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 次の日、黒子の熱も朝には下がって火神と二人、緑間からの連絡通り集合の駅まで来ていた。

「黒子!」
「降旗くん」

 改札を出ると、先に赤司と着いていたらしい降旗が走ってくる。互いの姿に二人はホッと笑みを浮かべた。

「黒子くん、熱は大丈夫ですか?」

 そこに、一本遅れで着いたのか桜井が青峰と共に改札から出てきた。その後ろには紫原と氷室がいて、黒子に声をかける。

「顔色は良さそうだね」
「はい、大丈夫です。みなさん、昨日はありがとうございました」

 昨夜黒子の話が終わった後で、火神からも駆け付けてくれるまでの経緯を聞いていた。
 全員が思い当たる場所を走って回って探してくれた事を聞いて、とても嬉しかったのだ。

 そう言うと隣で降旗もうんうんと頷く。

「俺も。嬉しかった」

 なー、と笑い合う二人に、昨夜から心配していた全員も微笑む。
 その後ろから今度は黄瀬と笠松が着いて、何を笑っているのかと聞かれて桜井が教えると二人も笑みを浮かべた。

「ほんと、良かったっスよ」
「だな」

 笠松の両手がぽんぽんと黒子と降旗の頭を撫でる。するとそれを見ていた紫原が不満げな顔になった。

「ねぇ。なんで黒ちん、その人に頭ぽんぽんされても手払わないの」

 言いながら、笠松の手の隙間から黒子の頭を撫でる。けどやはり払われて、いっそう不機嫌になった後、何が違うのかと笠松の手をじっと見ていた。

「笠松さんはいいんです。君は同じ年じゃないですか。子供扱いしないでください」

 ぷいっと横を向く黒子はまるで中学時代のようだ。
 それが子供っぽいんじゃん。キセキだけでなく、火神や笠松たちも思ったが誰も何も言わなかった。だが微笑ましく思われている気配は伝わったのか、黒子はムッとしていたが。

「おーい。…何このほのぼのな雰囲気?」
「なんでもないです」

 時間になり、ふーん?と迎えに来た高尾と緑間がそこに加わる。歩きで駅から5分ほど。東京でも端に近い緑の多い風景の中に、その屋敷はあった。

「お、よく来たな」

 座れ座れ、と叔父だろう男性がにこやかに迎える。和室の広いテーブルをみんなで囲むとお茶が出され、一先ずそれぞれ挨拶をして落ち着いたところで、もう一人男性が入ってきた。

「やあ、みんな久しぶりだな」

 こんにちは。お久しぶりです。黒子や赤司が応え、残りのキセキ達も軽く頭を下げる。
 緑間以外では見たことがないその色彩に、火神や笠松達も彼が誰だかわかった。笠松は気になって隣にいる高尾の様子を伺ったが、その表情はいつも通りで装っているという感じもしない。
 その視線に気づいたのか、高尾は笠松を見て笑った。こそこそと顔を近づける。

「さっきもう話したんスよ」
















 今日の朝。高尾は昨夜覚悟を決めるとは誓ったもののとても眠れず、緑間に早めに会えるよう頼んでいた。
 どうせ避けられないことなら、さっさと済ませてしまうに限る。緑間もさすがに突然過ぎたと反省して父親に話したら、心よく頷いてくれたので高尾との対面が10時から行われることになった。

『うわ、キンチョーする。息子さんをくださいって、みんなこんな感じかも』
『バカなことを言っているのではないのだよ。……』

 だいたい、それは俺のセリフだ。

 高尾は目を見張って、緑間の腕に抱き着いた。少し耳が赤いのにも笑う。
 おかげで緊張がちょっと減った。そう言えば「…そうか」という緑間の声もやわらかくなる。

『真ちゃん、ちょっと今日も頼みがあるんだけどさ』

 高尾の頼みを聞いて、緑間は驚いた顔をした。







『はじめまして。高尾和成です』
『はじめまして。息子から話は聞いているよ』




 ―――――俺とさ、親父さん二人だけで話さしてくれね?
















「……おい、高尾。そんでどうなったんだよ?」

 親父さんとの話は大丈夫だったのか、そう聞かれてつい回想していた高尾はバッチリっスよと答える。
 小声でのやりとりは、叔父と話している他の誰にも聞かれていなかったようだ。詳しいことは後でという事にして、二人もそちらに意識を戻した。

「今回はみんな災難だったな。上川のお嬢さんも、かなり甘やかされて育ったみたいだからなぁ」

 声を上げておかしそうに笑う叔父だが、黒子達からすれば笑うに笑えない。
 緑間、緑間の父親も交えての説明は、こうだ。




 まず始まりは緑間の幼馴染だった上川が幼い頃のたわいない約束に固執したことから始まる。
 小学校に上がる時に引っ越した上川は、その育てられ方からか近所でもかなりのわがままお嬢様だったらしい。その性格のせいで引っ越した先でそっぽを向かれ、その状態が6年まで続いたそうだ。
 彼女にとってはもう美化された思い出の中にいる、自分を唯一相手にしてくれた緑間しか己にはいないと思うしかなかったのだろう。自分に甘い父親にお願いし続け、ようやく女子高からの転校を許されて緑間の後を追うようになったのだという。

「真ちゃん、約束って覚えてんの?」
「覚えていない。というか、彼女の存在自体覚えがなかった」

 あーらら。キッパリとした緑間に、高尾だけでなく、ほんのちょっぴり黒子達も彼女に同情した。叔父がしみじみと続ける。

「そのせいで、なおさらムキになったんだろうなぁ。ここからどんどん過激になっていったようだ」

 すでにあった緑間のファンクラブを掌握し、彼と親しい存在を排除する。彼女の言い分としては、「だって私にも真太郎くんだけだもの」だそうだ。
 その為に他のキセキのファンを利用し、それは高校になってからも続いた。それぞれキセキを追いかけて同じ高校に入ったファンに声をかけ、三上と堀北を利用して。
 この二人がなぜ上川に従っていたのか、それは二人の親が上川の会社で働いていることが関係あるらしい。そこで叔父は黄瀬と笠松を見た。

「君ら、海常高校だろ?この二人が転校した理由を知ってるか?」

 二人は顔を見合わせる。そういえば、はっきりとした理由は知らなかった。

「三上と堀北は万引きと暴行事件まで起こしていた。いずれもバスケ部を辞めた後だったから、良かったな」

 その言葉に笠松はぞっとした。もしも部にいる間だったら、どんな影響があったかわからない。最悪、活動停止だ。
 そしてその影響は彼らの親の出世にまで波及する。どういう経緯かはわからないがそれを知った上川は、親に責められて意気消沈した彼らから更に笠松達の話を聞き、自分の親にとりなしてやるから協力しろと言ったらしい。

「そんな理由があったわりには、自分から結構動いてたみたいだけどな」

 呆れた様子の氷室の言葉に、他の、特に紫原と火神と赤司が頷く。彼らからすれば恋人を傷つけられた怒りはまだまだおさまっていないのだ。氷室は間接的とはいえ、だから怒りが減るかといえば絶対にそうではない。

「後は俺も真から聞いたが、階段から落とされたり監禁されたり色々あったんだろ?大変だったな」
「俺からも謝罪させてほしい。君達には迷惑をかけた」

 叔父の後に頭を下げたのは、緑間の父親だった。

「息子がどうしても自分には靡かないと思った上川のお嬢さんは、父親にねだってこちらに圧力をかけてきたんだ。俺は金で息子を売るようなマネはしたくない。そう突っぱねていたんだが」

 それを上川自身の言葉で知った緑間は、先に叔父に援助を頼んだのだという。勝手な事をと一度は怒った父親に理由を話して。

「息子から大切な人の為、と聞かされたのは嬉しかったが、まさかその相手が……」

 額に手を当てたうなだれる父親の肩を、いいじゃねぇかと叔父がたたく。

「真がいっぱしの男になったのはこの子のおかげだろ?」
「……まぁ、な」

 そんな態度を取るわりには、父親が高尾を見る視線は優しい。そこで笠松以外の全員もすでに話し合いは終わったのだと知り、どうだったのかと興味津々に見詰められ、高尾は後々!と苦笑した。

「で、後は俺から上川に直接話を通して、さすがに焦った父親が娘を止めたってわけだ」

 これで終わりだ、と告げられてどこからともなく溜息が漏れる。本当になんのことはない、笠松達にとってはただ単に巻き込まれただけの事だったというだけだ。
 改めての緑間からの謝罪に、笠松も桜井も氷室も降旗も、昨日のように首を振るのでなく頷く。受け入れたからもういいよ、という印だった。








 長い説明が終わり、どことなくまったりとした雰囲気になる。喉が渇いて入れられていたお茶で潤し、新しい物を持って来させようとした時だった。

「なんだ?」

 部屋の外から慌だたしい気配を感じ、何事かと叔父が立ち上がる。
 お待ちください、どいてよ!と聞こえ、何度か障子戸を開けられる音がだんだん近づいてくきた。
 その中の混ざる声に誰もが顔をしかめた瞬間、

 スパン!

「真太郎くん、お願い助けて…っ!」

 やはりというか。叫びながら飛び込んできたのは、上川柚希その人であった。

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