「上川サン、何でここに?」
「予定が変わったの。明日の夜まで二人を別の場所に移すわ」

 後ろに夕方に降旗へ迫った女子達と他にも数人を連れた、上川と呼ばれた少女が中へ奥へ足を踏み入れる。懐中電灯で照らした先、乱暴をされていた黒子の姿を見て、上川はただ顔をしかめただけだった。
 連れた数人の中に、黒子は見知った顔を見つけて目を見張る。だが何も言わず、向こうも気まずそうな顔で顔を逸らしていた。

「ここでも男が男を相手にするのね。その人には興味ないからいいけれど」

 上川は言うだけいって踵を返すと、肩越しに命じた。

「車を用意したわ。早くしてちょうだい」
「へーへー」

 三上にグッと腕を掴まれ、黒子が荒っぽく身を起こされる。
 一度身を離されてから、また触れられる事に嫌悪感が募り、反射的に体を捩って抵抗した。それに苛立った三上が拳を振り上げる。

「手ぇかけさすんじゃねぇよ!」
「黒子…っ!」

 降旗はたまらなくなって、身を乗り出した。必死に三上と黒子の間に割って入り、腕に冷えた体を抱える。

「ごめん、ごめん黒子」
「ふりはた、く…」

 自分が人質になんか取られて、弱くてすぐに動けなかったから。どのような関係かはわからないが、もしこのタイミングで上川が来なければ――

「おら、行くぞ。続きは移動してからだ」
「…っ」

 ドン、と二人の肩を押して歩かせようとする三上に、降旗はまだ危機は去っていないのだと思い出す。
 今が逃げるチャンスかもしれない。そう思って視線を動かすが、スッと堀北に横に並んで立たれて怯んでしまう。

「早くしなさいと言っているでしょう!その二人が見つかるわけにはいかないのよ…!」

 もたもたしないで!とヒステリックな上川に三上は肩をすくめた。「おー怖ぇ」と言いながら、黒子達を伴いこれまで閉じ込めていた建物から出ていく。
 その敷地は広く、しかし灯り一つもない。外から見れば黒子と降旗がいたのは白壁の古い倉庫らしき場所で、少し離れた場所には母屋らしき建物が見える。
 数年前から誰も住んでいないと噂のその家は、確かにこの時間でも明かりはついていなかった。

「あなた達はそっちの車に乗ってちょうだい。行き先は行ってあるから」
「へーい。おら、早く乗れって」
「……!」

 乗ったらダメだ。乗ったら本当に二人が知らない場所に連れていかれてしまう。降旗と黒子は力を振り絞って抗った。

「もう早くしてくれって。俺、腹が減ったままなんだけど」

 早口で言って、堀北がまたカッターを降旗の腰に押し付けてくる。「降旗くんっ」黒子も三上に後ろ手に捕まって、車に押し込められそうになっていた。
 ソファに体を伏せて、暴れる黒子の足を三上が抱えあげる。

「なんなら、今ここで犯してやってもいいんだぜ!」

 ああ!?と体を強引に押し付け、尚も足を広げさせて凄む三上を、それでも黒子はにらみつける。
 吐き気がする。彼でなければ死んだ方がマシだ、と初めて黒子は思った。
 視界に車に体を押し付けられた降旗の姿。運転席には男が一人、興味なさげにこちらを見ている。
 ガラスの向こうには上川が早くしろ、と叫び続けていて――

「か、がみく…」
「は?ブツブツ言ってないでさっさと…」










「さっさとどくのはテメーだ」







 ゴッ!といい音がして、三上が文字通り横にすっ飛ぶ。な、と黒子の見開いた目に入ったのは―――


「やぁっと見つけたぜ。…黒子」
「火神くん!」


 誰よりも求めていた彼の姿だった。







「僕の光樹にそんな物騒な物を当てないでくれるかい」
「!あか…っ」

 赤司の声がしたかと思うと、突然堀北の体が地面に落ちた。突然解放された体を、力強い腕に引かれて温かい何かに包まれる。

「ようやく見つけた、…光樹」
「赤司…っ!」

 何か、がずっと助けてと心の中で叫んでいた彼だと知って、降旗は全力でしがみついた。

















 * *


「…これで、約束は無しなのだよ」
「――!」

 一方こちらでは、緑間が悔しげに唇を噛んで震える上川を見据えていた。その後ろには連れていた数人の女子が、困惑した表情で集まり固まっている。
 着ている制服は誠凛のもの。つまりは元赤司のファンクラブで、降旗と黒子に手紙を送ったのは彼女達だろう。

 その周りで黄瀬と青峰、紫原が三上と堀北を適当に転がしていた。笠松、桜井と氷室は黒子と降旗を心配そうに見ている。
 特に黒子の姿を見て息を飲んだ。明らかに乱暴されていた後だとわかって。
 未遂で済んでいるならいいが、とは思うが火神に抱き締められてすがっている今の黒子には聞けず、見ているしかなかった。



「どうしてここだとわかったのよ。もう少しだったのに…!」

 どうして、どうして!と言い募る上川に緑間はたんたんと返す。

「…初めは赤司の考えだ。誠凛からあまり移動せず、人間二人を隠せる場所。そして、陽が落ちて暗くなればより見付かりにくい場所へ移動させるはずと踏んだのだよ」
「〜〜っそれがここだとすぐにわかったの?」
「誠凛では割合知られていた場所だったようだな」

 誠凛高校の裏手、広い敷地の無人の邸宅は「窓から女の子が見えた」「夜に音が聞こえる」なと、ホラーな話にことかかない。
 二人がその近くにいてもなんら不審がられず、怖がって入る者もいないから第三者に見つかる可能性は少ないだろう。

「もし違っても、移動する先を追えばいいのだよ」

 ちら、と緑間は黒子達が乗せられようとしていた車を見る。その運転席から男が出てきて、ヒラヒラと携帯を振った。

「お前…!」
「お嬢さん、旦那様はさすがに今回の事はお怒りですよ?」
「……なんですって?」

 それまで強気だった上川が、男の話を聞いて途端にうろたえ出す。それを気にした風でもなく、男は続けた。

「幾らなんでも嘘や監禁はいけませんでしたね。彼の叔父さんから直接旦那様に電話があって、お嬢さんがした事が洗いざらいバレました。俺にも連絡があって、そのままこの場所を彼らに教えたってわけです」

 さ、帰りましょうか。旦那様がお待ちですよ。
 いっそ優しい口調の男に、今すぐ泣き出しそうな顔で上川は首を振る。

「そんな、そんな…っ」
「ご叱責も仕方ないでしょう。緑間くんと両想いなのに、許さない彼の家が邪魔だと旦那様へ嘘をつく。仲が良かった中学時代のお友だちにまで嫉妬して、ファンクラブの過激な子達を唆す。どうにも緑間くんが振り向いてくれないから、ちょうど良く弱味を握った子達を利用して、いやー、陰険ですね」

 男が並べ立てていく事実に、聞いていた全員が眉をひそめ冷たい、あるいは呆れた視線を上川に向ける。
 しかしそうされても彼女は身を縮めているだけだった。よほど普段は甘い父親が自分に怒っているというのが怖いらしい。

「じゃあ行きますよ」
「い、いや、真太郎く…っ」

 腕を掴まれて引きずられていく上川は、緑間の横を通る際助けを求める。その都合の良さにまたも笠松達は呆れたが、緑間自身は一瞥も与えずに無視をする形で心情を表していた。
 完全に拒絶され、上川の体からガクッと力が抜ける。男は車の側にいた赤司と言葉を交し、上川を放り込むように乗せてその場を離れていった。


「これで終わったのかな、真ちゃん」
「そうだな。…いや、」

 まだらしい、と緑間は黒子達の方へ視線を向けた。













 …――そして話は冒頭の続きに戻る。


「…何があったかはわかった。だけどな、俺が聞きたいのはお前がなんで俺に何も言わなかったかだ…!」

 力が抜けている体を、建物の壁に押し付けられる。後ろから黄瀬に無茶するな、と言われて火神もこらえようとはしているようだが、憤りが強すぎて肩を掴む手は震えていた。
 今は地面に転がって呻いている三上に襲われ、無事だった事に安堵する。だが、だからこそ今火神の胸は荒れ狂う。
 あの手紙からきっかけで、事態は危ないところにまで発展していた。黒子の気持ちがわからず二の足を踏んでいる内に、他の男に奪われそうになっていた。
 いくら火神が黒子を守りたいと願っていても、黒子自身が望んでいなければやりようがない。何故、火神の手を拒むのだと聞きたかった。



 ――火神に救われ、ホッとした今になっていろいろされた体の痛みが襲ってくる。先ほど抱き締めてくれていた温もりが遠い。

「すいません」
「謝って欲しいわけじゃねぇ!」
「もう一度、抱いてもらったらダメですか」
「は!?…〜〜っこうか!?」
「はい」

 ぎゅううっ。足りなかった温もりに包まれて、黒子のまぶたが下がっていく。
 眠くなんかないのに、自然と下がっていって―――

「おい、黒子?」

 答える前に、黒子の意識は闇に落ちていった。

- 18 -
[*前へ] [#次へ]
戻る
リゼ