夏、色々。
《セールってのは女の決戦!》


体力だって重要だが、何より頭を使うのだ。

まず全体の計画を立てねばならない。
過去のデータを分析し、始まる瞬間からクリアランスセールになるまでの日程に大体のめぼしをつける。
続いてその日程の中で何回参戦するか、また一回ごとの予算や買うべきものを考える。

そしていざ始まれば、ここからは心理戦。
何をどのタイミングで買うか。
気に入ったものが見つかった時に、すぐに手を出すのか、安くなるまで待つか―店とライバル達との牽制のしあいだ。

すべて持ち前の勘と長年の経験がものを言う。

それを制したもの
それが夏の勝者だ―



「おー。ぱちぱちぱち。」
「なによ…。」
「すごい熱やなーと思て。感心しておりました。」

乱菊の大演説を聞かされたギンは、その熱に圧倒されていた。
いや、正直若干引いている。

「まったく、あんたはこの一大事に何を呑気な事を言っているのよ。あんたも気合い入れていきなさい!」
(あ…やっぱりボクも行くんや…。)

「なぁ、バーゲンやなんや知らんけど、いつもぎょうさん買い物しとるやん。別に今買わんでもええんちゃうの?」
「だめよ。言ったでしょ?女の戦いなの。絶対に負ける訳にはいかないわ!それにギンだって私がいつも綺麗にしてた方がいいでしょ?」

ギンはそっと近づき乱菊の髪を一束取ると、その髪に口づける。
「いや、乱菊は何もせぇへんでも綺麗や。十分過ぎる。目が眩むほどにうつくしい…。」

「やだ…///」と頬を染め、照れる―


はずだった。

「だめよ。その手には乗らない。」
パッと手を払われる。

(あらバレとったか。乱菊の機嫌取って、うまくセールから気を逸らそうと思っとったのに。)

「決戦は明日から!ちゃんと起きてなさいよ?迎えにくるから!」

「じゃ、明日早いし。」と言い残すと乱菊はさっさと帰ってしまった。

(完全にお泊まりコースや思っとったのに…。)
ギンは情けなく肩を落とした。


次の日、約束より早く乱菊はやって来た。
いつもより気合いが入っているようだ。
だがあくまで動きやすいものを選んでいるようで、それがまたギンの胃袋をキリキリとさせる。
(機能性重視とは…気合いが違う…。)



呉服屋が多く立ち並ぶこの場所、いやこの“戦地”は、異様な熱気に満ちていた。
いつもとなんら変わらない平凡な朝なはずなのに、ここに入った瞬間体感温度が数度上昇した気がした。
それがギンの背筋を寒くする。


「まずは、大手から攻めるわよ。」
乱菊が指差したのは、最近瀞霊廷で急激に店舗数を拡大させている人気ブランドの本店だ。
老舗の堅苦しさが無く、友達同士でワイワイ買い物に行けるのが魅力…だとかなんとか、何かの雑誌に書いてあったとギンは思い出していた。

もうそこには開店前から行列が出来ていた。

《オープンと同時に大ワゴンセール&タイムセールスタート!!》
と上りが立っていた。

(ほとんどカタカナやん。逆に読みづらいわ…。)

そんな事を1人ごちていると、前に並んでいた女がこちらに気づいた。

「あ…市丸隊長だ…。」
三番隊の席官だった。

「え、市丸隊長!?どこどこ?」
「嘘、かっこいいー!」
「やだ、どうしようすっごいラッキー!」
ざわめきはあっという間に広がって、野次馬根性丸出しな顔が次々とこちらを向く。

「松本副隊長まで!あ、お二人で買い物デートですか?素敵〜。」
乱菊が「ただの荷物持ちよ。」なんてちゃかすから笑いが起こる。

(あー…こんなん一番見られたない姿やったわ…。)

待ち時間の話題に飢えていた彼女達には、ギンは格好の獲物。
女子ばかりの列に並ぶ長身、銀髪は嫌でも目立った。

しかし時間が経つに連れて、徐々にこちらに向けられる視線の数も減っていった。

みな明らかに浮き足ってきている。
最初にギンに気付いた彼女も、いつの間にか乱菊とのお喋りを止めて、連れの女の子と「買い物リスト」を広げて忙しげに話をしていた。

「ギン、はい飲み物。」
普段なら絶対に用意しないペットボトル飲料を、自分の家から、しかも二人分持ってきたらしい。

「小まめに水分補給しないと…死ぬわよ?」

「………ありがとうございますまだ死にたくないです。」
ギンは受け取らざるおえなかった。


「あと10分ー。あと10分でーす!」
売り子が絶叫しているのを聞きながら、後にもだいぶ伸びた列を眺めていると、前から話かけられた。

先ほどの女の子だが、表情は硬くなっていて、一瞬同じ人物なのだと認識出来なかった。

「市丸隊長!いよいよですね!」
「そ、そやなぁ。」
「ここからは、死神の位など関係無いですから、共に頑張りましょう!」

ぐっと手を差し出される。
ポカンとしていると、手を強く握られ、ぶんぶんと振り回された。

(あ。握手ね。)

「健闘を、祈りますっ!」

それだけ言うと、前を向いてしまった。


乱菊が手を繋いできたのでなんだ嫉妬したのか可愛いじゃないかと思ったら、ただ単に“はぐれないように”が目的らしかった。
甘さが微塵も感じられない。


みんなが心の中でカウントを数えているのが感じられる。
時計をチラチラ確認しながら、売り子の様子を窺っている。

(やばい、くる…。きてしまうー!!)

「大変お待たせ致しましたー!ただいまより夏の大セ…ごふぁっ!?」
一斉に列が歓声と共に門に雪崩れ込んだ。
あの売り子は今頃足の下かも知れない。


(あー…これ慣性の法則や…。)
乱菊に引っ張られ、その波に飲み込まれながら、ギンは何故か科学の力を思った。
自然のエネルギーって凄いっ!!



-------

店から出てくる時にはギンはげっそりとしていた。
リーチの長いギンは、あれを取れこれを取れと、乱菊に顎で使われた。

足は踏まれるし、肘うちは食らうし…まるで何かに“犯された”ようにカタカタと震えていた。

(おんなは獣や!ハイエナや!!)

見たくはない本性を見せ付けられ涙目になっているギンに構わず、乱菊は次の店へと向かおうとしている。

「ちょ待って!とりあえずお茶でもしてかへん?休憩しよ休憩…。」

「…はぁ?さっき飲み物渡したわよね?休憩なんて出来る訳ないじゃない。こうしてる間にも私の“運命の出会い”が他の女の手に渡っているのかもしれないのよ!?」
思いっっ切り呆れられた。

「もう変な事言ってないで、次行くわよ、次!!」

ギンはもう頷くしかない。
「はい。」


(ボクより大事な“運命の出会い”って……ぶわっ。)

流石に泣きはしないが心の中では号泣していた。


途中何人かの男子とすれ違った。
みな女子(恋人と思われる)に引きずられるように歩いている。

(同志よ…っ!!)
ギンは抱き付きたくなった、彼女らはそれすら許さない。

一瞬だけ目で通じあい、お互いの境遇を憂う。
(ツラいなぁ…ボクも仲間や。うぅ…。)
(なんとか生き抜きましょうね…!うぅ…。)
すぐに女子の物欲に引き裂かれてしまいながらも、貴重な仲間の存在に幾分かすくわれた。



もうだいぶ回った。
だいたい見尽くしたはずだ。
乱菊もここでやっと茶屋へ入る事を許してくれた。

適当に頼んでから、盛大に溜め息をつく。
「はぁ〜〜〜〜〜…。」

辛気臭いわね!なんて怒られるかと思ったが、なんだか乱菊の様子がおかしい。

(ま、まさか…!?)

「ギン…、だいじょうぶ?」
ピタリと体を寄せて見上げてくる。
「汗、かいてるわよ?」

胸元からそっとハンカチを取り出すとギンの額を拭く。

先程まで乱菊の胸で温められていたものだ、変に意識してしまう。

数々の連戦で髪も少し乱れ気味。それも乱菊の色気に拍車をかけていた。


(な、何を考えているんや!負けるなボク!!これは作戦や!!)

だいたい万年金欠の乱菊だ。
こんな時にギンを頼らぬ筈は無い。
毎年このパターン。
逃れられるとも思っていない。
ただなんとか相手のペースにハマらぬよう、持ちこたえなければと必死なのだ。


「どうしたのギン。顔色悪いわ?…わたし、心配。」

(くっ…!!)
簡単に揺らぎそうになる邪な心に鞭打って、話題を変えようとする。
「ほ、ほら乱菊!餡蜜来たで!」

ないす店員!
いいタイミングや!
これで距離を測れる!

盆が二人の間に置かれた事に感謝しながら、ギンは餡蜜に手をかけた。

乱菊も一瞬戸惑ったがすぐに「いただきます」と食べ始めた。

ギンはすっかり安心してしまい、何かを企んでいる顔に気付かない。

ぞわり
「ギン、ついてるわよ。」

舐め…とられた…。
その感覚にクラッとしてしまう。

さらに立て続けに、
「見て、さくらんぼ。美味しい。」
なんて舌の上で転がして見せたりするから…
「食べないの?じゃあわたし貰っちゃうわよ?」
なんて呆けていたギンの匙からパクッと食べたりするから…
いつの間にか盆は片され、すり寄ってきたりするから…

もうパンク寸前だ。



「分かったって……。」
「ん?なぁに?」
俯くギンにさらに密着してくる。

「なんか買いたいもんあるんやろ…?買うたる…。」
「嘘ー!ギン大好きー!!」
抱きついてくる。

(なにが嘘やねん。全て乱菊の策略やろ…。)

「け、けどな乱菊。今日は持ち合わせがそんなに無いねん。そやから…

ぶっちゅー

「あらごめんなさい。聞こえなかった。なに?」


「……カードがありますねすいません。」





結局、1日が終わる頃には、ギンの財布の中身は大量の領収書と僅かな塵しか残っていなかった。

部屋に戻ると
「つっかれたー!!」
とソファーへダイブ。

そんな乱菊の後から、抱えきれない程の買い物袋を持ってとぼとぼとギンが入ってくる。


「おつ…かれ…さ、ん…」一応それだけ呟くとギンも空いているソファーに倒れ込んだ。


乱菊はもう寝そうになっている。
「なぁ…化粧落とさなあかんで?」
「んー…。」
目をこすっている姿は可愛らしいが、メイクの上からではまずいだろう…。

なんとか風呂に放り込むがなかなか上がってこない。
寝てるのかと心配になり覗いてみると怒鳴られて中からお湯をかけられた。

もう散々な1日だ。


自分も風呂に入りベッドへ向かうが、乱菊は爆睡している。

(昼間はあんなに…。)
その分を返してくれるのはいつになるのか…。


ぼーっと考えていると不意に乱菊が自分を呼んだ。

「へ?」
寝言かとも思ったが、いつの間にか目を覚ましていたようだ。

「ギン今日はありがとね。」
「ん。“運命の出会い”、いっぱいあってよかったな。」
「…え?あぁ服の事ね?」

(忘れとる!自分で言ったんやん!)

「まぁね。でも…私、人生の一番最初に運使い果たしちゃったみたい。それ以上の出会いは無いみたいね。」
「その、出会いって?」

意外にも早く支払いが来るのかとギンも自然と戦闘態勢に入る。


「ギ・ン」


待ってましたとばかりにその口をキスで塞ぐ。

でも長くは続かない。

乱菊はさらりと逃れると、枕で境界を作ってしまう。

「え?」
「さっきのはお礼ね?」

(これ…だけ…?)

「そうそう次は来週あたりね?開けといて。」
「…次?」
「あら何回参戦するかが問題だって最初に言ったでしょ?まだまだ夏は始まったばかりよ。」

おやすみ。と再度ギンにキスをすると乱菊はまた寝てしまった。


(乱菊今日の段階で金無くなっとったやん…。次からどうするつもり…って来週って給料日明けか!!お、恐ろしい…。)

(おんなって怖いっ!)




けど…

そんな事分かってて付き合うてるんやけどね。

巻き込まれる振りしながら、案外振り回される事を楽しんどる。

夏のセールが女の戦いなら
そんなキミらはボクらのアトラクション。


ジェットコースターの様なキミも好き。


ある意味どちらも夏の風物詩。



来年も、ずっとこんな下らない事があればいい。
そんな事を隣で疲れ果てて眠る恋人の寝顔を見て思った。



.
- 12 -
[*前へ] [#次へ]
戻る
リゼ