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『試合中に怪我をさせられた受け組、攻め組がぶちギレてチームメイト唖然』
*黒子達は二年生になっています。
「そういや黒子、その頬っぺたの傷どうした?」
「あ、これは…」
「それに降旗も。つき指か?」
笠松に聞かれ、頬に貼られたテープを黒子が撫でる。その横で気まずそうに苦笑する降旗を見て、他に集まっていた高尾、桜井、氷室といったいつもの面々も、何かありそうな気配に興味を持った視線を向けた。
「たいした事ないですよ」
「傷自体は、だろ黒子」
あっさり答える黒子に、降旗は苦笑いから呆れた口調に変わる。
「傷自体は、ってそれ以外でなんかあったって事?」
高尾の疑問に黒子ではなく、降旗が頷いた。当事者の一人であるはずの黒子は、相変わらずマイペースにバニラシェイクを飲んでいる。
そんな黒子をよそに、疲れたような口調で降旗が話し出した。
「先週、柵原高校ってとこと練習試合やったんだけど、その時に相手選手がわざと肘入れてきて」
柵原高校、と聞いた高尾と桜井が一瞬反応した事に笠松や氷室は気付いたが、今はそれを聞かず、わざと、という部分に顔をしかめていた。
改めて黒子のテープが貼られた位置を見れば左目のすぐ下で、一歩間違えれば大怪我である。降旗にしても利き手でないとはいえ、バスケをする大切な指だ。
ちゃんと抗議したのか?という笠松の問いに、それまで話していた降旗は遠い目になり、答えたのは淡々とした態度の黒子だった。
「はい。火神くんが」
「……タイガが抗議?」
『あの』火神が?と聞こえてきそうだ。
普通なら、主将である日向やカントクであるリコ、または影は薄くとも顧問の先生がするものだろうと思うのだが。
「いや、あれって抗議っていうか単なる仕返しのような気が…」
黒子以外の4人は、目を逸らしたままの降旗を見た。その仕返しって?という視線に耐えきれず、降旗は口を開く。
曰く、―――
* *
ガッ!
「黒子!!」
顔の真横から肘を向けられ咄嗟にかわそうとしたが、かわしきれず衝撃に体が浮く。
そのまま体育館の床に倒れ込んだ黒子は、脳を揺さぶられたような感覚と痛みにすぐに立ち上がれなかった。
「黒子、大丈夫か!」
「黒子!血が…!」
「カントク、救急箱!」
日向や伊月の声も聞こえる中、先ほども呼んだ火神が黒子の背中に腕を回して抱き上げる。
ベンチの後ろに運んでそっと横たえた後、動きを止めている相手チームを振り向いた火神の表情は………鬼、だった。
しかも。
「あーあ、あれくらいでぶっ飛ぶってやっぱ弱っちいんだな」
「あんな小柄で俺らの相手はキビシーって」
「さっきの奴もだったしな。ま、これで言われた奴等は全員こなしたし」
「思ったより面倒だったけどな」
黒子を傷付けた当人が仲間と共に暴言を吐く。それに誠凛チームのベンチが殺気立つ中、木吉は相手ベンチに目を向けた。
「お前ら、ふざけるのも大概にしとけよー」
相手の監督の弁である。のん気な、まるで叱る気の無い言い方を聞いた瞬間、黒子と降旗を除いた誠凛の面々から殺気が吹き上がった。
先輩達も河原や福田も、横になっている黒子と指を冷やしている降旗を見る。
――その心境は、「ウチの大事な大事な部員になにしてくれとんじゃゴラァ!!」というものであった。
だが、中でも恋人を目の前で傷つけられた火神は、憤懣やる方ない表情で今にも相手を殺しそうな目で睨み付けている。
その視線にロックオンされ続けている事にようやく気付いたのか、黒子に肘を当てた選手は始めは「わざとじゃねぇんだし」と余裕綽々だったが、そらされない視線に次は怒りだし、終いには殺気に充てられて青ざめ出した。
「な、なんだよ!もう見んなよぅ!」
…ダラダラダラ。相手選手の額から流れ落ちる汗の音である。プラスもう半泣きであった。
しかし、火神の怒りがそれでおさまる訳がない。ゆっくりとコートに足を踏み入れた、その肩をしかし後ろから止めたのは日向だった。
「…離せ」
「気持ちはわかるけどな、落ち着け。ここで暴力沙汰になったら責任感じるのは黒子だぞ」
そう諭されて、火神は黙り込む。黒子の性格を考えれば確かにそうだからだ。
だが、それでは怒りがおさまらない。黒子を、己よりも大切な存在を傷つけられたのだ。
「だったら、どうしろってんだ…!」
拳を強く握り、叩き付けるように叫ぶ。まるでその余波を受けたかのように、相手選手が「ひっ!」と仰け反った。
「ったく、俺らも腹は立ってるが、お前黒子の事になると見境ねぇなぁ。…バスケの借りならバスケで返せばいい。出来るだろ?」
「当然だろ。…っスよ。つーか黒子は俺んだし、俺のに俺がムキになんのは当たり前っスよ」
「「「「………。」」」」
言い放ってそのままズンズンとコートの真ん中へ進んでいく火神を、ポカンとした顔のチームメイトが見る。
なんだかなぁ、と半分は赤面し、半分はうんざりとしたメンバー達は、ここから先の展開を察して先程の殺気もどこへやら。
おそらく出番の無い試合に誰が出場するかと、本気でジャンケンまで考えたのだった。
「うおぉっ!!」
ガコォッ!!火神の手からボールがゴールへと叩き込まれる。
凄まじいダンクはわざとかと思うくらい激しく相手選手らをふき飛ばし、すでに黒子に与えた傷以上のものを彼らは負っていた。
「お前ら何やってる!いつも通りにやれ!!」
柵原の監督から激が飛んでいるが、もはやチームは意気消沈していた。周りから見れば気付かないだろうが、火神は日本式でなくアメリカ式のプレーでお返ししている。
トリッキーで読めない動き、肘や膝を入れようとすると、どうした事か倍の衝撃が返ってくる。黒子をダウンさせるまでと一切違っていた。
「おい、来ねぇのか?」
「――っ」
普通にディフェンスの体制を取っているだけなのに。まるで野生の大型動物を目の前にしている気分になる。
「来ねぇなら、こっちから行くぜ」
「っ、!?」
ビュウッ!と風が横を駆け抜けた、と思ったら、巻き込まれるみたいに腕まで持っていかれる。尻餅をつけばファールになるのに、それをさせない程度に痛みを与えるやり口にゾッとした。
…それを共に出て後ろから見ていた誠凛の三年生メンバーは、呆れて深々とため息をつく。
一方、ベンチにいた河原と福田、降旗の二年生トリオは、初めて見る火神の姿に驚きを隠せずにいた。
「あれ、火神…?」
降旗が思わず呟く。正々堂々、熱血で策謀に向かないと思っていた火神の今の姿に二の句が告げなくなる。
三人はチラッと後ろを振り向いた。
「黒子、お前…」
お前の彼氏、思ったよりも厄介じゃね?と言いかけて口をつぐむ。
関わり合いになりたくないし。と本音を飲み込み、三人は形だけの応援をしたのだった。
* *
「…という訳で、試合が終わったら柵原の選手は全員倒れて運ばれてた」
「うーわー」
高尾が感情を乗せない声で呟く。その間も黒子はずっとシェイクを啜っていた。
「タイガが怒ったのはわかったけど、降旗くんも怪我したなら赤司くんも怒ったんじゃないのかい?」
氷室の質問に、降旗の動きがピキッと固まった。
「降旗くん?」
黙って答えない降旗の代わりに今度は黒子が口を開く。
「赤司くんはちゃんと報復を考えているようですよ」
「ほ、報復、ですか?」
「ええ」
桜井が思わずといったように出した質問に黒子は頷いて、ね、と降旗に顔を向けた。
降旗は言いにくそうに4人に話す。
「……赤司が『来週、柵原高校というところと試合をするんだ』って……」
「『光樹を傷つけるとはね。僕にケンカを売るとはいい度胸だと思わないかい?』とも言ってましたね」
「「「「………。」」」」
聞いた4人は柵原高校の面々に向かって、拝むように両手を合わせたのだった。
ちーん。
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