お願いクリスマス!
「クリスマスパーティー楽しかったね、タロー君」

「サユリのプレゼントの中味には吃驚したなぁ…。それにしても、ナカジも来れば良かったのに」

 通り過ぎる学生達の話を聞いてヴェレーノは首を傾げた。

「クリスマスってそんなに楽しいのか?」

 自分を肩車して―実際はさせて―いるネーヴェに何気なく答えを求めた。耳元で聞かれる彼は不快そうに眉を寄せ、止めた足を再び動かし雪の積もる道に足跡をつける。

「人間には一種のイベントとして楽しまれるものデスからね。お祭と同じデスよ。…それよりちゃんと傘を持ちなサイ、私に雪が掛かる!」

 散歩の途中で降られた雪に拾ってきた傘は一本。冬だと言うのに跣で出歩くヴェレーノは霜焼けになるのを防ぐ為にネーヴェに肩車をさせ、手の塞がった彼と自分を雪から凌ぐのに傘を差している。

「何か貰えるのなら我も行きたかったな」

 バランスを崩さず3糎程積もった雪道を歩くネーヴェは頭に載る雪と魔女に内心苛々し乍ら息を吐いた。

―矢張り靴を履かせる可きだった。

 ネーヴェが肩車をしなくても元々空を飛べるヴェレーノなのだが、敢えて自らの労力を使わず他人に働かせるのが彼女の我儘な性格なのだ。
 その性格を知ってバカ正直に従っている、と言うのも過言ではないネーヴェは、自分の屋敷に着いたらヴェレーノにどんなお仕置をしようかと企んでいる。その作戦を練る内に段々興奮して白い息の量が増えた。

―嗚呼、どう辱めてやろうか楽しみだ。



 留守番をさせていた人形達が積雪を掻き、敷地内には雪の山が幾つか出来て中には鎌倉を作っている。屋敷に似合わぬ雪達磨が玄関の両脇に置かれているのには些か不愉快に至り、ヴェレーノを担いだままネーヴェは蹴り倒し散らかった雪を近くで遊んでいた少女の人形に片付けさせた。

―私の趣味に合わないモノは全て埖に過ぎない。

 すっかり体の冷えた魔女をお姫様抱っこで中に入り、明かりを点けようと手探りでスイッチを押した。

「おや、遅かったな」

 煌々と照らされる大広間の中央に金髪碧眼の男が―人様の家のソファであるにも関わらず―平然と腰を掛けてネーヴェを見ていた。

「貴様が居ない間に色々と装飾をさせ」

―ゴスッ!

「貴方一体どっから入り込んだんデス?然も堂々と寛いでんじゃない!」

「ッ!き、貴様何をするぐあッ」

 顔を、そして足を蹴る度ルシフェルは下品な声を上げた。

「久しいのうルシフェル。何用か?」

 体を撫で回す嫌らしい手から逃れる為ネーヴェの顔を殴ったヴェレーノは蹲るルシフェルの肩に同情する様に手を置いた。

「フフ…ヴェレーノは優しいな。どっかの誰かさんとは大違いだ」

「小娘に同情されてるなんて、情け無いデスね」

「誰が小娘じゃハゲ」

「誰がハゲか!」

 霊体の姿のネーヴェは、実体の時の銀色の髪や人間らしい瞳を持っていない。
 取っ組み合い寸前の2人を前に軽く吹いたルシフェルの所へ、キッチンで料理をしていたMZDが出て来た。

「家主と飼い猫が帰って来たぞ」

「おう、こっちはもう直ぐ終わるぜ…って、お前何鼻血出してんだよ」

「ほっとけ」

 ネーヴェに蹴られた鼻を押さえて小莫迦に指摘するMZDを睨みつけた。相変わらずルシフェルはこのへらへらする神が嫌いで仕方が無かった。
 その隣でワインボトルを嬉しそうに持っている女神―シグマを見て咄嗟に赤面する。

「何だ、早速ちょっかいでも出したのか?シフェル」

「別に大した事ねーから気にすんなって」

「誰の所為だと…!」

 最初に不法侵入したのはMZDだったのに、何故自分が迸りを喰らわねばならないのか。
 と言うのも、態々ネーヴェの屋敷に入り込んだのはMZDの下らない思い付きを実行するに当たってやむなくした事だったのだ。その名も『人付き合いをしないネーヴェとクリスマスパーティーをしよう』の会。
 参加人数は残念なことにMZD、シグマ、ルシフェル、そしてこの家に棲む2人を入れた少人数で、実に珍妙な面子で行われる。その提案者のMZDは家宅侵入した早々台所を借りてクリスマスケーキを作り、彼の誘いに渋々付き合うルシフェルは簡素に飾り付け。遅れて天界の職務を終えたシグマはお気に入りのネクタルを持ってネーヴェ達と略同じ時間に到着した。

「まあまあ、取り敢えず揃ったんだし一杯やろーぜ」

「よくまぁ勝手にそんな計画立てたもんデスね。然も不法侵入とは…神がやる事デスか?」 事情を話すとネーヴェは呆れ果ててソファにどかっと座る。

「任せろ、ピッキングぐらい出来る」

「すなッ!!」

―バシッ!

 親指を立てて自慢気に言うMZDに鉄拳制裁を送ったのはシグマだった。神が外道の真似事をするなど聞いたことが無い。
 殴られたMZDを、良い気味だと言わんばかりにルシフェルは鼻で笑った。

「さぁ、莫迦は放っておいて頂こう。お前もこういうのは悪く無いだろう?」

「…まぁ、偶にやるくらいなら許しマス。そんな頻繁に他人にこの屋敷を解放させたくは無いので」

 騒がしい連中にうんざりしつつ、台所からMZDが作ったであろうケーキと、シグマが持って来た霊酒を注ぐ為のグラスを取りに行くネーヴェ。その後ろ姿を尻目に、無駄な攻防を繰り返す神2人の声にルシフェルは耳を傾ける。若しかしたら自分より仲が悪いのではないだろうか。

「ヴェレーノも座りなさ…い?」

 テーブルに置いてあった霊酒を掲げて一気飲みするヴェレーノが見えて目を丸くした。

「ヴ、ヴェレーノ…其方酒は平気なのか?」

 彼女はこれでも200年以上生きる魔女なのだが、見た目が未成年なのでどうしても心配してしまう。

「我はウォッカでも酔わぬ酒豪じゃ」

「おや、なら私のお気に入りのお酒飲みマスか?」

 綺麗にデコレーションされたワンホールケーキと人数分のグラスを持って来たネーヴェがヴェレーノの余裕の言葉を聞いて口を挟んだ。お菓子と食器を丁寧にテーブルに置くと指を鳴らし、瑠璃色の瓶を出すと1つのグラスに注ぎ込んだ。

「アルコール度数は高いデス…さあどうぞ。酔い狂うまで飲んでみなサイ」

 何の変哲も無い透明の酒を暫く観察すると、先程と同じ様に一気飲みした。飲み終わる直前になると突然グラスから口を離し顔を歪める。見る見る内に泪を溢れさせるヴェレーノを見てルシフェルはネーヴェを振り返った。

「…様子がおかしいぞ」

「そりゃそうデショウ。世界最強の酒と言われる『スピリタス』なんデスから」

 スピリタスとは波蘭を原産地とするウォッカで、本来はスピリトゥス、又はスピリトゥス・レクティフィコヴァニという。ネーヴェが言う通り96度という高アルコール度数に仕上げられた世界最高純度のスピリッツである。味は刺す様な痛みと強烈な焦燥感があり、今のヴェレーノの状態を言うが後に甘みを感じる。

―因みに、そのまま飲む習慣は殆ど無い。

 絶えず泪を流して口を押さえ苦しむヴェレーノを見て、何故か勝ち誇った様に高笑いをするネーヴェ。

「オホホホホ、良い様デスね!嗚呼愉快愉快」

 相手の苦しみは最高の娯楽らしい。顔を真っ赤にじたばた暴れる魔女を助ける気も無く、非道にも更に酒を飲まそうと床に押さえ込んだ。

「おい、そっちは何をやっているか!」

 そこでMZDとの戦いを漸く止めたシグマが、雷を帯びる槍を振り上げて救いの手を差し出した―のだが。
 太陽よりも強い光を放ち高速で降り注ぐ雷が屋敷の屋根をぶち抜き、其所に居る4人に直撃した。折角用意した品々は黒焦げ、勿論部屋に居た人間(非人間)達も煙を上げてピクリとも動かなかった。

―屋敷の修理代は全額MZD宛てにやってきた。

戻る
リゼ