電話越し


現世に初めて行った死神が一番驚くのは、その技術力の高さだ。
特に近年の電気製品の進歩は目を見張るものがある。

技術開発局の力も甚大だが、いつも違う方向へ行く。
局長の涅マユリの嗜好が顕著に表れている。

そこで、女性死神協会が発起し、多くの署名を集め、現世の製品をこの尸魂界でも使えるようにと技術開発局へ迫った。

最初は断固「やらない」の一点張りだったが、その勢いにおされ、引き受けざるおえなくなった。

「まったく、こんなくだらない実験は初めてだヨ」


手始めは最も希望の多かった携帯電話だ。

伝令神機の技術があるのだ、本気になればぞうさも無いことだ。


携帯は一気に瀞霊廷で流行した。
業務中にメールに没頭してしまう隊士が続出し、隊主会で問題になったほどだ。

「ねぇギン、携帯買った?」
「そんなんいらんよ…。今までも特に不便な事無かったし」
「ええー…」
「なんなんその顔…。」
「だって完全に乗り遅れてるわよ。買いなさいよ〜。私への連絡だって便利になるわよ?」
「……。」

結局買う羽目になった。
が、いまいち性に合わない。
業務連絡は、地獄蝶や隠密の連絡部隊で事足りる。

まぁ確かに乱菊との連絡には便利だが…。

今までは勝手に部屋に行って、飲みに行った乱菊を1人酒をちびりながら何時間も待つという事もままあった。


《きょう、むかえにいく》
《あら、ありがと。じゃあ8時ぐらいに、十番隊の門前で待ってて(*^∀^*)/》
《分かった。 その記号なに?》
《顔文字よ、顔文字(●`ε´●)!》
《いろいろあるんだね。》

ぶっ
乱菊は思いっきり吹き出してしまった。

『だね』って!!

いくら慣れてないとは言え…言葉遣いもおかしいし!
可愛すぎる。

今日会ったら思いっきり弄り倒してやろう。


一方ギンは大きなため息をついていた。
(やっぱり慣れん…。)




最初はこんな感じのギンだったが、持ち前の器用さですぐに使いこなすようになった。


《ギン、今ヒマ?》
《ん〜。暇。ひとりで部屋で酒飲んどるよ。》
《ふ〜ん。》
《なに?なんかあんの?》
《別に〜。特に何もないけど…。ね!今から電話していい(*'ω'*)?》
《そんなんうち来ればええやん。》
《いいの(`ω´* )!明日早いし。じゃ、電話するからね!》

すぐに電話が鳴った。

「もしもし〜?」
「ん〜?」
「へへ〜。私もお酒出して来ちゃった。」
「だからそれやったらうちに飲みにくれば…
「いいの!たまには電話越しの飲みもいいでしょ?」

「ね。今、月見える?」
「ん〜待って?」

ギンは立ち上がり窓辺に移動する。
満月だった。

「見えたよ。綺麗やなぁ。」
「うん。そうね。なんかさ、離れた場所で、同じ瞬間に同じ月を見てるなんて、ちょっとロマンチックじゃない?」
乱菊はなんだか嬉しそうだ。


「ほんまやね…。せっかく飲んでるんやし乾杯しよか。」
「ふふふ。変な感じ。…乾杯。」
「乾杯。」

今ここにいない相手を想いながら、それぞれが杯を上げる。

ちょっとこそばゆい感じがした。


たわいの無い話をする。
隊長の話、イヅルの話、新作の着物の話、人気の甘味屋の話…。
ずいぶん喋った。


話が途切れると、相手の事が気になり出す。


「…ね、ギン今何考えてる?」
「そやね〜。明日隊の子らに会ったときのいたずらの事。」
「嘘ばっかり。」
「なんて言うて欲しいん?」
「……殴るわよ?」
「あいにく、今は電話やからね。携帯って便利やね〜。やっと分かってきたわ。」

相手の顔が目に浮かぶ。
一方は憮然とした表情。
もう一方はニヤついた笑みを浮かべている事だろう。


その可笑しさが、月の光に照らされて、心地よい沈黙を作る。
話す事は無いのだけれど、相手の気配を感じながら、相手の事を想いながら、静かに酒を飲むのも悪くない。


「なぁ乱菊〜?」
「ん〜?」
「電話ゆうんは変な距離感やね…会いたなるわ。」

でも…
「まぁね。でもそれもまた悪くないでしょ?。」
「そやね。悪くない。」


もどかしいような、でもこのままでいたいような…どちらとも取れない気持ちになって
あぁ、好きなんだなって思ってしまう。


「ギン?」
「なに?」
「…何でもな〜い。」
「なんやねん。乱菊こそ、酒の飲みすぎちゃうの。」
「違うわよ。」

“好きだって言おうとしたの”


この言葉は言ってやんない。
さっきはぐらかした罰だ。



もう夜も深くなっていた。

「もう…遅いわね…。」
「そやね〜。」
「じゃあ……そろそろ切るわね。」
「うん。」

だけどほんとはまだ、切りたくなかった。
もう少し、
繋がっていたいな。


「ねぇギン。」
「ん?」
「……おやすみなさい。」
「うん、おやすみ。」

「明日、うち来ていいわよ。」
「分かった。」

「お酒、とびきり高いのよ?」
「分かっとるよ。」


静かな風が、少しだけ感傷的な気分にさせる。


「じゃあ…ね?」
「ん。」
「今度こそおやすみ。」
「おやすみ。」


電話を切ると、さっと静けさの闇が落ちてきたように、周りの温度が下がる。

さっきまで話していたのに、なんだか変な気分。


もう寝なきゃ。
ふっと息を吐き、立ち上がると、片付けを済ませて布団に潜り込んだ。


もぞもぞと寝やすい体勢を探っていると、携帯の人工的な呼び出し音が鳴った。

メールだ。

ギン…。



《さっきの答えな、僕が考えてる事、そんなんいつも乱菊の事だけや。いつだって想っとるよ。いつだって愛しとる。
おやすみ乱菊。いい夢…みれるとええね。》


……こんなのメールじゃないと書けないわね。

真面目に言われたら恥ずかしくて逆にキレるわ。


じんわりと溝緒のあたりから暖かさとくすぐったさが広がってくる。




「私も…かな。」

小さく呟いて、携帯を閉じた。

いい夢を…見れそうだ。





.




―その後のはなし。

「ネム〜?書類持ってきたんだけど〜…って何よこれ!?」
「データです。」
「それは分かるけど、これってまさか…」
「皆様の使用情報です。すべてはデータベース化され、今後の研究に役立てられます。人間関係の構図と感情の僅かな動きまでを精細に分析し、新しい技術として、戦闘の補助製品などに応用す…」


結局、技術開発局はこの一件で大きな反感をくらい、しばらく他隊のものから総すかんを食らった。


「やれやれ、ネムにも困ったものだヨ。せっかく苦労して付け加えた機能なのに。こんな生の生態はなかなか見れるものじゃないヨ。…しかし、なかなか現世の技術も面白いものだネ。次は何を売り出そうかネ。」


しかし…

あの沈黙の時間は何だったのか。

喋る事が無いなら、切ってしまえばいいものを。

非合理的極まりないじゃないか。


まったくもって理解出来ないネ。



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