前編
「ロキ、この服はー?」
「ピンクはヤメロ、死にたいのか?」
「お前らさっきっからそればっかじゃん」

 桃色のワンピースを押し付けるニャミと、明らかに拒絶を示すロキを見てMZDは呆れ果てた。

「もー、だったらどんな服が良いの?」
「別に何も要らん」
「それじゃ買い物来た意味が無ーい!!」

 飾り気の無さは資禀。休日のショッピングを楽しむミミやニャミと違い、取り分け最新のファッションに興味を持たないロキにとってこの状況は退屈だった。

「お前達の服を探せば良いだろ。私は帰る」

 踵を返すロキに、ニャミは透かさず通せん坊をして首を横に振った。

「ダ〜メ!少しはロキもお洒落しなきゃつまんないよ」

 面倒臭いと言いたげに溜息を吐くロキの腕を掴んで無理矢理連れ戻すニャミは、意地でも買い物をさせようと必死だった。強引な相方に苦笑しながらも、同じく留まることを勧めるミミは「それにさあ」口を開く。

「一緒に来たジズが知らない内に行方不明になってるんだし、置いてけ堀は可哀相だよ」

 偶には友人とショッピングを楽しまないか、というMZDの誘いに乗って一番買い物を楽しみにしていたジズがビルに入って早々姿を消した。洋服店に限らず多くの店を構えるこのビルは広く、例え捜すとしても擦れ違う可能性が大きい。

「いっそ嫌がらせで迷子センターにでも行ってアナウンスしたらどうよ?」

 暇そうなMZDが笑いながら提案をする。

「あぁ、それなら直ぐ来るかも」

 ミミがポンと手を叩いて賛同するとMZDは早速近くの迷子センターに向かって行った。
 残った3人は揃って小さく吹き出した。あのMZDのことだから、呼び出し方はきっと巫山戯ているに違いないと誰もが思ったからだ。
 特に、ジズに恥をかかせると分かったロキは3人の中でも1番楽しそうに笑っていた。日頃から嬲られる身として、これは見物だと期待した。
 暫くして音楽が流れてアナウンスが始まった。

『えー真っ黒幽霊のジズさん、2階の洋服店にて愛しのロキさんが恋しく貴方の名前を呼んでいます。早く戻って慰めてあげましょう』

 何故かスピーカーから聞こえて来たのは係り員ではなく、台詞を棒読みしたMZDの声だった。

「これは…普通に恥ずかしい、よね…」

 ミミとニャミはぎこちなく笑い乍らゆっくり視線をロキに向ける。

「…………」

 刹那、ロキの顔から笑みが消えた。
 瞳から、口許から、身体全体から負のオーラをじわじわと放出させるロキにビクりと肩を震わせるミミとニャミ。魔女は沈黙を保つも、不動の表情は逆に怒りの度合いを上げた。
 そこへ何も知らないMZDが呑気に帰って来た。

「どーよ、これなら直ぐ飛んでく…」

 ヒュ、と風を斬る拳が一直線にMZDに向かい、衝撃の重みを示す鋭い音が瞬時に響いた。回避する術も無く腹に喰らったMZDは体を「く」の字にして天井に吹っ飛んだ。

「私に恥をかかせてどうするッ!」

 声を発すると同時に怒りを爆発させ、わなわなと動く手は落ちて来る少年にもう一度狙いを定めた。さすがにこれ以上はマズイと思ったミミとニャミは止めに入ろうと慌てて走り出した。
 重力に従って落下するMZDに構え直したロキが鉄拳を打ち込もうとした、正にその時。

「だ〜れだ?」

―もにゅ。

 背後から服越しに、優しく胸を掴まれた。白いドレスは生地が薄いので、直に触っているのと略同じである。
 弾力に富み、丸い線を描くそれに添えられた細い指は嫌らしく撫で回し、時には指先でツン、と突く。こんな堂々とセクハラ行為をする者など顔を見なくても百も承知だ。

「貴様はこんな事しか出来んのかッ!!」

 片足で相手の脛を蹴り、闇雲に腕を振り回して変態の手から逃れようとするも、一枚上手の幽霊は彼女の抵抗を涼しげな顔で簡単に避け―抑々、霊体のため効かない―、右手を胸から背中、背中から下半身へと這わせ勢いを付けるとお姫様抱っこをした。

「ウフフ、そういう貴女は相変わらず甘過ぎデスよ。簡単に私に襲われてしま…」
「黙れ!」
「おぅふッ!!」

 抱き上げたことによって至近距離となり、二度も恥をかかされたロキは迷わず張り手を喰らわした。霊体の彼の頭はポロっと外れ、然う斯うしてる内に落ちたMZDに運悪く当たった。

 顔面強打したMZDの為に薬局へ寄り、大雑把なニャミの手当を受けた彼は腹が減ったと訴え、事の発端となったジズに奢らせるつもりでファミレスに直行した。勝手極まり無い提案に笑顔で「嫌デス」と答えたジズだが、ロキの加勢もあって止むを得ず腹を括った。

「所でさー、ジズってば何処に行ってたの?」

 ミミと揃って注文したコーンスープを冷まし乍らニャミが質問した。

「あぁ、生地を探しに行ってたんデスよ。そろそろ新しい服を作ろうかと思いマシテ」

 自分の隣に置いてある袋を差す彼は実に楽しげで、新作の服を想像しては目を輝かせ、「そういえば」と少し興奮気味に身を乗り出して女性陣を見た。

「貴女方の方は何か?」

 買い物に来たのだから当然良い物を見付けたのだろう、と期待を込めた質問に、猫と兎の少女は顔を見合わせて苦笑いをした。

「んーっと、あたし達はもう買ったんだけど、ロキの方が…」

 言われてロキは外方を向いた。

「おやおや、駄目じゃないデスかロキ。何か一つでも気に入った物とか無かったんデスか?」

 更に惚ける様に洋杯の水を飲みはじめた。

「いやに素っ気無いデスねぇもう」

 その後のロキも普段以上に愛想の無い素振りだった。中々相手にされないジズは取り敢えず彼女を好きにさせておき、ニャミの日頃の武勇伝を聞いたり―最近では、仕事中堂々と鼻提灯を出して寝ていたMZDを殴ったらしい―、その問題のMZDと人目を憚らず猥談をしたり時間を潰した。全員分の料理が来ると、皆手の方が優先的に動き、その頃にはロキも落ち着いた様子を見せていた。

「ロキ、グラタンどうぞ」

 こっそり食用の小蜘蛛を乗せたピザを食べていたロキの目の前に、白いソースがかかったマカロニや海老の乗ったスプーンが差し出された。

「要らん。貴様が食え」

 構わず熱いチーズの載ったピザを口に運んだ。具に混ざった蜘蛛を苛立ち乍ら咀嚼し、口の中を空にすると、再び銀の小さな器が目の前に現れた。このまま断れば延々と続くかも知れない。
 早く食べて欲しいと言わんばかりの笑みを見せるジズと湯気と香りを漂わせる料理を交互に睨み、不本意ながらもパクリと喰ってやった。

「はい、間接キス」
「ぶッ!!」

 予想だにしなかった言葉に思わず噴き出してしまい、向かいに座るMZDの顔に具が飛び散った。

「うわきったねー!何すんだよ!」

 MZDの抗議に謝罪する間も気も無く激しく咳き込み、嬉しそうに笑うジズをキッと睨み返すと自分の食べかけピザを手に取って彼の顔に叩き付けた。
 荒い呼吸を整え、白い仮面と緑の顔にべったり貼り付いたのを見ると手の甲で汚れた唇を拭いた。被害を受けずに済んだミミとニャミはあっという間の出来事に目を瞬かせていた。

「…ロキもニャミちゃん並に武勇伝有りそうだね」
「…絶対ロキの方がハイレベルだよ」
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