あの闘いから2週間ほどが過ぎたとある寒い日の話である。
空は曇天、今にも雪が降りだしそうなキリリとした空気が道行く人々を切りつける。
アンナは草薙に頼まれて、鎌本や坂東、それにエリックらと一緒に店の買い出しに来ていた。
ディスカウントショップを出て、ふと足下を見れば白い仔猫がアンナの足に、ニャーオと鳴きながらじゃれついている。思わず「かわいい…」と呟くアンナに鎌本と坂東は顔を見合わせた。
捨て猫や犬を拾ってくるのは大体が藤島だが、barのマスターの草薙が苦々しく思っているのは否めない。
彼奴が拾ってきたものはと言えば、殺人未遂事件をおこしかけた物騒な人形の野良犬だったり、容姿こそペガサス並みに美しいが全く芸のないストレインの馬だったり。
だがしかし、押し付けられた草薙は嫌々ながらもそれらの『拾い物』を邪険に扱うことはしなかった。むしろ最終的には彼が面倒を見るはめに陥っている。
草薙のそうした面倒見の良い性格からだろうか。
【王】を失ったチーム【吠舞羅】が雲散霧消とならなかったのは。
一つには草薙が経営する塒が、彼等にとっては居心地が良い【ホーム】になっているからというのもあるだろう。
だが吠舞羅の面々がそのbarを去らなかったのは、皆が一様に期待をしているからではないのだろうか?
『俺達のキングは、いつか必ず帰ってくる』のだということを。
その希望を捨てきれず、彼等は今日もあの店に集う。
それは年端もいかないアンナですら、大好きだった【赤い人】が必ず還ってくると希望を持ち続けているのだ。
「ネコ…連れて帰ったら、イズモ怒る?」
じっとエリックを見つめるアンナ。
まるで、「あなたなら分かるでしょう?」と言わんばかりに期待に満ちた瞳で彼を見上げている。
草薙が否やを唱える訳はないのだ。
彼等のキングが…キングのダモクレスの剣が消失してからずっと、この幼女はじっと堪えて泣くことをしなかった。
彼女が叫んだのは後にも先にもあの瞬間だけ。
この小さな体でどのくらいの痛みに耐えたのだろう。
それが分かるからこそ、草薙は息抜きとしてアンナをチームのメンバーに外に連れ出して気晴らしをさせるように頼んでいたのだから。
「草薙さんは怒んねーだろ。まー、こいつがまた変なストレインだっつーなら別だろーがよ」
もっちゃもっちゃと肉まんを食みながら、鎌本がアンナの頭をぽん、と叩いた。
エリックがその猫に近寄り、無言で抱き上げる。
「帰りましょうか。なんか寒くなってきたっス」
坂東が両腕を擦りながらゆっくり吐き出した。
エリックから猫を受け取ると、アンナは暖を求めるように猫の毛に顔を埋めた。
「……あたたかい……」
猫の温かさは、言うなれば慈愛に満ちた純白の温かさ。それは、アンナが求めている温もりとは少し違うけれど、それでも何故か惹かれる温もりには違いなかった。
(このあたたかさ、知ってる)
それはいつ触れた熱だったか?
……あの島の、薄暗い部屋で自分を後ろから抱き締めてくれたあの人の柔らかい熱のような。
――あなたはあれからどうしていたの?―――
―――あなたの王はミコトが消した。あなたも、それでも……―――
アンナは腕に抱いた仔猫に、そっと心の中で問うてみた。
「ネコ…」
「あ?なんだって?」
三つ目の肉まんを頬張りながら、鎌本がアンナを怪訝そうに見遣った。
「この子の名前。ネコっていうの…」
おーそーかそーかと、鎌本達はずんずん前を歩いていく。
遅れまいと必死に歩くアンナの腕の中で、白い仔猫は静かに微睡んでいった―――。
「…イズモ、飼ってもいい?」
bar【HOMRA】では、草薙出雲が盛大に溜め息をついていた。
猫か、猫はあっちゃこっちゃで爪を磨ぐしな、 餌代もかかるしマイペースな生きモンさかいになぁ…ってちゃうか。
「……ええよ」
草薙は頷いてアンナの頭を撫でた。
「…ありがとう」
アンナはホッとしたように、視線を彼女の横のスツールに寝そべる仔猫に向ける。
そんなアンナの表情を見ると、草薙の胸がちりりと傷む。
焼けるように。
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