「よっ・・・・・ようっ・・・・・ようこひょお越しくださいました・・・・・・!!ご予約はっ・・・・、」

ちょっと軽く2〜3人殺してきました、と言わんばかりの明らかにカタギではない目つきの鋭い長身の男に見下ろされて、ボーイは膝が震えるのを感じながらもなんとか営業スマイルを浮かべて男を入り口へと迎え入れた。

(やべぇやべぇやべぇやべぇやべぇ!!!!!明らかにカタギじゃないの来ちゃった!なんかすげぇ怖い人来ちゃった!!)

その日、スナック吉原のとあるボーイは「やっぱり今日のシフトの交代を受けたりすんじゃなかった。」と心の底から後悔していた。
元はと言えば彼は本日は休みのはずだったのだ。
しかし同期のボーイからどうしても外せない急用が入ったからシフトを交代してくれ!!と頼み込まれ、特に用もなかったため快く交代したのだが。

やっぱり今日のお目覚めテレビの星座占いは正しかったのだ。
てんびん座の彼の今日の運勢は「家の鍵をかけて外に出ないようにしましょう。お勤めがある方はお休みした方がよさそうですね。そんなてんびん座のラッキーアイテムは学ランを着た男の子の腕章です。では今日も良い一日を〜。」なんて、明らかに彼個人にあてた占い結果だし、救いのラッキーアイテムだってどう考えてもラッキーどころか息の根を止められそうなバットアイテムだ。

しかし今となってはそのような占い結果など、もうどうでもいい。
彼にとっての今の最優先事項は、この明らかに2〜3人殺してきたばかりの目つきの悪い男をどうするか、なのだ。

噛み噛みながらも一応はいつも通りお客様をお出迎えする台詞を言えたボーイだったが、迎えられた男といえば相変わらずボーイを見下ろして、外見通りの地を這うような低い声で返事を返す。

「・・・・・予約が必要なのか。」

「いっ、いえ!!ご予約はなくともご来店可能ですが、ご希望の遊女をお座敷に上がらせる事が難しくなる場合もございますので、」

普通に会話できた!!!とボーイは少しだけ安堵した。
日本人離れしたどこかラテン系の男性故にもしかしたら日本語が通じないのではと思っていたボーイは、予想外に男の口から流暢な日本語が返ってきた事に少しだけ緊張を解く。
すると男はゴツゴツとした指を顎に当てて少しの間思案した後に、再びボーイに向かって口を開いた。

「夕霧、という女はいるか。」

「!」

男の口から紡がれたその名に、ボーイは心の中で「またか。」と小さく呟く。
「夕霧」という源氏名のキャストはスナック吉原の売り上げトップを誇る、店一番の稼ぎ頭である。
幼さと妖艶さを併せ持つ独特の容姿と雰囲気はオープン当初からお客達に人気があり指名が殺到していたが、それらを時に武器として上手に使いながら繰り出される話術と気の効く接待技術で途端に顧客を大量に掴み取り、あっという間にトップに躍り出た。

しかしそれを鼻にかける事なく同期や後輩の面倒をよく見る姉御肌の彼女は、キャストやスタッフからも慕われて可愛がられている。

「ゆ、夕霧でしたら現在接待中の為23時以降からご指名が可能でございますが・・・・・!お待ちになりますか?」

「・・・・・あぁ。」

そんな彼女目的に少し変った客が通うようになったのは、此処最近である。
最初は大柄で見た目に強いインパクトがある外人男性。そして次はその男性が長髪の目つき鋭いモデルのような同僚を連れて来て、それから二人は数ヶ月に一度来日した際には必ず店に訪れる常連となった。
その後、金糸が眩いこれまた整った顔立ちの異国の男が一度来店して夕霧を指名したが、以降一度も訪れては居ない。
まぁさすがの夕霧でも全ての男が顧客に落ちるわけではないのだから、別に不思議な事もない。

だが、今日の「少し変った客」のハードルは今までとは比にならない程だ。
なぜか顔には薄っすらと無数の傷が見受けられるし、肩からかけているジャケットは異様なほど様になっているし、なんか髪に羽のようなエクステをつけているし、その場に居る者全てを無条件で土下座させてしまうような何かがある。

ボーイは指名が取れるまで待つ、という男を店に上げると受付の番台で希望の座敷を伺う。すると男は迷う事なくVIPルームを顎で指して懐に手を突っ込むと、厚みのある札束を皿に投げ入れた。

「足りるか。」

「お、多いぐらいです。お勘定の際にこちらから差し引いてのお支払いで宜しいでしょうか?」

「好きにしろ。」

VIP用の離れは前金が必要で一応金額は定まってはいるのだが、男は金額は一切見ていないようで適当に札束を投げ入れたらしい。
ボーイは多すぎるその金額に、これから頼むであろう料理や酒代、そして指名料を差し引いて多い分を勘定の際に返金する約束をして部屋へと案内する。

部屋へと案内する際にすれ違うスタッフとの「夕霧さん?」「丸特の指名来た」「OK」という指と口で行う特殊な仕草は、夕霧目当ての特殊客の来店を知らせるためにここ最近スナック内で実装されたジェスチャーだ。
そして部屋に通して待ち時間の間に遊女を座敷に上がらせるかどうかの確認をすれば「いらん」の一言で終った。

「・・・・という事でとりあえず離れにお通ししたんですが、夕霧さんが空くまでご注文のブランデーと肉料理をお召し上がりになりながらお待ちになるそうで・・・。」

「おっと、そんな君に朗報です。夕霧さんが付いているお客様がなにやら急用が出来たとの事で予定より早いお帰りになりました。夕霧さんのお化粧直しが終ったらすぐにお座敷に上がらせて大丈夫ですよ!」

「マジですか店長!!!了解しました!!」

男をVIP専用の離れに通した後に店長に事の次第を報告に向かったボーイは、なんと夕霧の今のお客が急用により帰宅したとの連絡を受けて、早々に踵を返して今度はキャストのメイクルームへと向かう。

「夕霧姐さん!!丸特のお客様です!!」

『なんか姉さん事件です!みたいなノリっすね。今日はどちらのお客様ですか?ゴツイの?ロン毛の?』

「どちらとも違いますね。今日お越しのお客様は細マッチョで目つきの悪い黒髪で顔に傷のある男性です。めちゃくちゃ怖かったです。小説でよくある視線で殺されそうってやつを生まれて初めて体験しました。」

スパーンと襖を開けてメイクルームに転がり込んだボーイは、ライト付きの鏡の前で化粧を直している夕霧の袖に縋りついた。
どうやらここに来て緊張が解けたらしい彼は、今にも泣きだしそうな表情で紅を引いている夕霧に丸特のお客の特徴を話して聞かせる。
すると男の特徴を聞いた夕霧はキョトンと目を丸くした後、徐々に頬を紅く染めて嬉しそうに色めき立った。

『細マッチョで目つきが悪くて黒髪で顔に傷・・・・・うっそ、本当!?ね、ね、本当に!?』

「え、えぇ・・・・店に入った途端迷う素振りも見せずに夕霧さんを指名したんですが、もしかしてまたあのおっかないお客様達のお知り合いですか?」

きゃーっ!と己の周りにだけ薔薇を咲かせて興奮している彼女にボーイが知り合いかと尋ねると、夕霧は『多分!』と自信満々に曖昧な答えを返す。
そしていそいそと準備をすると、簪を挿し直して立ち上がった。

『お待たせしました。夕霧すぐにでもお座敷に上がれます!』

「なんか今までにないぐらい夕霧さんが興奮してる・・・・!と、とりあえずお部屋まで付き添いますね。離れの間に夕霧入りまーす!!!!」

メイクルームから出たボーイは夕霧の手を引いて離れの間へと誘導する。
そして長い廊下を渡って奥の離れの間に着くと夕霧は廊下に膝を付き、スッと背筋を伸ばして襖に手をかけた。

『お待たせいたしました。夕霧でございます。』

襖を開いた先の上座にドンッと腰を降ろしてブランデーを飲んでいた男は、ようやく現れた夕霧をチラリと一瞥すると「ふん」と鼻を鳴らす。
だが人差し指をちょいちょいと彼女を招くように動かすと、夕霧は途端に目をハートにしてスパーン!と襖を閉めて座敷に上がったのだった。


◆◆


『いやぁ、赤目の旦那が本当に店に来てくれるとは思わなかったよー。あ、お酒足りてる?新しいお酒出そうか。なんかごめんねー、せっかく来てくれたのに長々と待たせちゃって。今日はこの後は最後まで旦那と一緒にいられるからさ、ゆっくり料理とお酒を堪能して行ってよ。』

「あぁ。」

嬉しさの為か饒舌に話す夕霧に対して、ザンザスは相変わらず寡黙だ。
夕霧はすっかり空になっている酒の瓶を見るな否や、室内に備え付けえてある戸棚の鍵を開錠すると、中からブランデーの瓶を取り出して杉のテーブルへと置く。
そして新たなグラスに氷を入れるとて琥珀色のブランデーを注ぎ、そっとザンザスの手に握らせた。

「夜。」

『ん?えっ、』

そんな夕霧の仕草を鋭い目つきのまま眺めていたザンザスだったが、彼女が己の横に腰を降ろした途端に手を伸ばして細い顎を指で掴み上げる。
突然のその仕草に驚いた夕霧が間の抜けた声を漏らすが、彼の視線は夕霧の唇の端に注がれていた。

『旦那?どうしたの?』

「・・・・・消えたか。」

己とは色味の違う少しだけ暴力的な赤色の瞳にジッと見つめられて、夕霧の心臓がドクドクと大きく跳ねるが、彼の口から出た言葉に思わず目を瞬かせる。
彼が言いたい事が夕霧には検討もつかなかった。
だが、次に彼が呟いた一言でなるほどと合致がいくのである。

「派手にぶん殴られただろうが。こんな仕事をしている女に有るまじき、ひでぇ面になっていやがったが。」

『あらやだ、そんなに酷かった?でもまぁ仕事に復帰してしばらくは化粧で隠さないといけなかったけど、もう綺麗に残らず跡は消えたからね。』

彼の口から出た「派手にぶん殴られていた」という言葉に、夕霧はポンと手を叩く。
少し、いやだいぶ前になるがこうして知り合うきっかけとなったボンゴレリングの争奪戦で、対戦者相手に刀の鞘で強かに頬を殴られた跡の事を言っているのだろう。
痣と唇の端の裂傷が綺麗に消えるまでに一週間と少し時間を要したが、まさかこの男がその事を気に掛けていただなんて思ってもいなかった夕霧は、顎を掴まれたまま頬をほころばせる。

ボンゴレリングの争奪戦の勝者側と敗者側がこうして顔を合わせれば、ちょっと軽く殺し合いが始まってしまいそうな間柄ではあるが、夕霧もとい坂田名前とザンザス率いるヴァリアーの関係は少しだけ斜め上を行っていた。

色々様々あったのだ。そう、色々と。
その色々様々の最中、名前はザンザスに異様なほど懐き、ザンザスもザンザスで元敵勢力であった彼女の「喧嘩終ればもうどうでもいい。ていうかこの間の喧嘩自体別にどうでもいいからとりあえず飲みに来いよ」精神を好ましく思うようになり、こうして勤め先であるスナックにフラリと飲みに来るまでになったのである。1
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リゼ