「赤司くん、どうぞ紅茶です」
「ああ、ありがとうテツヤ」

 優雅な仕草でティーカップではなく、マグカップを傾けるのは赤司―――ではなく降旗。
 その横では普段の泰然とした態度とは違い、今にも頭を抱えそうなくらいプルプル震えて青ざめた赤司がいた。

 ――超特大級の違和感きたぞ、オイ。

 頭の処理が追い付かない。ここにきて、まさか最大の混乱が自分達を襲うとは想像もしていなかった。
 降旗(赤)が、入れ替わった者達をぐるっと見渡す。面白そうな目をしているな、と桜井(黒)は呆れつつ、ん?と気付いた。

「降旗く――、じゃなくて赤司くん。目の色が違ってますよ」

 どれどれ、と他の面々も降旗(赤)の目を見る。そして「あっ」と気付いた後で、今度は赤司(降)の目に視線を移した。

「降旗の目が金色になって、赤司っちの目が両方赤になってるっス!」

 つまりコレは、体がどうとかではなく精神の問題という事だろうか。
 仕組みがわからず皆首を捻っていたが、氷室(紫)の「赤ちんだしねー」の言葉にああ、と納得した。





「それはそうとして、これからどうすんだ。黒子と火神が戻った時みたいにもっかいぶつけていくか?」

 俺は別にもうしばらくこのままでも……とふざけた事を言う笠松(黄)はおいといて、黄瀬(笠)に黒子(桜)と桜井(黒)、高尾(緑)に紫原(氷)、降旗(赤)が主に輪になって話し合う。
 残りの氷室(紫)はお菓子を食べれないのが不満なので、早く戻りたいと紫原(氷)の横にいて、緑間(高)は笠松(黄)と同じく押さえつけられていた。

「だから痛いんだけど真ちゃんっ」
「余計な事を考えてばかりいるからだ…っ!」

 火神と青峰も一応話には参加しているが、あまりにカオスな光景にちっとも頭に入ってこない。
 入れ替わっている本人達は自分もそうだから、火神達ほど気にならないのだろう。

 だから少しだけ輪の外で眺めていたからこそ気付いた。
 青峰はあまりに顔色が悪い赤司(降)に声をかける。

「おい、どうかしたのか」
「えっ!…あのっ、な、なんでも」
「光樹?」

 それまで高尾(緑)と話していた降旗(赤)が振り返る。二人の目が合った途端、赤司(降)の瞳から涙が溢れて止まらなくなった。

「おいフリ…」

 驚いた火神や近くにいた緑間(高)が、どうしたのかと聞こうとするのを桜井(黒)が止める。

「光樹、どうしたんだい」
「ごめん、ごめんなさい…っ、まさかほんとだって思わなくて、だから俺」
「うん。何があった?」

 ひっく、と赤司の顔でしゃくりあげる降旗から、他の面々は正しく視線を逸らした。見ておきたいものではないというか、見て記憶に残しちゃったら後々怖そうだなーと思って。

「俺、こないだ夢見て」
「どんな夢だったんだい」
「サンタさんが出てきてた…」

 サンタさん。赤司の声で、舌ったらずにサンタさん。
 笑えばいいのか、いやでも怖いと火神達は複雑な心境にフタをする。

「それで願い事はって言われたから俺、一回でいいから赤司みたいになりたいってお願いしたんだ」
「僕みたいに?」
「うん。バスケ上手くて、優しくて、みんなから頼りにされてて、頭も良くて、」

 まだ続く誉め言葉に、降旗(赤)の背中に向けて花咲いてんぞ、と青峰はツッコみたくなった。
 だが、そこでふと、自分の手に触れる指が震えている事に気付く。

「良?」
「あ…」

 完全に無意識だったらしい。黒子の体に入った桜井が青ざめた顔で青峰を見上げる。
 体が黒子な為に手を握り返す事はせず、青峰はどうした?と柔らかい声で聞いてやった。

「僕もなんです…」
「何がだ?」
「僕も降旗くんと一緒の事を、サンタさんにお願いしました」

 一緒の事、と聞いて一瞬赤司になりたいのかと勘違いしそうになったが違う。桜井は青峰のようになりたかったと言っているのだ。

 その会話を聞いていた黄瀬(笠)や緑間(高)、紫原(氷)も同じく頷く。
 全員が夢でサンタクロースを見たわけではないし、覚えていないだけかもしれないが、これまで強烈に願ったり羨ましく思った事はある、と言った。
 そしてその思いは黒子にも当てはまる。火神は隣にいる桜井(黒)を見下ろした。

「同じですね」

 ぽつりと呟く肩を引き寄せてやりたいのに、ここでもまた出来ない。
 悔しさを感じつつ、しかし火神は疑問に思った。

「じゃあなんで黒子と桜井が入れ替わってんだ?」
「…そうですね」

 黒子と同じように、聞いていた青峰と桜井も首を傾げる。
 しかしふと桜井はある事に思い至って俯いた。口には出せなくて唇を噛む。
 青峰の気持ちはちゃんと桜井に向けられている。そうわかっているはずなのに、黒子が羨ましいと感じていた己がいたのではないかと、桜井はショックを受けていた。
 普段はもう意識する事は無いのに――

「…う、良」
「あ、はい」

 青峰がジッと見てくる。桜井はドキッと心臓が跳ねて、腹の底から冷えていくようだった。

「聞いてなかったのか?これから出るぞ」
「え?」

 周りを見れば、全員が立ち上がってリビングを出ていこうとしている。黒子(桜)も慌てて立ち上がった。
 しかし歩き出そうとしたところで、「あぁ、そーだった」と青峰に腕を掴まれて引き寄せられる。そして、

「火神、動くなよ」
「は?おいっ!」

 止める間もなく、いきなり青峰が黒子(桜)と頭をぶつけた。ゴンッ!という音がして、黒子(桜)が痛みに頭を抱える。
 足を止めていた皆も呆気にとられていた。

「…っ。良、大丈夫か」
「は、はい………あ、あ?」

 うわぁ…と周りから声が上がる。
 オロオロしている赤司の破壊力は抜群だったが、涙目で腰の低い青峰も相当だった。
 更に、

「青峰くん」
「あ?」

 ガンッ!青峰が黒子にぶつけた時よりも幾分か小さな音で、桜井(黒)が頭突きをする。
 すると、こちらはすんなりと戻って黒子と桜井(青)が出来上がった。

「やっと戻れました」
「黒子!」

 火神が黒子の肩を掴む。その瞳を見て本当に戻った事を理解し、強く胸に抱き締めた。

「良かったぜ」
「はい」

 黒子も火神の背中に腕を回し、二人の世界が出来上がっている。
 そんな光景を他所に桜井(青)は、今にも泣き出しそうな顔をしている青峰(桜)を前に頭を擦っていた。

「青峰さん、どうして」
「どうしてって、早くお前を戻してぇからに決まってんだろ」
「…っ」

 降旗や桜井だけではなく、笠松や高尾に氷室だって。皆多かれ少なかれ相棒を羨ましく思う気持ちはあった。
 黒子と火神が入れ替わっていた時、それをお互いが理解し合う前にいくら頭をぶつけても戻らなかったという。
 だから青峰は桜井を戻すには、まずは自分と入れ替わらなければならないと思ったのだ。黒子とならばすぐに入れ替われるんじゃないかと踏んだが、やはり想像通りだった。

「これでバスケしに行くぞ」
「はい…」

 改めて全員で近くにあるバスケコートに移動する。
 まだ戻れない不安はあっても、青峰(桜)からはもう腹の底にあった冷たさは無くなっていたのだった。


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