Halloween Party
「菓子を寄越さないと呪い殺すぞ」

 紺色のマントに尖んがり帽子を被って篭を突き出す魔女は言う。

「美味しいお菓子くれないなら踏み潰しちゃうわよぉ?」

 同じく紺色のマントに尖んがり帽子、そして歪なジャックオーランタンを掲げる少女が彼女に続いて要求する。

「ヒッヒッヒ、何か言ってる事が凄くオッカナイんだけど」

「ってか、悪戯がそれって過激ッスよロキさんっ!」

 満月の夜に行われているのは年間行事で有名なハロウィン。玄関の明かりと空の僅かな月明かりで照らされる訪問者はお決まりの装束に、頬や額に紅い液体を塗って、元々持ち合わせている毒々しさを強調させていた。

「影でキッスだってぇロキ。キャハハハ!」

「アホな事を言うなアホめ」

 洒落を噛ますオディールに呆れたと言わんばかりにロキは鼻で笑った。

「それより早く寄越せよー」

 彼女らの足元で突然聞こえた声に反応してアッシュとスマイルは同時に下を向き、何時もと変わらぬ恰好の小人を確認する。いきなり3人で押しかけて来るとは―然も何かと油断出来ない相手とは―中々に忙しい。

「大丈夫、ちゃ〜んとアッ君が沢山作ってくれたから」

 今夜がハロウィンパーティーだと町中に呼び掛けたのはMZDである。勿論、この都会から切り離されたユーリ城にも知らせは届いていた。
 ポン、と肩を叩かれたアッシュは苦笑いで肯定し、部屋に一度戻って帰って来ると綺麗に包装された袋を3人に渡した。

「はいどうぞ。出来立てに近いんでまだ温かいッスよ」

 受け取ったオディールは嬉しそうに口の両端をキュッと上げて笑みを作ると片足でクルクル回り、バウムは持っていた鎌で袋を破き早速中味を食していた。
 一方、正真正銘の魔女は表情を変えず、お粗末にもお菓子を篭に投げ入れ直ぐに歩き出した。

「ちょと待ってよロキぃ」

 爪先でクルクル回り乍ら跡を追うオディール。その姿を見送るアッシュは首を傾げた。

「何か、不機嫌そうだったッスね」

「きっとアッ君がクッキーしかくれなかったのに不満だったんじゃな〜い?」

「贅沢は敵ッス」

「時代錯誤し過ぎだよ」

 城に遊びに来ているポエットとかごめ―付き添いである―の相手をしているユーリが時折見せるボケの様な発言をするアッシュにスマイルは思わず吹いた。

「おい」

 再びバウムの声がすると思いきや、アッシュの首元にギラリと光る鎌が突然やってきた。その距離、僅か1糎。

「次、くれよ」





「ねぇねぇ次は何処に行く?」

「別に何処でも良いぞ」

 袋を天に上げて眺めるオディールにロキはぶっきらぼうに答えた。
 最近知り合ってからというもの、オディールは一方的にロキを好きになり街で偶然会えば帰れと言われるまで決して側を離れない。魔女特有の何かが邪な彼女を強く引き寄せたのかも知れない。
 因みにオディールの“好き”とは良き友としての意味である。

「ロキぃ、若しかして怒ってるの?」

 先を歩くロキに歩調を合わせて顔を覗き込む。ロキの返答は至って冷静だった。

「別に。誰に怒らなきゃいけないんだ」

「んーっとねぇ、幽霊さん」

 そう言うとロキの無表情だった顔に朱が薄く加えられ、長い眉毛がピクリと動いた。

「な、何でだよ!」

 その慌てっぷりを見て、小さな瞳を紅く変色させ笑みを浮かべるオディール。「キャハハ!やっぱそうなんだ。―だってぇ、何時も一緒に居るのに今日は何処にも居ないじゃない?」

―当たっている。

 ポエットの様な無邪気さを持つ彼女は意外にも鋭かった。
 昼間までは屋敷に居たジズは夕方になって忽然と姿を消し、彼の部屋には置き手紙とハロウィンの衣装だけがあったのだ。彼の好意に少なからず応えてやろうと莫迦正直に着たのに。

『今夜は楽しみまショウね』

 などと言ったのに当の本人が居なければ腹が立つのは当たり前だ。

「ホントはあたしより幽霊さんと一緒に居る方が良いんでしょ?」

 丸でジズを恋敵と言う様な感じだった。彼女に強い嫉妬感は無いものの、小さな子が自分を構って欲しい様な言い草に聞こえるのは気の所為だろうか…。
 立ち止まるロキにオディールは抱き着いて慰めと甘えを込めて頬を擦り寄せた。目の開き方といい、やることといい、丸で猫そのものだ。
 一方的に戯れている少女に1人の男が華麗なムーンウォークで近付いて来た。

「やあオディール嬢、今夜という素晴らしいライフを楽しんでいるかい?」

 橙色の頭に目許を隠すまですっぽり被った黒い帽子の彼―ペロは綺麗にお辞儀をして挨拶をする。限定的に声を掛けられたオディールは興味の対象をロキのまま留めて軽い返事をした。

「今晩はペロ、何か様かしらぁ?」

「実は―」

 彼は照れ臭そうに頬を掻いて口を開こうとすると、その背後に黒い物体が吹っ飛んで来た。

「ヴォナセーラですよロキ〜」

―ゴッ

 黒いマントに白い仮面、そして何時も帽子で隠している金の髪を晒す男がペロを突き飛ばして退屈そうにしているロキの前に降り立った。「お前どっから…」

 倒れたペロを起こしに行くオディールから解放されたロキは無茶苦茶な彼の登場に溜め息をついた。

「そんな事より、ハロウィンを楽しんでいマスか?」

 実体化したジズの表情は穏やかで且つ熱情的な瞳をして、温かな手がロキの頬にそっと触れる。

「出遅れた貴様に言われとうないわ」

「おや冷たい。折角取って置きの物を用意したのに…」

 撫でる手を払いのけ乍ら問うと、ジズはマントの中から手品の様に1つの箱を取り出してフフッと笑った。黒い箱に紅いリボンなのがまた面白い。

「さあ、お決まりの言葉をドウゾ」

―受け取れということか。

 まどろっこしい事を…そう内心呆れるものの、何処か喜ぶ自分がいるのを感じるロキは無意識に手を伸ばした。

「直ぐに寄越さねば食い殺すぞ」

「何とも魅力的な言葉。どうぞ、お食べになって下サイ」

 開けてみると製作者の姿にそっくりの形をしたチョコと、同じく自分に似せて作られたそれが寄り添うように納まっていた。

「不気味なほど似てるのは流石と言うべきか」

「それは褒め言葉としてとって良いデスね?」

 皮肉を皮肉で返されるとイラっとくる。

―ガサ

「…おい、此奴動いてるぞ。貴様は私に生物を喰えと言うのか?」

 睨むように見ていたジズ形チョコがロキを見上げて手を振っている。

「いえいえ。ちょっと魔法をかけて動いてるだけなので生きてる訳ではありマセン」

 人間らしい微笑みを口許に緩やかに浮かべるジズは再び食す事を促した。
 円らな瞳と可愛い仕種で幾分躊躇ったが、元が只のチョコと思い出せばどうってこと無く、紅い唇を開けて中に放り込み唇を開けて中に放り込み舌で弄び乍ら味わえばほろ苦い味が広がった。

「如何デス?甘い私の愛のお味…って、ちょっとロキ!それは…!」

「何だ?」

 好みの苦さ故に自分の形をしたチョコにも休まず手が伸びて、ジズが声を上げた時には既に口の中で溶け始めていた。

「そ…それは私の分…」

「お前がくれた物を何故また返すような真似をしなければならない?」

 あっという間に消えてしまったチョコを惜しむジズは残念な顔をした。

「貴女が私を食べたように、私も貴女を食べれば一石二鳥。こうなると私は誰からお菓子を貰えば良いのデス?」

―また下らんロマンチックな事を考えていたな?

 自分の物を他人に安々渡すとでも思ったか。
 何処までも夢見勝ちな彼の性格が実に莫迦莫迦しかった。

「仕方有りマセンねぇ、最後の手段と行きマスか」

 それは、心の底から悲しんでいる様には見えなかった真相が明らかになる瞬間だった。ジズが態とらしく溜め息をついて指をパチンと鳴らすと、ロキの服が一瞬にして消えしまったのだ。

「お菓子をくれなかった貴女に悪戯しちゃいマス♪」

 ロキの顔は見る見る内に赤くなり、結い上げた髪が角の様に鋭く立って悲鳴を上げた。

「いいい悪戯にも程があるだろ貴様ッ!!!!」

 隠そうとしても隠しきれない露な体をジズは隅から隅まで眺め、勝ち誇った様にクスリと笑った。

「どうぞ、お困りデシたら私のマントの中へ」

 バサァ、とマントを広げて手招きをする。―端からこれが目的だったのかも知れない…。
 他に手が見付からないロキは胸元を隠しながら渋々マントの中に入り、それから仕返しを込めて実体化したジズの腹を渾身の力で殴り付けた。

「…!!ロキそれは反則デスっ」

「何を言うこの変態め!」

 続け様殴られるのに耐え兼ねたジズは霊体に戻って痛覚を免れた。
 卑怯者と罵り顔を抓っても、相手が痛がらなければ憂さ晴らしにもならない。結局抵抗するのをやめたロキは、憎たらしい黒い目をギロリと睨む事しか出来なかった。その行為さえ軽く受け流す彼が更に気に喰わない。 すっかり機嫌を損ねた魔女が頬を膨らませて静かになると、幽霊は嬉々たる笑みを浮かべて間近にある小さな額に口付けた。

『今夜は楽しいパーティーデスよ』

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リゼ