、イヅルは上機嫌で自分の席についた。


帰ってはきたものの仕事なんてする気がおきるはずもなく散歩をしていると、金色の髪を見つけた。

彼女の視線は三番隊の執務室…つまりは先ほどまで自分がいた部屋に向けられていた。
その表情は悲痛なものを含んでいて、いたたまれなくなったボクは今きた道を戻っていった。

今さっきみた彼女の胸には、銀色のネックレスが煌めいていた。
自分のをそっと外すと、血がにじむほど強く握りしめた。


乱菊…
ボクはあの時世界をもろた

だからほかには何もいらん
ただ笑っていてほしい


だから泣かんで?
ボクの為に苦しまんで?

それだけでいいから
他にはどんな高価なものもいらんから

だからどうか

身勝手なボクの…
ボクの願いを聞いて

お願い



自分の血とあの男の血で汚れた銀のネックレスは、辛うじてボクの指にかかり、だらしなく垂れ下がっている。
9月の空は青く透き通って、キラキラと輝いていて、まるでボクを責めているようだった。


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