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12時間のフライトは広々とした自家用ジェットでの快適な空の旅であり、貴重な睡眠時間だ。

完徹二日目で今朝方任務を終えた俺はアジトに戻りクソボスへ報告書を叩きつけて(直後にバカラのグラスが頭に叩きつけられた)、すばやく荷物を纏めると待ちに待った休日の為に空港に車を走らせ、既に準備満タンの自家用ジェットに乗り込んだ。

直後に襲い掛かってきた睡魔に身を委ねて、二日ぶりの睡眠という至福の時間を味わいじっくりと体を休める。

休日が取れるたびにこんな調子の俺に、モヒカン頭のサングラスカマ野郎は「ほんっとうアンタってまめよねぇ・・・・。いっその事もうあの子をイタリアに連れてきちゃえばいいのに。」なんて不思議そうな顔をして毎回同じ疑問を繰り返すのだ。

そんな事俺だってわかっているし、さっさとあの花を摘んでイタリアの土に埋めなおして根を張らせたい。
けれどなかなか事は上手く進まず、こうしてもう2年近くイタリアと日本を行ったり来たりを繰り返している。

しかし、

「あいつに会うために海を越える時間が意外と楽しいのも確か、か。アホかぁ俺は。」

こんなこと、口が裂けても同僚達には言えるはずもない。

◆◆

「あ゛ー・・・・・くっそあちぃなジャッポーネは。外気温何度だこれ・・・・って38度?見なきゃ良かったぜぇ・・・・。」

空港を出てタクシーを拾ってあいつの家の近くまで向かい、辿り着く少し前で車から降りた俺は外気温の高さに思わずため息をつく。
携帯の画面に表示されている温度を見れば更に体感温度が増したような気がした。

冷房の効いたタクシーであいつの家のまん前まで行けば良かったのだが、途中で降りたのには訳がある。

「花束ですね。かしこまりました!どなたへのお包みですか?」

「遠距離の恋人に、だ。頼めるか?」

あいつの家から少し離れた場所にある小さな花屋で、俺は先々月に訪れた時と全く同じ注文をする。対応しているのはバイトの女だろうか。前に訪れた時には見なかった顔だ。
女は俺の注文内容を聞くと「そうですねぇ・・・」とキョロキョロと店内を見渡す。

そしてバケツに生けてある紫色の提灯のような形で垂れ下がる花を一本手に取ると、「こちらなんて如何でしょうか?」と俺に見せた。

「こちらはフクシアという花で、「信じる愛」っていう花言葉を持つんです。ご覧の通りふっくらとして提灯のように可愛らしいお花で見た目にも涼やかでしょう?」

店員が教えてくれた花言葉は「信じる愛」。
まぁ確かに遠距離の恋人に贈るにはいいだろう。見た目も可愛らしい。
むしろこれを持ったあいつが可愛い。間違いない。

俺は店員に進められるがままにそれにしようと口を開いたが。

「ほう・・・ならそれを、」

「あら、スクアーロさん?まぁまぁ!お久しぶりです。」

頼む、と言いかけたところで店の奥から落ち着いた高齢の女が顔を覗かせて声をかけてきた。高齢の女は俺の顔を見ると皺だらけの顔を綻ばせて、慌てて此方へと歩いてくる。

「お゛う。久しぶりだなぁババァ。」

「バッ・・・・!?」

「えぇ2ヶ月ぶりぐらいかしら?相変わらずお元気そうで!」

俺が少しだけ表情筋を和らげて高齢の女に挨拶をすると、バイトの女はギョと顔をこわばらせるが当の高齢の女は己の呼ばれ方など気にせず笑って話し始めた。
この高齢の女は花屋の店長で、初めて俺が訪れた時から何度か世話になっている。
故になぜ今日俺が店に訪れたのかも察しているはずで話が早く非常にありがたい。

「今日もあの方のところへ?」

「あ゛ぁ。此処最近のあいつの様子はどうだぁ?」

「あの方もとってもお元気そうよ。けどこの連日の暑さでだいぶバテちゃってるみたい。あ、よかったらこれお土産に持っていってあげてちょうだい。」

そう言うと店長は俺の手に小さな包みを乗せた。

「なんだぁこれは?」

「水羊羹よ。見た目も涼やかでとっても美味しいの。親戚からの頂き物で申し訳ないけどね。冷蔵庫で冷やして二人でお食べなさい。」

店主の話によるとあいつはこの暑さにバテているらしい。
この間電話をした時にはそういった様子はなかったが、もしかすると心配させまいとしていたのだろうか。
だが確かに連日この暑さが続いているのなら体調をくずしてもおかしくはないだろう。

俺はミズヨウカンを手土産にくれた店主に礼を言って、俺達のやりとりを間抜け面で眺めていたバイトの女に顔を向ける。

「おい、それでいいから包んでくれ。」

「は、はいっ!」

先ほど俺に進めた花を手にしたままボーッとしているバイトの女にそう頼むと、女は慌ててフクシアを数本と合わせる花を手にしてカウンターへと入った。
店主はバイトの女をまるで娘でも見るような目で追い、そして再び俺の方へ顔を向ける。

「今日はフクシアを渡すのね。」

「あぁ、あいつにはあの紫が似合う。」

「なら常連さんに今日は特別にこれもつけてあげるわ。」

そう言うと店主はバケツの中から一本の花を取り上げると、そのまま俺へと差し出した。

「ひまわり、かぁ?」

「えぇ。ひまわりの花言葉はご存知?」

「いや、そういうのは疎くてなぁ。」

花言葉やらそんなものはルッスーリアや跳ね馬なら詳しいんだろうが、生憎俺はそういった事には疎い。
首を横に振った俺に店主はにこりと笑みを浮かべて、少しだけ声を落として囁いた。

「ひまわりの花言葉は〈私はあなただけを見つめる〉。遠い異国から日本のお姫様の元に足しげく通う一途な貴方が渡すにピッタリな花じゃないかしら。」

「・・・・・・・ありがたく頂く。」

「どうぞ。結婚式のブーケは是非うちで作らせて頂戴ね。」

「気が早ぇぞババァ。」

好意のひまわりを受け取り、気恥ずかしさから悪態をつく俺に店主は「あらあら、ごめんなさいね」と軽く謝るとバイトが包んでいる花束の様子を見に行ってしまった。

あと数分はかかるだろうか。
こじんまりとした花屋の中でひまわりを一本持って立ち尽くしてる俺を同僚達が見たら、きっと指を指して笑うだろう。
俺でも笑うと思う。だって俺達のような男にこんな店は似合わなすぎる。

「お待たせいたしました。ご注文のお品です。」

しばらくして出来上がったフクシアの花束を持って、バイトの女が俺のもとへと歩いてきた。

「あぁ、グラッツェ。」

「いえ。彼女さん、喜んでくださるといいですね。」

喜ぶだろうとは、思う。
今までだって花を渡して嫌そうな顔はされたことはないはずだ。
俺は女から花束を受け取ると改めてフクシアという花をマジマジと見つめた。
ふっくらとした花弁と袖のように跳ねている萼。
まるでキモノを着たあいつみたいだと、全てをあいつに当てはめようとする自分の頭に思わず笑ってしまった。

笑ったと言っても、口許が少し緩んだ程度だが。
だがそんな俺を見て店主は言う。

「本当に大好きなのね、彼女の事。」

「.........ったり前だろぉが。」

じゃなきゃ、片道12時間もかけてわざわざ来るわきゃねぇだろ。


◆◆


右手にフクシアの花束、そして右手に荷物が入った鞄と一本のひまわりを持った俺は徒歩であいつの家へと向かう。
途中下校中の沢田他クソガキ共と鉢合わせになったからついでにサクッと殺して行こうかと思ったが、あいつに会う前に血の臭いをつけるのは気が引けたから特別に見逃してやった。

嵐の守護者と刀小僧になぜか生暖かい目で見られた事に腹立が立ったが。(沢田は相変わらずビクビクと怯えていた)

そして何度も通い慣れた道を歩いて辿りついた先にあるのは、今時珍しい日本の昔ながらの門構え。
門は夜以外は施錠していないらしい。まったく、平和ボケした日本人らしいセキキュリティだ。

俺は重たい門を開けて敷地に入ると、玄関へと続く石のマットの上を歩いていく。

玄関へと向かう途中にある池には鯉が泳いでおり、水があるからだろうか。道路と比べるとこの場所は僅かに涼を感じた。


「だが暑い事に変わりねぇ・・・・・!」

滴る汗を顎から落としながら、俺は入り口にあるインターフォンを押そうと指を伸ばすが「故障中の為声をかけてください」という張り紙が貼られていた。
試しに戸に手をかけて横に引けば、どうやらかここにも施錠せずに開けっ放しのようだ。

「う゛ぉぉい・・・・いくら治安がいいと言っても不用心すぎるぞぉ・・・・・!!」

カラリと音を立てて開いた戸に、俺は思わずため息をついた。
これでは強盗に入られても文句は言えない。
まぁあの女が強盗ごときに何かされるような事はないだろうが。
むしろ飛んで火に入る夏の虫と言わんばかりにボコボコにして警察に突き出すに違いない。

俺は玄関に入ると戸を閉めて鍵をかけようか迷ったが、いかんせんこの引き戸の施錠の仕方がわからなかったのでやめておいた。
前にアイツが鍵穴からぶら下がっている棒をガチャガチャして施錠していたが、この古い戸は慣れない俺が無茶をすれば簡単に壊れてしまいそうだ。

広い玄関には大小の草履が二組置いてあるから在宅はしているはずだが、戸が開くカラカラという音がしても誰も出てこない。

「う゛おぉぉい!!客だぞぉ!!」

自慢じゃないがこの声は奥の部屋まで届くだろう。
すると奥の部屋からガタガタと物音が聞こえたと同時に「はいはい!」と男の声と足音がが近づいてきた。

「すみませんインターフォンが壊れてて気づかなくて!予定より早かったですね、スクアーロさん。」

紺色の着流しを着たこの屋敷の家主である水沢が慌てた様子で玄関まで走ってくると、相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべて俺を出迎える。
リング戦直後の頃は俺の顔を見るたびに沢田のような反応をしていたが、最近になってようやく普通に話すようになった。
まぁ事情が事情だから最初の俺の印象は最悪だっただろうが、今や普通に酒を飲み交わせる仲だ。こいつも元は剣を扱っていたというから話も合う。

「あ゛ぁ、今日は空港からの道があまり混んでなくてなぁ。つーか鍵ぐらい閉めておけと何度言えば、」

「ちゃんと夜には鍵閉めてますから大丈夫ですって。それより暑かったでしょう?どうぞ上がってください。」

ちょっとセキュリティについて物申した俺の小言をさらりと流して、水沢は家に上がれと促す。俺はいまいち腑に落ちないが促されるがままに靴を脱いで家に上がると、「あいつは?」と一番の目的の居場所を問うた。

すると水沢は申し訳なさそうな表情で声を落として答える。

「それが最近夏バテ気味でして。スクアーロさんが来るまでちょっと休むと横になってから、まだ起きていないんです。」

「花屋の店主も同じ事を言ってたが病院には行ったのかぁ?」

「病気とは違いますからねぇ・・・・まぁ元々体力はありますし、よく体を休めれば回復しますよ。だから、無茶はさせないでくださいね?」

「・・・・・善処する。」

人の良さそうな笑みだが言葉には色々と含みがある。
俺はギクリと内心冷や汗をかきながらも表情を変えずに頷いて見せたが、水沢からの視線がやけに痛い。

「坂田ちゃんは居間にいますよ。聞いてるとは思いますが、俺は今日からバイト先の道場の合宿で3日留守にしますので、その間よろしくお願いしますね。」

廊下を歩きながら水沢のその言葉に、つい先日あいつと電話で話した内容が脳裏に蘇る。水沢が道場の合宿で3日留守になるからその間家に一人になると。それを聞いた俺は無理やりスケジュールを調整し、予定では1週間かかるはずだった任務を完徹二日で終らせ、休日を前倒して日本へと来たのだ。
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