「黒子…!」

 くずおれた黒子の体を火神の腕が掬い上げる。くったりと身を預ける黒子を見て、笠松や桜井が駆け寄った。

「無茶すんじゃねぇ火神!一番傷ついてんのコイツだろ!」
「う」

 叱る笠松に火神が怯む。それを尻目に桜井が黒子の額に手を当てて、その熱さに心配げな顔になった。

「ちょっと熱が上がってるみたいです。は、早く休ませないと」

 桜井の言葉に、火神は黒子を腕に抱いて立ち上がった。
 胸の内を自分の感情を優先してしまった後悔が渦巻く。もっとよく見れば、いくら暗くとも顔色が悪い事くらいわかったはずなのに。

「黒子!」

 赤司の腕を振り切って、降旗もこちらへ駆け寄った。責める視線に火神はわりぃとしか言えない。

「火神っち、こっち!」

 その間に、黄瀬がタクシーを拾ったようだった。赤司の後は任せろ、の言葉に頷いて敷地を出ようとした、その背中を残っていた女子の一人が呼び止める。
 その一人は先ほど黒子が見覚えがある、と思った女子。振り向いた火神も顔を見て目を見張る。

「お前、うちのクラスの」

 女子は二人のクラスメイトだった。



「か、火神くん、黒子くんと付き合ってるの?」
「……」

 震える声。答える義理はない、だが火神は頷いていた。

「ああ」
「お、男だよ?なんで!?」
「なんでって、好きだからだろ」
「――!」

 当然のように火神は答え、黒子が身動いだ事で今するべき事を思いだして足早にその場を去る。

「ま、待ってよ!私、火神くんが――」

 バタン、とタクシーのドアが閉まり走っていく。行き場のない言葉が宙に浮き、女子は顔を覆って泣き出した。

「…アンタ、火神が好きだったんだ?だから赤司のファンクラブに便乗して、黒子に色々やった?」

 高尾の言葉に女子は何も答えない。

「…バカだな。そんな事したって、嫌われるだけなのに」

 うわぁぁ…声を上げる女子から、高尾は近づく足音に視線を移した。
 そこには赤司がいて思わず頬がひきつる。背中に背負った暗雲からは、今にも雷が落ちそうだ。
 ゴロゴロ…ピシャァァン!!という音を想像して、緑間と二人自然と道を譲る。

「…僕の光樹にいろいろやってくれたようだね」

 うわ。初めて聞いた、恐ろしく低くおどろおどろしい声。
 ちらりと赤司の後ろを見れば、降旗が魂が抜けたような顔でへたり込んでいる。

 …何やったんだ、赤司。


 見ていただろう笠松と桜井に目線で聞けば、二人共顔を真っ赤にして口の前でバッテンを作り、氷室は苦笑いをしていた。
 あー、なるほどね。と高尾はなんとなく察する。

 おそらく赤司も火神と同じように詰め寄っていたが、今の状況ではゆっくり聞けやしないとこの場の収集をはかったのだろう。
 その前に、置き土産とばかりに降旗が逃げないよう予防線を張ったという訳だ。
 ……たぶん、とんでもなく恥ずかしい方法で。だって降旗、明らかに腰抜けてるし。

 そんな事を考えていたら、横からトンとぶつかられた。

「真ちゃ…ひっ!?」

 魔王だ。魔王がいる…!高尾の心の声じゃなく、ちょっと離れたとこにいる黄瀬達の声だった。
 見れば青ざめた青峰と紫原と身を寄せ合っている。これまで目撃したことのない怖がり方に、思わず高尾も緑間の背にすがり付く。

「全く…僕自身に害は無いからと放っておいた結果がこうだとは」

 赤司は心底から怒っていた。彼女達にもだが、何よりも己に。いくら距離が離れていても、守れるなどと思っていた自分が情けない。
 やっぱり京都に連れていくべきか…とぶつぶつ言いながら、赤司はこちらも雰囲気に呑まれて固まっている残りの女子達の前に立つ。

「さぁ、どうしてくれようか」
「ま、待って…!」

 果敢に一人が声を上げて、その勇気に感心すると共に、全員胸の中では止めとけって!と突っ込んでいた。

「何か言いたい事でも?」
「わ、私達悪気はなかったの!ただ赤司くんに降旗くんが付きまとってるって聞いて、だから」
「だから?」
「だ、だから、私達が変わりに」
「変わりに?」
「降旗くんを…」
「光樹を?」

 言えは言うほど氷のように冷えていく声にようやく女子は気付いたようだった。こちらまで凍えそうで、緑間と高尾は黄瀬達の元へ向かう。
 足元には三上と堀北がボロボロのまま転がっていて、紫原に椅子代わりに座られてうんうん唸っていた。


「僕はお前達に頼んだ覚えはないな。それにお前達が誰なのかも知らない」
「そ、そんな…だって私達、ずっと赤司くんの応援して」

 だから、ね?と媚びるような目にも眉一つ動かさず、赤司は最後通告のように告げた。

「ならこれからも僕と光樹の邪魔はするな。また僕達の目の前に現れたら、容赦はしない」
「ど…どうしてそんなひどいこと言うの。私達だって、あなたのこと好きなのに!」

 そうよ、そうよと女子の後ろからも声が上がる。それに勢いづいたかのように、声が高くなった。

「ねぇ、そうでしょ、降旗くんは男だもの。きっと長続きなんかしないと思うの、だから…」
「誰が長続きしないと?」
「だ、だって」
「お前達のような人間にもわかるように、ハッキリと言っておこう」

 月明かりが赤司の上に射し、金の瞳が妖しく射抜く。

「もし光樹が女でも僕は光樹を選ぶ。もしお前達が男でも、やはり選ぶのは光樹だ。同じ土俵にも上がれると思うな」
「ど、どうしてよ」
「卑劣な方法で人を蹴落とそうとする人間を僕は認めない。もし光樹がお前達の立場なら、差を埋めようと努力するだろう。だから僕はお前達を認めないし、覚えるつもりもない。それからもう一つ」

 女子全員がわっ!と泣き出したが、赤司は意に介さない。
 これが本題だというように、今までのどの言葉より冷たく、冷えきった声で問うた。

「…光樹の頬に傷をつけた者は、誰だ」
「……っわ、私達じゃないわ、…あの人たちよ!」

 冷気にあてられ、女子が震える指で指したのは、紫原の下にいる三上達だった。





「はー、やっぱ降旗の事になるとすげぇな、赤司」
「地雷踏みまくったからな」
「目がギラッギラしてるっスもんね」

 高尾、青峰、黄瀬は充分離れた位置でのんびりと眺め、緑間はただため息をつく。

「んー、何か赤ちんこっち向いてる」
「うわ、マジだ」

 巻き込まれてたまるか、とまた高尾達は移動する。そこに笠松達も集まって、これからどうするかと相談した。
 ぎゃあぁぁあっ!!と背後から聞こえた悲鳴はなかったことにして。
















「さて…光樹、一先ず今日は帰ろう」
「う、うん!」

 いろいろ済ませ、晴れやかな顔になった赤司が優しい声で呼ぶ。呼ばれた降旗自身はぴっ!と立ち上がって、嬉しそうにその隣に並んだ。
 それを他の面々は複雑な表情で見ていた。

「なんだい?」
『なんでもない(っス)』

 ん?と素晴らしい笑顔を向けられては聞くにも聞けない事だってある。しばらく魂を飛ばしていた降旗は、暗雲を背負った赤司に気付いていなかった。
 まさかさっきの濃厚すぎるキ…はこれが目的か!?と全員が疑う。

「赤司くん、彼らはどうする?」

 氷室が後ろを指差す。ボロボロ具合がもっとひどくなった男子二人と、ホラー映画でも見た後のように怯えて泣いている女子達。
 降旗だけが、なんで!?と驚いているが、教えようとするだけで赤司の視線で凍らされるのでみんな賢く口を閉ざしていた。

「ああ、運転手の彼と話したんだが、上川とは全く関係がないので煮るなりヤるなり……焼くなり、好きにしていいという事だ。そのまま放っておけばいいだろう」

 …いま、絶対『ヤる(殺る)』って言ったよね、そうだよね。

 もう誰かさんのミスディレクション並みに存在を薄くしたい者達で、こそこそとささやき合う。それをぐりっと顔を向けた赤司に「ん?」とつっこまれ、なんでもありません!と全員直立不動になっていた。

「氷室さん、みんなどうしたの?」
「…なんでもないんだよ」

 一人不思議そうな降旗の肩を、氷室がポンと叩いた。

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