揺れる花はあなたのようで。

山百合が咲いていた。
隊長のようだと思った。
溢れだす匂いは私には強すぎて噎せるほど。
安易に鼻を近づければその香りにクラクラと頭痛がする。


「山…百合。」
「あ〜七緒ちゃん。おかえり。お使いご苦労様。さっき隊の娘が持ってきてくれたんだ。なんでも近くに群生している場所があるらしいよ?」

隊の娘ね。
女でしょ?

「そうですか。」
「今度一緒に行ってみないかい?」
「結構です。山百合は…嫌いです。」
「あらら。七緒ちゃんが花を嫌うなんて珍しいねぇ。」

花瓶に生けられたその花は生気を無くしたようで、大きな花を重たそうに垂れ下げていた。

「七緒ちゃんに似てる気がするんだけどなぁ〜」

…え?

「え?」
「いやなんだかさ、荒れた山の斜面に咲く姿は凛としてて綺麗じゃないか。知ってるかい?山百合は“百合の王様”って呼ばれてるんだ。」
「それの、どこが…」
「大きな花だろう。自らの重みに必死に耐えているようだ。」

花の茎を、すっと撫でる指がなんだか嫌で、私は目を逸らした。

「この強すぎる香りも、大きすぎる花も、自分を奮い立たせなければ一人で立てない、弱さが見えるな。」
「それが、私だと…?」
「ああ、そういうんじゃないんだ。綺麗なところが似てるんだよ。」

ぽんぽんと私の肩を叩いて去っていく隊長からは、女のものか、花のものかも分からない、甘ったるい匂いがした。

花に触れると、花は重さに悲鳴をあげるように、上下に揺れた。

私は
この花が嫌いだ。



***

マリーゴールドを見つけた。
シロちゃんみたいだなと思った。

思い付いてしまえばその考えがおかしくて、ひとり笑ってしまった。

「なにしてんだ、雛森。」
「あ。シロちゃんだ!」
「なんだよ、にやけて…。」
「ん〜、花見てたの。可愛いでしょ。」
「まぁ…なぁ。こんなとこに花壇なんてあったんだな。」
「誰が作ったんだろうね。」

風が吹いて花が揺れた。
隣の髪も揺れていた。

「ふふふ。やっぱりシロちゃんはマリーゴールドだね。」
「は?なに言ってんだお前…。」
「似てるなーって思って。」
「どこがだよ…。」

まるでライオンみたいじゃない?
それに小さくても一生懸命背伸びしてる。
「ガオー」「ガオー」って吠えてるみたいに見えるな。
私なに言ってるんだろ…。
くすくすくす
ダメだ笑っちゃう。

「…暑さにやられたか?四番隊行くか?」
「いいよ、もうっ!そうだ、暑いからかき氷食べよ!」
「食べよって…どうせ氷出すの俺なんだろ…?」
「当たり前!行こ!」

手を繋げたのはきっと花のおかげ。
頬が熱いのは太陽のせい。

「行こ!シロちゃん!!」



***


「なにしてんすか、こんなとこで。」
「花壇作ってるんだよー!」
「へぇ。花壇、ねぇ。なにを植えるんですか?」
「ん〜…いっぱい!!」
「弓親、聞いても無駄だ。花なんて分かってねぇよ…副隊長は。」
「うっさいパチンコ玉!」

「あー!見てー!!パチンコ玉があるよー!!」
「それはホウヅキですよ。」
「あれ?パチンコ玉の剣も…」
「…そうっすよ、鬼灯丸です。」
「あははー。わー!ぴったりだねー!おっもしろーい!!」
「…斬っていいっすか?」

「ねぇ副隊長。僕はなんだと思います?」
「んー!これ!」
「トケイソウ、ですか。」
「孔雀みたいだよね!これ!」
「そうですね、ちょっと似ています。」
「じゃああたしはー?」
「副隊長?」
「うん!」
「そうですね…全部かな。」
「何だよそれ…。」
「世界中の花を全て詰め込んだみたいだなって意味さ。どんな花でも花開くエネルギーに満ちている。副隊長みたいだろ?」
「これの花も?」
「ええ。」
「これも?」
「ええ、それも。」

ほら、
パッと明るくなる顔は、
ニカッと笑う顔は、
まるで花が開くよう。

僕らの花が笑った。



***

ひまわりをみた。
乱菊さんのようだと思った。

一輪のひまわりを抱えて歩く姿は、いつも以上に華やかで、そこだけ異様に明るく見えた。

「あら、修兵!どうしたの?こんなところに突っ立って。」
「あ…いえ何でもないんです。それ、どうしたんですか?」
「綺麗でしょ〜。ちょっと花壇に咲いてたの拝借してきちゃった。内緒よ?」
いたずらっぽく笑う乱菊さんは、ひまわりよりもひまわりみたいだ。
「これ、うちの隊長みたいじゃない?」
「へ?」
「なんだかフォルムがライオンにそっくり。あ、これも内緒よ?執務室に飾ったら隊長が二人いるみたいで面白いかなーって。」

面白いか面白くないかは置いておいて、俺はこの暑い夏の陽に照らされる太陽みたいなあなたを見れて幸せだった。
この時間、この道を通った偶然―そんな些細な偶然にさえ感謝してしまうくらいには幸せだ。

あなたのほうがひまわりみたいだ。伝えようとして飲み込んだ。
喉につかえて出てこないのは、その姿があまりに美しすぎるから。

「修兵?どうしたの、すっごい変な顔してるわよ?」
「あぁ…えーっと夏バテですかね。」
「気を付けなさいよ〜。」

軽い世間話をして去っていく乱菊さんの背中をずっと見送っていた。
揺れる髪は、風にそよぐひまわりのよう。
屈託なく笑うあなたの笑顔に出会って、俺は好きな花が増えたんだ。

今からでも見に行こうか。決して届かないあの人の代わりに、せめて花を摘んで帰ろう。
惨めだなとひとり苦笑いしながらも、俺は歩き出してしまう。


太陽の光を目一杯浴びた花は眩しすぎる。
あぁ目が痛い。

それは乱菊さんと会うたびに走る、胸の痛みと似ていた。



***


「乱菊さんって向日葵みたいですよね。明るくて。 これ、十番隊に書類を届ける際に乱菊さんにいただいたんですよ。何故か日番谷隊長はご立腹でしたけど…。」
乱菊が花に例えられる事は多い。いつも華やかで豪華な名前があがる。
「そやね。十番副隊長さんにはぴったりかも知れんね。」
違う。
ボクは思っていた。
乱菊はもっと、弱くて繊細で強くて…
やはり向日葵じゃない…

「ボクのが向日葵みたいやな…。」
無意識のうちに思考が口から零れていたらしい。
「……は?」
「あぁ…何でもないわ。」

太陽しか見れず、触れられる事も出来ないのにひたすら追い続け、そして散っていく様はまるでボクのよう。

どうかこの命が尽きるまで、キミを見る事を許して。

太陽だけを見つめ、必死に重い顔を持ち上げる姿はボクの目には残酷なほど痛々しく映った。

「キミもほんま阿呆やな。」
呟くように話しかけると、茎を切られ太陽を見失った向日葵は力なく頭を垂れて、うなずくように揺れていた。

「キミは一度でも乱菊の―太陽の胸に抱かれたんやな。」
触ろうとして、手を止めた。
触れば想いが溢れてしまいそうだ。
太陽の熱で焼かれてしまう。

「隊長…先程から何をぶつぶつおっしゃっているんですか…?」
「何でもないて。ただちょっとな、こいつとボクは似てる気ぃしてな。」
「…はぁ。もっとも似つかわしくない組み合わせの様な気がしますが…。」
「ほんまやね。」

笑った。
向日葵のようなうわべだけの笑顔。
その下には、太陽を探して探して情けないほど不安なボク等がいる。



***


「乱菊さんって花みたいですよね。」
「そうかしら。」
「乱れ咲く菊…ぴったりの名前ですよね!素敵。」

「乱菊さんを花に例えるなら百合っすよね。豪華絢爛!やっぱり華やかな乱菊さんには百合っすよ。」
「そうかな、ありがと。」

「あなたはまるでひまわりのようだ。あなたの笑顔を見るだけで僕の心は踊り出す。どうかあなたがいないと生きていけないこんな僕と……」


違う、違うの。

私はね、月見草。
乱れ咲く菊でも無く、百合でもひまわりでも無い。

ずっと月を追っているの。

月の色をしたあの人を。

小さく小さく咲いている。
手を伸ばす事も出来ず、怯えながら見てるだけ。



月見草。
ずっとあなたを見てるのに。
臆病な私をどうか許して。


***



ボクは太陽を―
私は月を―

ただただ追っているだけ―
見ているだけ―

愛してるから―
愛してるから―


―届かない空を見つめるばかり―


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