「火神くん、僕はそんなに着崩してません」
「あ?いいだろうが、別に」
「ダメです」

 …………。

 火神(心は黒子)の手が黒子(心は火神)の制服の前をきちんと締める。その光景をクラスメイト達は唖然として見ていた。

 え、なんで火神が敬語喋ってんの?
 てゆーか、黒子まともに見たの久しぶりな気がするんだけど。

 朝からざわざわっとした彼らに気付く様子もなく、二人はなぜか一度反対の席に座った後、違う違うと自分の席に座っていた。
 そこからも体育の時間は黒子(火)がやる気で「うおおっ!」とか言ってサッカーするし、火神(黒)は休み時間に真面目な顔で本を読んでるし。
 極めつけは昼休みだ。いつも大量のパンを食べている火神(黒)がなぜかサンドイッチ一つで、反対に黒子(火)の机には山盛りパンが乗っている。
 だが、

「マジでなんだよこの体。昨日も飯一杯で食えなくなるし、肉はすぐ気持ち悪くなるしよ」
「僕の体ですから」
「昨日も朝もまだ腹が減ってねぇだけかと思ってたが、やっぱお前の胃がちっせぇだけなんだな」

 クラスメイト達にはわけがわからない会話をして、黒子(火)が腹を押さえながらダラッとした座り方をする。
 それを見た火神(黒)は止めてくださいとたしなめながら、やはりサンドイッチ一つでは足りないのか黒子(火)のパンに手をつけていた。

「僕は逆に昨日から食欲が止まらないんですけど。食べても食べてもお腹いっぱいになりませんし…どうなってんですか、このお腹」

 火神(黒)はクリームパンをあむっとかじりながら、困った顔でため息をついた。
 基本的に黒子は食にあまり執着が無い。だから今のように満足するまで食べ続けなければならない、というのは存外ストレスが大きかった。

「いつ、元に戻れるんでしょうね」
「……」

 ぽつり、と呟く火神(黒)に黒子(火)も答えられない。わかるはずもないからだ。

 昨日、ダンクして頭をぶつけ、互いの体と変わってから火神(黒)を黒子の家に帰すわけにはいかず、火神の家に泊まっていた。
 そこでは二人にとって……いや、主に火神にとって多くの試練が待っていた。
 何しろ気持ちはもっと多く食べたいのに体はすぐに限界だと訴えるし、トイレや風呂に入るのにも何だか抵抗がある。
 二人は少し前から恋人関係になっていたが、まだ体を繋げるまでに至っていなかった。その状態で火神からすれば、興味がある黒子の体を隅々まで見れてしまうのだ。
 何も悪い事はしていないのになんだか罪悪感を感じてしまい、やけに挙動不審になって火神(黒)にツッコまれてしまった。



 はぁ、とため息をつきたいのは黒子(火)も同じだった。
 いつ戻るのか、いや戻れるのか?それを考えると不安と焦りでいっぱいになる。
 今日は本当は放課後に練習試合をするはずだった。それも相手は秀徳で、火神にしろ黒子にしろ緑間や高尾と戦えるのを楽しみにしていたのに。
 しかし、そこで黒子(火)はハッとした。もしも、火神と黒子が入れ替わった事をキセキに知られでもしたら…!

「マズイ…」
「火神くん?」

 火神(黒)が頭を抱えて呻く黒子(火)に首を傾げている。
 大の男がやっても可愛くない。が、黒子(火)には指摘する余裕はなかった。

 キセキの黒子好きは相当なものだ。それぞれ恋人はすでにいるのに、それでも黒子が火神と付き合うとなった時の反発はすごかった。
 特に赤司の妨害はすさまじく、降旗のとりなしが無かったらどんな被害にあっていたかわからない。
 まして黒子には言っていないが、付き合ってからでも『清く正しい男男交際』を誓わされているのだ。
 もしも火神が黒子の体に入って、色々見てるとか知られたら。キラリと光るオッドアイを想像し、黒子(火)の背中にゾクゾクと悪寒が走る。
 とにかく、まずは降旗から赤司に情報が漏れる事を止めなければならない。黒子(火)は席を立ち、ダッシュで降旗のクラスまで走った――――が。

「ご、ごめん!何かわかるかなと思って、赤司にもう言っちゃった…」

 返ってきた返事に黒子(火)は、ずしゃあっと力無く床に伏せたのだった。





















 * *


 どーすんだ、となぜかブツブツ呟いている黒子(火)に教師も何も言えないまま授業が終わり、仕方なく二人は今日も火神の家に真っ直ぐ帰る事になった。
 リコから練習も止められているし仕方ない。一応昨日、もう一度頭をぶつければ戻れるのではないかと試したが、ただただ痛いだけだった。

「食うもん何もねぇし、買って帰るぞ」
「はい」

 黒子(火)はそういえば、と隣にいる火神(黒)を見上げる。昨日からやけに黒子の口数が少ないような気がするのだ。
 戸惑っているだけならばいい。普通ではない状態なのだ、それも無理はないだろう。
 だが、なんだかそれだけでは無い気がした。黒子の事でわからない物をわからないままにしておきたくはない。
 どうかしたのかと聞こうとした時、

「あっいたいた!黒子っち、火神っち!」
「よう」

「……は?」
「黄瀬くん、笠松さん」

 黒子(火)の目が驚愕に見開く。校門で大きくこちらに手を振る黄瀬と、隣には付き合わされたらしい笠松もいた。
 火神(黒)も足が止まっていたが、黄瀬は迷わず火神(黒)の方に走ってきた。そこで二人は、すでに黄瀬達が入れ替わりの事を知っているのだと理解する。
 そんな二人の驚きを察したのか黄瀬は黒子(火)の方を向き、いたずらっぽく笑って言った。

「火神っち、覚悟した方がいいっスよ。それか明後日までに戻れるように方法探した方がいいかも。今度の日曜日、赤司っちが帰ってくるみたいっス」
「…マジか」
「マジっス」

 嫌な予感が当たった、と黒子(火)は頭を抱える。
 そんな黒子(火)に同情しつつ、笠松は火神(黒)を見上げて苦笑した。

「大変だったな、黒子」
「はい、…いいえ」
「……、」

 笠松は少し時間をおいて首を振った火神(黒)に、何か思い悩んでいるような感覚を受ける。
 この状況ならば無理もないが、なぜかそれだけでは無いような気がした。聞こうとしたところで、珍しい黒子(火)の大声に遮られる。

「方法ったってなぁ、思い付くなら試してんだよ!」
「そりゃそうっスよね。ところで火神っち?」
「なんだよ」

 …もう見ちゃった?黒子っちの…ごにょごにょ…赤司っちにバレたら…ごにょごにょごにょ。
 小声で黒子(火)の耳にささやいている黄瀬とそれに青ざめる黒子(火)に、笠松も火神(黒)も何をしているのかと首を捻る。
 二人に見られていることにも気付かず、黒子(火)はこれから起こるだろう波乱を予感して、痛む頭を更に抱えていたのだった。


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