前半
予定の時間まであと5分。手持ちの懐中時計は正確な筈なのに誰も来る気配が無い。
「遅い…」
態々早くに足を運んだというのに、ライバルのジズすら未だ姿を見せないとは何事か。
ネーヴェは苛々を募らせて無意識に靴を鳴らし始める。
―全ての発端は昨日、ジズの屋敷での事だ。
ネーヴェとヴェレーノはジズからお茶に呼ばれ、温かな午後の散歩がてら、外見の古い屋敷へ赴いた。
お茶となれば菓子が出る、そう期待するヴェレーノに対しネーヴェは嫌な予感がして正直行きたくなかった。
ジズは何かとヴェレーノに手を出し弄ぼうとする。目の前で大胆にも頬にキスをしたり、許可無く抱き上げて然りげ無く体の至る所を触ったり、挙げ句の果てには着せ替えまでした事がある。
本来なら自分だけが赦される遊びを丸っきり横取りされて腹が立った。ジズにもロキとか言う魔女がいるというのに、善くもあんな堂々と憎たらしい行動が出来るものだ。そんなものだから終始、彼を冷たい目で見ていた。
散々ヴェレーノで遊んだ後はその白い魔女とイチャつき始める。だがロキもジズの異常なまでの歓迎に顔を顰め、仕舞には彼の頭を屋敷の外に吹っ飛ばす強烈な蹴りを噛ました。そして窓硝子を破ったジズの頭をヴェレーノが楽しそうに蹴り乍ら戻しに来たのは笑いが止まらなかった。
―構やしない、罰が当たったのだから。
然し頭を戻して再びロキにくっつくと、こんな皮肉を言ってきた。
「貴方は黒ロキさんとイチャイチャしないんデスね、お可愛そうに」
誰の所為で出来ないと思っているのだ、あの似非紳士。
我慢ならなくなったネーヴェはカップが置かれたテーブルをブッ叩いてジズに怒鳴った。そこで今回の『デート』が始まる。
「何方がイチャついてるか、ダブルデートで勝負デスッ!!」
今思っても後悔はしてないが、独りポツンと待たされるのは実に不愉快だった。あとの3人は一体何をしていると言うのだろう。
広大な野原でゴロゴロと寛いでいた。草花の芳香で胸を一杯に膨らませ、のんびりとした雲の流れを速める様に息を吐く。周りを囲む緑樹はその息吹に反応したのか、葉はさらさらと風に靡き身を泳がせる。
俯せになって顔を上げると派手な色をした蜘蛛を見付けた。カサコソと黒い6本の脚を不気味に動かすのを見て思わず笑みが零れる。
―イイ獲物を見付けたぞ。
遊び相手が欲しかったヴェレーノにとってこれは好機。直ぐ様立ち上がると其奴に飛び付いた。紫と橙の縞模様の蜘蛛は短い悲鳴を上げて慌てて走り出した。
「逃がさぬぞ!」
暴れ馬に乗った気分で、蜘蛛の慌て様に笑いが止まらなかった。
草を撒き散らし彼方此方を走り回って数十秒。蜘蛛が石に蹴躓き、急ブレーキを掛けられたヴェレーノは前へ放り出された。
「ウワァッ!?」
宙を飛ぶのは何時ものことだが、スピードの違いに驚き対処に遅れた。回転する風景に目もくれず、地面擦れ擦れの所で反射的に体を丸めた。
衝撃を覚悟したが落ちた所は柔らかく、瞑った目を開けると真っ暗だった。
「大丈夫デスか?小さな魔女さん」
穏やかな声と柔らかな笑み、自分を受け止めたのはネーヴェそっくりのジズだった。「…お主」
キョトンとしているヴェレーノの頭を撫でると、ジズはそのまま軽々と持ち上げお決まりの口付けを頬に施す。
「今日はネーヴェとデート対決の日なのに、こんな所でのんびりしてて良いんデスか?」
勝者は自分であると決定付けているかの様に余裕の笑みを浮かべていた。だがそれがネーヴェを馬鹿にする意味でも特に意に介しないのがヴェレーノだ。
「我は興味無い」
啀み合う2人の対決に関心の無い彼女にとっては退屈そのもので、ネーヴェを先に行かせて自分はさぼろうとしていたのだ。
更に此所で思わぬ者に遭遇したのならそう易々と手放す訳にはいかない。蜘蛛の次のターゲットを掴んで誘い込む。
「下らぬ勝負より此所らで遊戯する方が面白い。そう思わぬか?」
「そうデスねぇ、その勝負する場所がとても楽しい所なんデスが」
思わぬ返答に目を丸くした。この溢れんばかりの大自然よりももっと趣のある素晴らしい所があると言うのだろうか。
ジズはヴェレーノを見下ろし目を緩やかな山形にして微笑んだ。「ポップンランドです」
集合場所で予定の時間が過ぎ、例の3人を益々疑い始めた。入場口に次々と流れ込む人々を見ると、胸の中で怒りの武火が勢いを増した。
不快感が絶頂に達しようとする時、見慣れた髪型の女が視界に入って慌てて立ち上がった。
「ヴェレーノ!?」
今まで何処をほっつき歩いていたのだ。白いドレスを揺らし幽玄な表情で歩く魔女…。
(いや、アレはロキ?)
何時も以上に美妙かと思いきや、現れたのはジズのお相手であるロキだった。
「あ?何だ、お前しか来てないのか」
美麗なくせに言葉遣いに品が無い。
「先に行けと言われたので私1人デス。…それにしても意外デスね。貴女が素直に此処へ来るなんて」
「煩いほっとけ」
そう言うとウンザリという風に重い溜め息を洩らした。
「何か不満でも?」
屋敷を出る前にジズと何かあったのだろうか。諍いなら存分に冷やかしてやる。
「彼奴が作った服に、な…」
―あぁ、そういう事か。
ジズの作る衣服はジャンルを問わず、異国の民族衣装のアレンジやゴスロリなど様々で、中でも奇抜なのは胸元が大胆に開いた露出狂のものだ。
どうせこの日の為に選ばれた服がお気に召さなかったのだろう。何時ものスタイルの理由もそれか。
ネーヴェに笑われていると気付いたロキはフイッと顔を背けた。
「そんな事はどうでもいい。お前の連れは未だか?」
「だから来てないと言って…」
直後、ヴェレーノの粗雑な性格を思い出してまさかと呟いた。
他人にとっての一大事は自分にとって無関係だと適当に流してしまうに違いない。薄情者は今頃逃亡して遊んでいる、そう推測すると居た堪らなかった。
かと言って痛め付けるにも本人が居なけりゃ出来る筈も無い。
そこで思い付いた。
「ロキ、私とデートをしナサイ」
「はぁ!?」
信じられない事を耳にしたと、ロキは盛大に驚いた。
「ちょ、ちょっと待て。徒でさえウンザリしてるのにッ」
混乱気味のロキを力尽くで引き寄せ、逃げられないよう腰に手を回し固定させた。
ネーヴェの魂胆は、ジズがヴェレーノにイチャつく様に、特別な愛念を別として自分もロキを愛楽してジズに仕返しをしてやり、更にヴェレーノがどれ程の嫉妬感を抱くか試すのだ。正に一石二鳥の作戦、一層気合いが入る。
久々に沸く闘争心が感情を高ぶらせ、魔女の膨よかな胸を弄り乍ら中へ入って行った。
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