願いをのせた葉が揺れる


「よいしょっと。」
「今年もこの季節ですね〜。」
「そうね〜。」

七夕だ。
最近現世では早まったという話を聞いたが、乱菊こっちのほうがしっくりくると感じていた。
瀞霊廷も未だ旧暦の方が馴染んでいた。

「なにをお願いしたんですか?」

この時期はよく七夕飾りを見かける。
商店が客寄せの一環としてやっているところもあるし、協会毎でやっているところもあった。

「私はね〜“隊長の背が伸びますように”でしょ?それから“いくら飲んでも肌荒れしませんように”“使っても使ってもお金が減らない財布をください”“肩こりが治りますように”それから…」
「もういいですいいです!いっぱい…あるんですね?」

規模は違えど、一応どこの隊も笹飾りは飾られていた。
その中でも十番隊はいつも盛大に祝っていた。
隊の雰囲気か、もしくはお祭り好きな副隊長のせいだろう。

「この短冊の大半はこいつのだ。」
「いいじゃないですか〜、いっぱいあっても。数打ちゃ当たるってもんですよ!」
「それでいいのか…。」
「いいんじゃないですか?楽しいし。」

せっかくのお祭りなのだ、楽しまねば損というものだろう。


「でもシロちゃんの背が伸びますようにって毎年書いてますけど、なかなか叶いませんね。」
「うっせーよ!」
「おかしいわね〜…。毎年一番上の方に飾ってるんだけど…。織姫と彦星も、ちょっとは頑張んなさいよね!」
「………。」


七夕なんか…と鼻で笑う人もいるけど、乱菊は願いを連ねるという事は素敵な事だと思っていた。
たとえそれに願いを叶えるほどの力が無いと分かっていても…。

「これ、何ですか?」
雛森は乱菊の机の上に置かれた笹を指差し聞いた。

「あぁ、それは…」
「こいつは毎年隊で用意したものから、少しだけパクっていくんだ。」
「パクるなんて失礼ですね…。邪魔なとこ自宅用にちょっと貰っていってるだけじゃないですか。」
「家でもまだ願いを書くなんてどうかしてるぜ。欲の塊じゃねぇか…。」
「いいんです!だいたい人間欲を無くしたら終わりですよ。ね、雛森もそう思うでしょ?」
「ど、どうかな…。」


ぼーん…
ぼーん…
ぼーん…


「あ!大変!」
「どうしたんですか?」
「なに言ってるの!就業時間じゃない。じゃあ私先帰るわね。隊長お疲れ様でした!」
乱菊はまくし立てるように言うと止める間もなく消えてしまった。

執務室の扉を乱暴に閉める音が響いた…と思うと、さらに大きな音を響かせ再び扉が開いた。

「すいません、忘れ物しちゃって!」
乱菊は机に残された笹を手にとり丁寧に鞄にしまうと、「じゃ!」と帰ってしまった。

「まったく、騒がしいやつだ…。」
日番谷は実に不愉快そうに、眉間の皺を深くした。
ぶつぶつと文句を垂れていると、雛森の呟くような声が聞こえた。

「何を…」
「え?」
「何を願うんだろうね…。」
乱菊の消えた先をぼんやりと見つめている。
「知らねーよ…。」
日番谷の視線は無意識のうちに下を向いた。





「はぁー!つっかれた!今日も1日よく働いたわ〜。」
自室に戻ると乱菊は鞄を脇に置き、倒れるように畳に身を投げた。
本当の事を言えば、疲れたのは仕事よりも飾りつけに勤しんでいた事にあるのだが、そこは考えない事にする。
「まぁどちらにしろ働いた事にはかわりないわよね。」
そう自分を納得させると、「さて、やりますか」と起き上がり、鞄に手を伸ばした。
ゆっくりと笹を取り出すと、シャラシャラと鳴った。

紙と筆を用意する。
この部屋で机に向かうのは久しぶりだ。
滅多に使われない道具たち。
筆に水を含ませると「はいはい仕事ですか」と、重い腰を上げるようにゆっくりと柔らかさを取り戻してゆく。

迷いなく筆は動く。


《あいつの笑顔がまた見れますように 松本乱菊》

毎年書いてきた事だ。
意味合いは違うものになっていたけど、やはり書かずにはいられない。

笹の葉に触れる。


これを思い付いたのは学生の頃だっただろうか。

再び姿を見る事が出来た喜びで一目散に駆けて、その名を呼んだ。
しかし、その時にはもうすでにギンの笑みは乱菊の知らないものになっていた。

学年の行事として七夕の飾りつけをしていた時、指を切った。
チリッとした痛みが走り見てみると、一見何もなっていないのに、時間差で赤い線が浮かび血が溢れた。

指を切った葉を触ると、何故かそれがギンに似ているように思えた。
表はツルツルとしているくせに、裏面は触ると引っ掻くようにザラザラと苦い感触を残す。

それから乱菊はこの笹に願いを託すようになった。


その願掛けはいつまでたっても終わる事はなかった。
護廷に入隊しても、席官になっても、副隊長に登りつめても…

そして、今でも。

「毎年毎年ばっかみたい。」
その言葉とは裏腹に乱菊の表情は落ち着いていて、優しく、淋しかった。

もうこの願いは叶う事は無いのかも知れない。
ただ、現世の人間が言うように、“死んだ人間は星になる”のだとしたら、コロコロと笑うように瞬いてくれればいいなと思う。
風になれば、笑うように草を撫で、
水になれば、笑うように光を煌めかせればいい。

どうか、また笑い合える日が…
いや、隣が私でなくてもいいから、昔ようなの笑顔が見たい。

そう、思っていた。


「しっかし、織姫と彦星も贅沢よねー。」

天の川が出来て、二人が別たれてから何年たつだろう。
「意外とたくさん会ってるじゃない。」
少し妬ましくもなる。

窓辺に飾りつけながら、ふと空を見上げると、空一面にあふれんばかりの星が輝いていた。

この時期がいいのは、雨があまり降らないからだ。
何も梅雨時にずらさなくてもいいものを。
年に一度しか会えないのだから、暑く、爽やかで、星の煌めく夜がいい。


しばらく眺めていると、何を思い付いたのかまた机に戻り筆をとった。


《星になったら、その時はあんた達みたいに離されず、ずっと一緒にいれますよーに 松本乱菊》

「これくらい、許されると思わない?」
ちょっとした皮肉も込めて、これも笹にくくった。


ギンの笑顔…
私の泣かない世界…

すれ違い続けた願い。


嫌みなほど綺麗すぎる星空を見ていたら涙が出た。


それは流れ星のように頬をつたった。

「ギンがどこかで笑っていますように。」
もう一度つぶやいて、乱菊は窓を閉めた。

その風でまた笹が揺れる。
叶わない願いをのせて―


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