彼女観察


「お邪魔しま〜す。書類を届けに…って、あらイヅルいないのね。」
「ああ、なんや十番隊に書類とどけに行く言うとったなぁ。入れ違いやね。」

ギンは窓の外を眺めている。
少し、にやついている。
いや、いつもなんだけど余計にという意味で。

「なんかあるわけ?」
「あそこ。見てみ。」

窓辺に近寄り外を見る。

「何よ、何もないじゃない。」
「下やって。し・た。」
ここは三階だから、下を見れば道行く人がよく見える。
人通りは割りと多い。

「…また、人間観察ってやつ?」
呆れたように言うと、当たり前のように「そうや。」と返ってきた。

まったくプライバシーの侵害もいいとこよね。
それに悪びれもしないんだから余計たちが悪いわ。

「あそこ、あそこの陰。」

ギンが指差す先には建物と建物の間の僅かなスペースがあった。
男女が親しげに話をしている。

「……あんた、いよいよその趣味やめた方がいいわよ。」
「あ、ほらなんや女の子の方が急に切れだしたで。」

全無視かよ。

確かに先ほどまであれほど親しげにしていたのに、今は逆上して泣きわめいている。
男の首もとを指しているから、あらかた他の女の残した跡でもついていたのだろう。

「あらら〜。そんなに騒いだら周りに気づかれてまうよ?」
自分は高みの見物をしている癖によく言うわ。

男は去ろうとする女の手首を寸でのところで掴むと、そのまま抱き留めた。

《誤解だ。俺には君だけなんだ…っ。》
なんて言葉が聞こえてきそうだ。
たぶん切なげな声で囁いているのだろうな。
女はしゅんとなって、胸の中に収まっている。


…はっ!!

何を私まで真剣に観察に参加してしまっているのだ!

「ちょ、ちょっと。もう止めなさいよ!いい加減かわいそうよ。」
慌てて取りなおそうとするが、ギンにはきっと見透かされている。

「なんや〜つまらんなぁ。」
とか言いながら顔を向けてくる。
やっぱり笑っている。
白々しさがムカつく。


「あのポイントはな、色んなヤツがこっそり話すのにちょうどええ場所なんよ。死角になっとるしな。よう密談なんかに使われとるわ。」

「あぁそれからあっちはな、角で人がようぶつかるから喧嘩になることが多いな〜。それからあそこは、野郎が女の子更衣室を覗くポイントに…」

よくもまぁひとつの窓から見える景色でここまで見つけるものだ。
ある意味感心する。

「人間ゆうんわ、面白いもんやね。泣いたり怒ったり笑ったり、ころころ表情を変えて…忙しいなぁ。僕には出来ひん事やわ。」

「あら。ギンも案外分かりやすいじゃない。」

「…え?」
「え?」

お互いぽかんとしてしまう。

ギンは確かに、いつも張り付いたような気持ち悪い笑顔しか見せないし、表情は人より少ないかも知れない。
だけど、案外喜怒哀楽がはっきりしてる…よね?

え…私だけ…なの?


ギンはプッと吹き出した。

「乱菊にはかなわんなぁ。」
ほら、物凄く嬉しそうじゃない。
おんなじにやついた顔でも、案外分かりやすいのよあんたは。

「なぁ?そしたら、今僕がどんな気分か当ててみて?」
「…そう言われると分かんないけど。」
「まぁ言うてみて。」
「う〜ん、じゃあ“嬉しいな〜。楽しいな〜。わくわくするな〜”…とか?」

ギンは笑いを堪えられない。

「何よ。」
「乱菊はほんまおもろいなぁ。見てて全然飽きんわ。」
「…で、正解は?」
「あ、ああ。惜しいな。正解は―

“夜の乱菊も観察した

バシーン
案の定殴られたが、ギンにとってはこれも想定の範囲内だ。
こんな反応が見たくてやっているのだから。

ああ面白くて仕方がない。

「帰るっ!!」

そのまま部屋を出るのとほぼ同時に、イヅルが帰ってきた。
「どうしたんですか隊長?さっきすごい剣幕で顔を真っ赤にした乱菊さんとすれ違いましたよ。…また怒らせたんですか?」

乱菊が廊下を怒りながら歩いていく姿を想像すればそれだけで笑ってしまう。

彼女は一番面白いんだ。
反応を見ているだけで、ふつふつと可笑しさが込み上げてきてしまう。

「隊長、喧嘩なのに嬉しそうですね…。」
「喧嘩やないよ。乱菊が照れて勝手に出てっただけ。」
「そうですか。」

はいはい、と流す副官に、ふと思い付き問うてみた。
「なぁ、僕、今どんな気分やと思う?」
「なんですか突然?」
「ええから。」
「そうですね〜…。“乱菊が好きで好きでたまらんっ”とかですか?」


よう出来た副官やな。
上司の事をよく分かっている。

「…え、まさか正解だったんですか?」
「なに引いてんねん。うっさいわ。」


そうか。
よく“僕は表情が読めない”“何を考えているか分からない”とか言われるが、そうでも無いのかも知れない。

僕の意思には反するが―。

人間を知るのは嘘をつく為。
自分を隠す為に相手を知る。


僕はまだまだ甘いらしい。


ほら、高角が上がってしまう。
副官が怪訝な顔でこちらを見ている。


僕の笑顔の下を見透かされていた。

人間は面白い。
ちょっとした事で崩れる精神。
言葉で心臓を止める事だって出来るのに。

彼女は僕とは違った方法で僕の心を揺さぶる―。


さぁ、その面白い彼女の表情を観察しに行かなければ。
今度は笑った顔がいい。



窓の外を再び見れば、先ほどの男女が夕日のなか手を繋いで歩いていた。


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