本当の姿
「どうかね、そろそろあの本を使う頃合いではないか?」

 村長のこの要求を断った彼女はある事がしたかった。渋い老人の顔から魔物の棲む森の方に視線を変えた彼女は一人頷き、家に戻って支度を済ませると村を出た。
 計画を実行して一ヶ月を過ぎた今、ある事が気掛かりだった。
 彼は魔物と恐れられているが、それに至る悪行をこれまでにしてきたのだろうか、と。噂とは時として事実を置き去りに誇張され嘘へ発展する。
 彼自身を知りたくなった彼女は、魔物が未だ読み終えてない本の上にメモを置いた。

『この本を読んだ貴方の感想を是非教えて下さい。』

 人間的な感情を持っているならば、彼を封印する必要なんて無いのではないか。普通の生き物と変わりないと証明出来れば…。


 更に時は経ち、大地が白銀の雪に覆われる季節に到達し、外套に身を包んだ彼女は凍り付く空気に苛まれ乍ら歩いていた。
 粉雪のお陰で雪を踏み締める音が目だ立たず、降り続けば足跡も消えて都合が良い。誰も居ない部屋の窓際の机を覗いてみた。

『この本の持ち主である方へ』

 本の上に手紙がポツンと置いてあるのを目にして思わず歓喜の声を上げそうになった。

―嗚呼、これは早く読んであげないと!



 降り積もる雪を二階のバルコニーから眺めていると、一面雪に覆われた大地に人が居るのを発見した。彼は思わず手摺りから身を乗り出してその人物を紅玉の瞳に収めた。



 彼女は家に着くなり手紙を読み、その圧倒される内容に強い喜びを感じた。だが、嘗ての人間の趣深い文化に感嘆したと告げる彼の手紙には続きに『私にこれまで素晴らしい本を読ませてくれた貴女に是非お会いしたい』という予想外の要求が書かれていて正直焦った。
 封印が目的で本を読ませていたのに、少々自分の行動が軽率だったと反省した。
 だがこの手紙は大きな収穫…彼が本当は悪い魔物ではない証左となる筈だ。
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リゼ