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「・・・・・足りぬ。」

短刀達が駆け回る中庭を縁側に座り眺めながら、私は小さく呟き口の中の芋ケンピをガリガリと噛み砕いた。
きっと今の私の目は据わっている。

「はて?」

すると隣に座っている三日月がその呟きを拾い上げ、同じく芋ケンピを齧りながら首を傾げる。

「食べ足りぬか小狐。まだ皿にはたくさん残っておるが、」

「芋ケンピが足りぬというわけではありません。私が今足りぬのは紅桜です。」

「あぁ、なるほどなぁ。」

私の視線を追う様に三日月がそちらへ顔を向けると、そこには麦藁帽子をかぶり網を持った紅桜と和泉守の姿があった。虫取り籠を斜めにかけて真剣な表情で樹木を見上げている紅桜と和泉守。
どうもカブト虫を探しているという。
この暑い日差しで日に焼けなければいいのだが。

「無論、名前には万事屋で購入した日焼け止めを塗らせたから大丈夫だぞ。」

「心の内を覗くような真似はやめてください、三日月。そしてありがとうございます。」

口には出していないというのに全てを悟り私の懸念を払拭した三日月に思わずため息が零れたが、私の気が回らない所に気がついてくれていた事に礼を言う。

「して、名前が足りぬ小狐丸はどうしたいのだ?」

「私は・・・・、」

三日月の問いに私は今一度紅桜を見やる。
和泉守の肩に乗り網を振りかぶった紅桜だったが、今一歩のところでブンとカブト虫は飛び去ってしまった。

そう、私は紅桜と・・・・・。
グッと拳を握り締め立ち上がった私は、三日月の視線に押されて高らかに宣言する。

「半日でいいので紅桜と二人きりになりとうございます!!!」


【もしもあの子が刀剣だったら/リクエスト番外編】

そう、今思い出せばこの数週間まともに紅桜に触れていなかった。

紅桜は今の時期、短刀との戦闘に慣れさせる為に粟田口や今剣達と出陣する事が多く、太刀である私は別部隊に配属される事が多い。
錬度の低い紅桜と古参の私とでは、出陣先の時代も異なることが多かった。

しかし部隊編成や出陣先がすれ違う事に異議を唱えるつもりはない。
これは全てぬしさまが采配。
ぬしさまのお考えもあっての事であるし、我らはそれに従うのみ。
何より我らのことを家族と豪語し思ってくださるぬしさまなのだからこそなのだが。

だが、本題は丸にいる時間だ。
ゆっくりゆっくりと愛を育み、ようやく私の求愛に答えて「お付き合い」という関係に進んだ紅桜と私。
夜、数多の刀剣達の部屋を渡り歩いて添い寝をしてもらっていた紅桜だったが、関係が進めば自ずと私と褥を共にするようになる、と思っていたのにも関わらず!!

この間は加州と大和守の部屋、次の日は和泉守と堀川、長曽弥の部屋。そして粟田口の部屋に続いて燭台切と大倶利伽羅の部屋。鶴丸の部屋まで来てようやく私達の部屋に戻ってくるかと思いきや、再び加州達の部屋に行ってしまった。

嗚呼くちおしや。
あのフニフニとした小さな体から香る桜の匂い。
そしてあどけない寝顔を飽くなきまで見つめ、そして絹糸の如く柔らかな髪に顔を埋めて眠りにつくあの幸せな時間を、もう数週間は味わっていないのだ。

それからも夜が明ければ出陣、内番、非番の日には加州や和泉守達が傍にいて近づけず。
私もそうだが、そろそろ三日月も紅桜との添い寝不足なはずだ。

今日とて私も紅桜も非番なので私の部屋でゆっくりと毛づくろいでもしてやろうと思っていたのに、虫取り網を持った和泉守が部屋に飛び込んで来て紅桜を連れて行ってしまった。
夏の日差しも強いのに、と止めようとした私を逆に止めたのは加州と大和守。

「あー、ごめんね小狐丸。兼定ってばどうしても名前と虫取りしたいらしくてさ。」

「本当ごめんねー小狐丸さん。兼定にはなるべく早めに返すように言っとくから!」

そう左右から謝る加州と大和守だったが、その顔はまるで謝罪とは程遠いとてもいい笑顔だった。やはりこやつらは苦手だ。
そしてせめて目の届く場所にいようと縁側に出てきて、たまたまそこで菓子を食べていた三日月に愚痴を零していたのだ。

「あくる日もあくる日も紅桜の周りには新撰組の刀剣達・・・・!確かに彼らは縁の身内ですが、私は紅桜の番なのですよ?同じ丸にいるのに何故、こうも触れられぬ苦しみに苛まれなければならないのです!」

私がそう愚痴を零しながら芋ケンピをガリガリと食べていると、紅桜を肩車した和泉守がチラリと此方に顔を向ける。
そしてニヤリと何故か勝ち誇ったような笑みを浮かべて中指を立てた。
いつも疑問に思うのだが、新撰組の刀剣達が時折見せるあの中指を立てる仕草は一体なんだというのか。

嗚呼くちおしやくちおしや。
だが麦藁帽子をかぶり必死にカブト虫を追いかける我が愛しき番は、今日も世界を傾国する程の愛らしさだ。

「はっはっは。まぁ確かに長曽弥が顕現してからというもの、名前は彼らとベッタリだからなぁ。ならば小狐よ、同じ三条のよしみで一つ手助けをしてやろうか。」

「なんと!」

するとそんな私を見かねたのか、三日月が茶を一口飲んでそう持ちかけた。
その言葉に私の髪がピンと跳ねたのが分かったが、今は毛並みを直す気も起きぬ。

「なに簡単な事だ。俺が彼らの気を引いている間にそなたが名前と何処かに隠れてしまえばよい。滅多に誰も寄り付かぬ蔵の中でも、押入れの下の収納でも、隠れようと思えば場所はたくさんある。」

「本当ですか三日月・・・・!」

今目の前で朗らかに笑う三日月が、まさに神のように思えた。
いや、元から私を含めぬしさま以外はみな憑喪神ではあるのだが。

「いずれ名前を三条に嫁がせる為にはそなたがあの子を娶らねば話にならんからな。だが間違っても一線を越えるでないぞ?婚前の交わりはあの子の保護者である俺が許さん。」

「もちろん、それは婚儀を終えて紅桜の気持ちが整ってからと心得ております。今はただ、この腕(かいな)に抱いてあの子の匂いを堪能して、ゆっくりと毛づくろいをしたいだけなのですから・・・・!」

一線を越えない事を条件に、私は三日月の協力を得る事ができた。
そうとなれば早速とばかりに、と立ち上がった私を三日月が制し「まぁ昼間で待て」と座らせる。

「昼食を終えれば名前は昼寝の時間だ。その頃には一旦彼らも名前から離れるだろう。その隙にあの子を連れて隠れてしまえばよい。」

「なるほど!」

作戦決行は昼寝の時間。
ようやく数週間ぶりに紅桜と二人の時間がとれるとあって、私は鼻唄を歌わんばかりに上機嫌でその時を待った。


◆◆


「さぁお前達、お昼寝の時間だよ。」

広間にごろりと横になった短刀達にたおるけっとをかける一期一振の後ろ姿を眺めながら、私はその時を待つ。
昼御飯で腹がいっぱいになった紅桜は、乱と前田に挟まれてあくびをしている。
そんな紅桜を横目に、部屋の前の縁側で書物を読んでいるふりをしていた。

あの様子では今にも眠りについてしまいそうだが、眠っている間に連れていけという事だろうか。
そんなことを考えていると一期が音楽が流れるからくりを操作してその場から立ち去る。
そしてからくりは鉄琴を弾く音楽を歌い始めた。

それを聞いた途端、

『それでね、乱せんぱ・・・・・すぴー。』

「相変わらず名前ちゃん、オルゴールの音楽聞くと一瞬で寝ちゃうね。」

「ふふっ、可愛らしい寝顔ですね。」

なにやら乱と話していたようだが、音楽が流れた途端気絶するように眠ってしまった紅桜。そんな紅桜に乱と前田は面白そうに笑っている。

するとふいに乱が私の方へと顔を向けて、こちらに来るように手招きをした。

「・・・・なんでしょうか。」

寝転がっている短刀達を踏まぬように足を忍ばせて近寄れば、乱がニヤニヤと笑みを浮かべて口を開く。

「今のうちに名前ちゃん連れていって大丈夫だよ、小狐丸さん。三日月さんから話は聞いてるから。」

「夫婦の時間は大切ですからね。加州さん達が迎えに来たら僕達がうまく言っておきますのでご安心ください。」

「乱・・・前田・・・・。」

声を落として紅桜を今のうちに連れて行け、と言う乱に続いて前田も同じように潜めた声で私の背中を押す。
なんと。三日月はこの二人に事の次第を話して私の手助けをするよう手を回していたらしい。正直、粟田口の協力を得られるとなると心強い。

「お二方のご協力、感謝します。今度一番よく出来た油揚げをおすそ分けしますね。粟田口の皆さんの分も。」

「楽しみにしてるねっ!」

「さ、彼らが来る前にお早く。」

二人に礼を言って寝息を立てている紅桜を抱き上げると、ほかの短刀達からも「小狐丸さんがんばってー」と応援を頂いた。
そして足早に広間を出て、キョロキョロとあたりを見回して新撰組刀剣達の姿がない事を確認すると、素早くその場から移動する。
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リゼ