6(完)


 バカ。俺のバカ。
 降旗は赤司の体で、普段より速く感じる足を動かし続けていた。

『赤司に俺の気持ちがわかるもんか…!』

 誰だって、他人の気持ちなんかわかるもんか。それなのに勝手な思いを彼にぶつけてしまった。
 傷付いた赤司の、俺の顔。
 後悔したって遅い。放ってしまった言葉はもう戻らない。

「ごめん、赤司…っ」

 聞こえない場所で謝ったって意味は無いのに、赤司(降)は泣きながら同じ言葉を繰り返した。








「赤ちん、大丈夫ー…?」

 恐る恐る、紫原が声をかける。実はここに至るまで黄瀬、緑間、青峰達との熾烈な争いがあったのだが、結局じゃんけんで負けた紫原が一番手となってしまった。
 ちなみに彼らの恋人達は降旗が心配だからと、皆で後を追っている。

「………敦」
「なに?」
「僕は光樹に何かしてしまったんだろうか」

 体は降旗であろうと、こんな状況であろうと赤司の声の調子はいつも通り変わりない。
 だが黄瀬達は赤司の言葉に、皆で集まった。そして正面から声をかける。

「何があったかはわからないっスけど…降旗と何を話してたんスか?」
「まずはそこがわからなければ対処のしようも無いのだよ」
「あいつが怒るの珍しいしな」
「ねー」

 四人が降旗(赤)と円を囲むように、その場に座り込む。それに降旗(赤)もふ、と表情を綻ばせ同じようにコートに座った。










 黒子と火神がようやく見つけた時、降旗(赤)はなぜか違う公園の木に頭をぶつけようとしていた。

「降旗くん!」
「おい、待て待て!」

 息を切らした黒子を置いて、火神がダッシュして後ろから羽交い締めにする。

「離せよ、火神!」
「何考えてんだ!んな事したって戻らねぇぞ!?」
「わかってるよ!でも赤司に体返さなきゃ!」
「だからって、んな事やっても意味ねぇだろ!」

 半泣きで首を振り、尚も木にぶつけようとする赤司(降)を火神が押さえ、ようやく追い付いた黒子が脇に寄って声をかけた。

「降旗くん、落ち着いてください。そんな事をしても君が痛い思いをして、赤司くんの体が傷付くだけですよ」
「―――…あ…」

 赤司(降)の目が見開き、そこから涙がぽろりと落ちる。黒子の胸も少し痛んだが、これで大丈夫だろうと火神に手を離すよう頼んだ。

「ごめん、俺…」
「降旗くん、赤司くんに何か言われたんですか?」

 黒子の問い掛けに赤司(降)は口をぐっとつぐむ。無理に話させるつもりは無い黒子は、急かす事もなく待った。
 火神も黒子に任せるつもりなのか何も言わない。しばらくの沈黙の間に、後ろから笠松と高尾、桜井に氷室もこちらを見つけて駆け寄ってくる。
 それに気付かないまま、降旗は震える唇で言った。

「これは仕方ないな…って、言われた」
「え?」
「この体では無理だね。これは仕方ないなって」

 赤司は降旗の体で一通りのプレーをこなした後、そう言い放ったのだ。










「うわ…」

 同じ時間、コートで降旗(赤)から直接聞いていた黄瀬達は、思わず呻いて頭を抱えた。
 それは降旗にとっては最も聞きたくない言葉だっただろう。努力や才能の前に、まず向いてないよと否定されたようなものだ。

「そんな事言っちゃダメっスよ」
「なぜだ?本当の事だろう」
「それはわかんないっスけど…」

 実際、降旗はバスケを始めてまだ一年にしてはやる方だと思う。だがそれをキセキと呼ばれた己と比べてはダメだろう。
 紫原も以前なら何が悪いの?と言っていただろうが、今は黙っている。
 ここにいるのは、いずれも10年に1人の逸材と言われた者達だ。黒子にしてもある一点のみに関してはキセキの世代を越える。

「この俺様が…」

 青峰が自分以外にそう呟くのを、降旗(赤)以外の三人は感慨深く聞いていた。









「お、俺だって追い付くなんて無理だと思うよ!?だからって、…!」

 それ以上は言葉にならない。ぎゅっと拳を握り、唇を噛む赤司(降)を前に黒子の顔からスッと表情が抜けた。
 それは普段の無表情以上の無表情。

「顔がこえーぞ、黒子」
「うるさいですよ火神くん。限界だとか無理だとか、そんなもの他人が決める事ではありません」
「そうだぜ」

 黒子の後ろから笠松が声を上げる。それに高尾達も続けた。

「限界なんて越えてくもんっしょ」
「ぼ、僕も頑張ります!」
「初試合が全国なんてなかなか無いよ?誠凛の監督さんも、通用しないなら出さなかったはずだ」

 みんな、と赤司(降)は声を詰まらせる。そんな赤司(降)の肩に黒子が手を乗せた。

「降旗くん、戻りましょう。そして赤司くんに君が思った事を頭ごと思いっきりぶつけたらいいんです」
「でも、赤司怒ってないか?俺、やな事言ったし」

 恐々とした赤司(降)の言葉に、黒子は珍しく微笑みを浮かべた。

「大丈夫ですよ。もし赤司くんが怒って話を聞かないようなら、僕達がちゃんと言って聞かせますから」
「おう。任せとけ」
「が、頑張ります!」
「だから大丈夫だよ」

 口々に言う高尾達に、赤司(降)の心も軽くなったようだった。黒子達を連れ立って、公園を出て行く。
 少し緊張した顔つきの赤司(降)に皆が口々に声をかけて、7人は元のコートへ戻っていった。
 そうして着いたところで、

「本当の事だろう。光樹の体では――」

 またも似たような言葉を聞かされるのかと赤司(降)が身構えた瞬間、ズラッと降旗(赤)を黒子達5人が取り囲む。

「セ、センパイ?」
「高尾」
「おい、良」
「室ちん」
「黒子」

 座っていた黄瀬達は驚いて仁王立ちしている黒子達を見上げる。しかし全員がキセキ達をスルーして、降旗(赤)へ向かって言った。

「赤司くん。降旗くんのお願い事を聞いていたでしょう?」
「あいつはあいつで必死に努力してんだ」
「結果を今は問題にしてるんじゃねぇだろ」
「…っ、そ、そうです。頑張ってるんですっ」
「君が言った事はあくまで君の意見だ。降旗くんに言わなければならない事だったのかな?」

 腰に手を当てて屈み、座ったままの降旗(赤)を囲んで連続で言い放っていく黒子達に、火神達は何か迫力のようなものを感じる。
 しかし降旗(赤)自身はなぜ自分が責められているのかわからない、と言った様子で首を傾げた。

「それは当然だろう。光樹は頑張っているよ」
「だったら、どうして。仕方ないなんて」

 思わず赤司(降)は声を上げていた。そんな赤司(降)に、降旗(赤)は当然のように返す。

「仕方ないじゃないか。光樹の体では無理だよ」
「……っ赤司くん!」
「何をお前達は怒ってるんだ。当たり前じゃないか、僕が光樹の体で無理出来るわけがないだろう」

 ・・・・・・・・・。

「―――――え?」

 降旗(赤)以外の全員の目が点になった。

「『この体では無理だね』っていうのは…」
「だから当たり前だろう、僕が光樹の体に負担をかけるわけにはいかないんだからね」
「『これは仕方ないな』は…」
「それは、僕は本気で光樹のままでも愛しいけれど、光樹はそれじゃ困るから早く戻らないといけないのを仕方ないなと言ったんだ」

 全ては誤解…?赤司(降)は聞きながら、どんどん居たたまれなくなってもう顔を伏せているしかなかった。
 そんな赤司(降)の元に、降旗(赤)が歩み寄る。

「すまなかった。僕のせいで光樹を傷つけてしまったね」
「…っううん!だって、俺も赤司を傷つけた…っ」

 ごめん、と謝る赤司(降)に降旗(赤)は首を振る。

「いいんだ。…光樹、早く君を僕の体で抱き締めたいよ。いいかい?」
「うん…」

 こつん。
 二人は目を閉じて、そっと額をぶつけあう。そしてまぶたを開いた時には、赤司の瞳はオッドアイに戻り、降旗の瞳も柔らかい茶色に戻っていた。

「へへっ、あんま痛くなかった」
「良かったよ」

 そうして二人は手を延ばして抱き合う。
 そんな光景を見て、他の忘れられた面々はただただ脱力していた。

「なんなんスか、コレ…」
「知るかよ、俺に言うな」

 単なる言葉の解釈違いと、ようするに―――

「光樹、やっぱりこうして君にキス出来るのが僕の幸せだよ」
「ん、ん…俺も、…ふ、ぁ…」

 結局はノロケになるんかい!!
 この時、全員の気持ちは一つになった。目の前でキスシーンを続ける二人にうんざりとした目になる。

「………帰りましょうか…」

 黒子の声が今までで一番疲れていたのは、無理ない事だった。










 その日の夜。黒子や笠松達は、全員が同じ夢を見た。

「ほっほっほ。夢は叶ったかの」

 それは降旗達が言っていたサンタさん。なぜかソリを引いていたのがトナカイじゃなくて馬なのは、クリスマスが過ぎてしまった上に来年の干支だからだろうか。
 叶ったか、叶ってないかと言われれば叶った…かもしれない。全員恋人の体に入っても、そのままでいたいとは思わなかった。
 むしろ自分のままで高みを目指していこうと決意出来た気がする。
 それに、恋人の普段は聞けない言葉が聞けたのも嬉しかった。だから、黒子達は白い世界で赤い服のサンタに笑って頷く。

「そうか、そうか…」

 そのまま馬ゾリに乗って去って行ったサンタを見送った黒子達は、夢の世界から目覚める。
 目の前には自分を腕に抱いて眠る恋人の寝顔。
 次の日の朝、欲しかった贈り物をもらった気分で微笑んだ黒子達は、温かいぬくもりに包まれながら幸せな二度寝へと目を閉じたのだった。


(完)


-  -
戻る
リゼ