子供扱い2
ふと見れば、自分の脚が異様に短いのに気付いた。着ている服だって子供用の礼服で、顔に触れてみれば仮面も付けていなかった。
(これはどういう……)
すると廊下の方から足音がして反射的に直ぐさま振り返った。その際、激しく頭を振ったため頭痛の波が大きくなって顔を歪めた。
重い頭痛の中、扉が開いて現れた人物の恰好を見てジズは釘付けになった。
(ちょっ、ロキ!!)
髪を下ろしたタオル一丁のロキが、湯上がりで仄かに頬を染めた姿で登場してジズは興奮した。艶っぽい表情に露出した脚。太股から上はタオルで隠されているが、大きな胸に布は悲鳴を上げている様に見えた。
(嗚呼、今にもズレそう…)
胸ばかりに見取れているとそれに気付いたのか、ムッとした顔でロキは近付いて来てジズの頭をガッと掴んだ。
「餓鬼の癖に何ジロジロ見てんだ。人様の家にいるんだから場を弁えろ」
(…え?人様って、ここ私の屋敷デスよロキ?)
然も恋人の自分を餓鬼などと呼ぶとは可笑しな話だ。声が出せない以上反論は出来ないが、侮辱に値するこの暴言は許す訳にはいかない。
(からかうのも大概にして下サイよ)
ロキの腕を掴んでゆっくりソファから立ち上がる。声が出ないなら行動で訴えてやれば良い。
だがいざ彼女と対峙してみると、ある筈の無い身長差に目を疑った。いくら背伸びをしてみてもロキの胸にすら手が届かない有様なのだ。
「おい、あんまり動くな…」
ロキがジズの手を振り払うと、その反動でジズの体が蹌踉ける。風邪を引いた所為で体を支える力は酷く落ちていたのだ。
床に向かって倒れるのを見てロキは慌てて手を伸ばした。ジズは咄嗟にその手を掴もうとしたが空振りし、代わりにロキが巻いているタオルをがっしり掴んで踏ん張った。
だが一枚の布切れが支えられる訳も無く、湯で火照ったロキの体から剥ぎ取れ、ジズはタオルを掴んだまま床に手を付いた。
(いけない、体が凄くフラつく…)
四つん這いになって起き上がろうと四肢に力を入れる。するとロキに背中を踏み付けられ、立ち上がる事が出来なくなった。
(ちょっと、ロキ…足退けて下サイよ…!)
抵抗すると余計踏む力が強まった。仕方なく頭だけ上を向かせ、こんな仕打ちをするロキを睨んでやった。…と。
(……おや、これまた随分眺めの良い)
唯一身に纏っていたバスタオルを取られたロキの姿は先程よりも断然色っぽく、生まれたままの大胆な姿にジズの胸は激しく高鳴った。撓わな、撓わな丸いものが。
(嗚呼もう食べちゃいた…)
「見るなエロ餓鬼ッ!」
睥睨する筈がただの「のぞき」になり案の定ロキの怒りに触れ、一度浮いた足が勢いをつけて再びジズの背中に落下した。
流石下僕を泣かすだけはあるキック。床に押し付けられた時には顔面を強打してジズは意識を失っていた。
本日3度目の目覚め、今度は客人用の寝室に寝かされていた。窓の外を見るともう夜中で雨も既に止み、虫の音が彼方此方から聞こえた。額には濡れタオルが置かれている。恐らく熱も出ていたのだろう。まだ頭がぼーっとする。
ふとベッドの横の机に置いてある手鏡が目に入り、のろのろと手に取って自分の姿を見てみた。
(そういう事デスか…)
緩やかに伸びた金髪に紅い瞳、その顔は正しく自分だが、細かく言えば生前の、然も幼い頃の自分だった。右目の傷跡は小さいが、己の過去を変える事無く確り残っているのに少々気分が悪かった。自分の顔をまじまじと見るなど何年振りになるだろう。
自分をこんな姿にした犯人は大方見当が付いていた。本日昼食を共にした、悪戯好きで魔法薬作りで有名なスマイルだ。あの時彼から弁当と飲み物を受け取ったから薬を混入された可能性は高い。逆に言えば彼以外にこんな事をする人物など皆無である。
然し今回は試作品を盛られたようだ。ただの風邪があそこまで酷い症状になったのは、きっと改良不足の薬の副作用によるものだ。全く迷惑窮まり無い話である。
ふう、と疲労感たっぷりの溜息を吐いてベッドに寄り掛かって寝ているロキを見た。
(一応…看病してくれたんデスよね?)
いつもの白い服を着ていたロキは解いた髪も束ねず、珍しく長い袖を腕まくりしていた。それを認めたジズは小さな手でまだ少し湿っているロキの髪を優しく撫でた。
(ありがとう、ロキ)
普段乱暴な彼女がこうして自分を気遣ってくれた事が微笑ましく、純粋に嬉しかった。(―ッ!?)
ロキの癒しを少しだけ貰って心地良い気分になっていると、急に体に異変を感じ自分の肩を抱いて縮こまった。全身の脈が激しく打ち、息が上がる。
それから着ている服が窮屈になり、生地からは縫い目の糸がほつれる痛々しい音がした。どうやら薬の効果が切れたようだ。
襯衣の釦は外れ、穿いているズボンも生地が限界になるのを見てジズは重い体を無理矢理動かしてそれらを脱いだ。
(この薬はかなりしんどいデスね…)
倦怠感を残して消えた魔法薬と自分を実験台にしたスマイルを少し恨んだ。今日は全く以て良い事が無い散々な日だ。
「……ん」
人の不幸も知らないで寝ているロキは遂に床に倒れた。このまま放っておけば彼女まで風邪を引きかねない。一度ベッドから降り、一緒に寝ようとゆっくりロキを抱き上げた。
然し病み上がりとも言えないジズの体はロキを支えるどころか、自分自身の重みにすら堪えられず、ロキを下敷きにして倒れてしまった。
「むぎゅッ…!」
「あぁ、ずみませんロキ…」
自分の嗄れた声に顔を蹙めるが、今はそんな事よりロキの体を労る方が先だ。だが怠い体は四つん這いにするのが精一杯だった。
「何すんだ重いな!」
「だからずみませんって言っでるデショウ…。それより、ちょっと何どかしてくれまセン…?」
起こしておいて何だが、出来ればロキにこの状態をどうにかしてもらおうと、ジズは咳を出さないよう気を付けながら助けを求めた。
然し救助を求められたロキの顔は朱に染まり、目には怒気の色が浮かび上がってジズを睨んでいた。
「お、お前…なんて格好してんだッ!!」
―バキィ!
固く握られたロキの拳は、素っ裸のジズの顔面に放たれた。いつも仮面で隠れている右側を。
―ホント、ついてないデスね…。
真夜中の月が美しく見える古城で、三日月型の笑みを漏らす透明人間がいた。
「スマイル、何ひとりで笑ってんスか」
それを赤髪のアッシュに見られると、より深い笑みと言葉を漏らす。
「僕からの誕生日プレゼント喜んでくれたかなーってね。…子供は何時だって子供だし、十分甘えられんじゃないかな、ヒヒ…」
アッシュは誰の事なのか分から無くて、適当に知り合いの子供の誕生日の事だと解釈し、ドラムの練習をしようと地下室に下りて行った。
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