*緑高、青桜の場合。


「そういえば、高尾と桜井も何かあったのか?」
「え?」
「あ、あの」
「さっきの話の最中に何か考えてたみたいだから」

 笠松と氷室に聞かれ、二人は顔を見合わせる。どちらの表情にも心当たりがある、と出ていて先に高尾が口を開いた。

「いや、柵原高校って俺んとこも練習試合したんスよ」
「そうなんですか?もしかして、先月肘を怪我したと言っていた時の?」
「おう」

 黒子が思い出したように言った言葉に高尾は頷く。あの時はただこけた、とだけしか言ってなかったが、実際は柵原との試合中にユニフォームを引っ張られてバランスを崩し倒れてしまったのだ。

「それは…緑間くんはどうだったんですか」
「……めっちゃ怒ったみたい」







 * *


 ピ―――!!

「高尾!」
「ってぇ…」

 床に強く打ち過ぎて、痛みと痺れが肘を襲う。ズキズキとしてなかなか衝撃が去らない。
 体を丸めて耐える高尾を、緑間はベンチに連れて行った。―――お姫様抱っこで。

「うわ!真ちゃん、ちょっと今はナシ!」
「うるさい。怪我人はおとなしくしておくのだよ」

 さすがに痛みも忘れて涙目で抗議するが、どこ吹く風な緑間はスタスタと歩いて高尾をそっとベンチに座らせる。
 痛めた肘を掴むと、真っ赤になって擦りむいてもいた。

「大丈夫か?」
「打った時は痛かったけど、今はもう大丈夫だって」

 そう言いながら、高尾は掴まれた腕を曲げる。しかし肩から首まで筋が張った痛みが走り、顔をしかめた。

「…もう今日は休め。いいですか、監督」
「そうだな。練習試合で無理する事は無い」

 そう言って監督が選手交代の指示を出しに行く。悔しげな高尾と視線を合わせ、緑間は先ほど気付いた事を聞いた。

「高尾、さっき首の後ろを掴まれていただろう」
「わかった?」
「当たり前なのだよ」

 そうは言うが、他の部員は気付いていないだろう。それくらいラフなプレーに慣れた者の動きだった。

「ホークアイの名が泣いちまうな」

 はは、と笑う高尾の頭を緑間がくしゃっと撫でる。お姫様抱っこといい、今のといい、思わず高尾はポカンと緑間を見上げた。
 そこのマネージャーをしている二年生部員がうわ、と声をかける。

「もしかして、すげぇ怒ってんじゃねぇの緑間」
「へ」

 高尾からすればデレていることばかり気になって気付かなかったが、確かにコートに戻っていく背中から何かすごい迫力を感じる気がする。
 そして、その予感は外れなかった。



 ザシュッ!!

「また入った!」

 わあぁっ!と新入部員達から歓声が上がる。それと同時に相手チームの監督が口汚い激を飛ばす。
 それでも、傾いた天秤はもう戻らない。緑間は出し惜しみを一切しなかった。

 ハーフラインから、自陣コートから、ボールを持った瞬間スリーを投げる。相手のディフェンスなど関係ない。
 むしろその上背から繰り出されるプレッシャーで相手選手を追い詰め、引いた瞬間すかさずボールを奪ってまたスリー。
 たった5分の間に入れたゴールは20本。なんと60点もの大量得点に、柵原だけでなく味方であるはずの秀徳でさえ目を丸くしていた。

 必然的に終わった頃には残酷なほどの点差が付き、プレッシャーをかけられ続けた柵原は青ざめてすごすごと帰っていったのだった。


 * *













「…で感じで、その後も微妙な雰囲気で終わった」
「そーか」

 笠松が呆れた声も隠さずに答える。そういえば、と同じく心当たりのありそうな桜井に今度は氷室が聞いた。

「桜井くんのところも、まさか試合したのかい?それで怪我を?」
「は、はい」
「マジで!?え、これって偶然…?」

 降旗の言葉に、他の5人は口を閉ざす。あまりにも同じ状況が重なり過ぎていている気がした。

「桐皇はどんな感じだったんですか?」
「青峰、お前にベッタリだもんな。やっぱめちゃくちゃ怒ったんじゃね?」
「えと、」










 * *


「うわ、ごめんごめん。でもわざとじゃないからねぇ」
「ていうか、弱っちぃ。ちょっと踏まれたくらいで怪我すんだ」
「今回は楽勝だったな」

 柵原の選手達の言葉に、さすがに監督が前にでる。それに気付いた柵原は悪びれる様子はないものの、早々と頭を下げた為にそれ以上抗議する余地がなくなってしまった。

 桃井や若松が憤慨する中、青峰は黙々と踏まれた桜井の足からバッシュと靴下を脱がせる。
 それに申し訳無さそうにあわあわと遠慮する桜井を無視して傷を見た青峰は、手当て自体は他の者に任せて自身は立ち上がり、コートに向き直った。
 桜井の足の小指からは血が出ていた。爪も欠けているし、あれではしばらくまともに歩けないだろう。

 ていうか、俺の良に痛い思いさせるってなんだそれ。

「……」

 沸々と怒りが沸き上がり、今にも溢れそうになる。
 衝動のまま、ゆら、と青峰の肩が揺れた、その瞬間、

「青峰さんっ!!」

 いつもは出さないような大きな声で、桜井が青峰を呼ぶ。床を踏み抜かんばかりに足を踏み込んで、今にも飛び出して行きそうだった青峰はその声に足を止めた。

「良」
「だ、ダメです。僕なら大丈夫ですから」

 見た目ほど痛みはひどくない。それよりも、桜井のせいで青峰が拳を振るうのは嫌だった。
 納得いってないような顔をする青峰に大丈夫ですから、と念を押す。

「怒ってくれてありがとうございます。でも試合の最中に起こったことですから」

 笑ってそう言う桜井は本心だったが、青峰は青峰流に受け取ってみせた。

「わかった。バスケでならいいんだな?」
「え?」

 獰猛に笑って青峰がコートに入る。後ろからあちゃあ、といった桃井の声が聞こえた。




「おら、どけ」
「ひっ…!」

 青峰が無造作にボールを投げる。最早バスケのシュートでもなんでもない。まるで野球のボールを投げるように、ゴールへとボールと入れていく。
 普通なら入るはずもない体制からのシュートに、柵原のメンバーは予測も防ぐことも出来ずその場で立ったまま動けなかった。
 何しろボールを持ってもすぐに奪われるは、その際にはきっちりと足を踏んでいかれるは。

「わりぃ。わざとじゃねぇんだ」

 ニヤッと笑うその笑みは、まるで獲物を捕らえきった獣のよう。ただ甚振られるだけの柵原は、青峰に翻弄され続けるしかない。

「何が、楽勝だって?」

 ああ?とヤクザも真っ青な顔で脅される。バスケの試合時間は10×4で40分。今はまだ第2クォーターだ。
 終わりまでほど遠い道のりに、柵原は今にも膝から崩れ落ちそうになっていた。


 * *












「うわ…」
「青峰くん、よっぽど腹が立ったんだろうね」

 愛されてるね、と他意なく言う氷室に桜井が顔を真っ赤にさせる。
 それを微笑ましく?思いながら、同じチームで他に怪我をさせられた者がいないことを訝しく思った。

「やっぱ、これって俺らが狙われてたんスかね」
「まだそうと決まったわけじゃねぇだろ」
「でもここにいる内の4人ですよ?」
「「「………」」」

 高尾、笠松、降旗の会話に他の三人も考え込む。

「笠松さんや氷室さんは大丈夫なんですか?」

 心配げな桜井に二人は苦笑した。

「俺は秋田だからね。さすがに東京の高校とは練習試合はないよ」
「俺も高校で柵原ってとことやった覚えはねぇな」
「そうですか」
「そうだよ。お前も降旗も早く怪我治せ」

 それなら良かった、と他人のことを気にする黒子の頭を苦笑した笠松がわしゃわしゃっと撫でる。
 だが、次に高尾が言った言葉を聞いて、ピタリと手が止まった。

「それにしたって、あの柵原の三上ってやつ。あいつが一番しつこかったんだよな」
「……三上?」

 高尾と黒子は眉を寄せる笠松に首を傾げた。

「おい、三上の他に堀北って奴もいなかったか?」
「堀北っスか?」

 どうだったっけ、と思いだそうとする高尾の前で、桜井があ!と声を上げた。

「い、いました。堀北って人」
「うあー…」

 肯定された笠松はテーブルに顔を伏せる。

「俺も、関係あるわそいつら」
「「「ええ!?」」」

 言いにくそうな笠松に、他の5人は驚いた声を上げた。

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