夜中。
皆が寝静まったころ。
月明かりに照らされたテラスで、二人は向かいあっていた。
「お姉さま、お久しぶりです」
「メリテェアも。全く、頑張ってんじゃない」
黒髪が美しく似合っている義姉、紅葉(もみじ)。着崩した和服姿に獰猛な笑みが性格を表していた。
それにたいして、ウェーブのかかった金髪のショートヘアの少女は、白い衣服が似合っていた。
対称的な二人は、微笑みを浮かべて向かいあう。
その存在を確かめあうように。
「軍の仕事、忙しいでしょ」
「お姉さまほど危険はありませんわ」
そもそもメリテェアにとって、軍にいる意味は。
紅葉の存在がそうさせているのだ。
紅葉にとっては、メリテェアや拾ってくれた親のために、裏社会に身を置いている。
互いにずれた価値観であっても、決して譲らない。信じるみちを馬鹿みたいに真っ直ぐ貫く。
それは、姉譲りだとメリテェアは知っていた。
そのことを知る人は少ない。
姉の破天荒な生き方。
それに憧れを抱いていたと。胸を張って語れないのが苦しいときもある。
皆が見るメリテェアと、姉が見るメリテェアは違う人間なのだと。
気高い花のような、そして軍人として優秀な彼女の裏には、幼い子供が持つ憧れに似た思いと年相応の頑固な夢がある。
全てをさらけ出せるのは、目の前にいる姉だけだ。
「そちらの様子は? こっちは相変わらず、ごたごたしてるわ」
「お姉さまも、いい加減足を洗っていただきたいですわ」
「もう。そう簡単にはいかないわよ」
それはメリテェアもわかっている。
「でも……」
「なに、簡単にくたばらないから、安心なさいな」
獣に似た瞳に、メリテェアはいつも憧れていた。
そう生きれたらどれほど素敵だろうか、と。
もともと軍人になどなる道を進む必要がなかった彼女が進むに至ったのは。
結局、クライスのような国のため、という大志ではなく、クレインのように自身を貫くためでもなく。
誰よりも甘い、憧れを追いかけた夢見る少女だったからだ。
そんなこと、口がさけても姉にしか言えない。
皆が抱くメリテェアの幻想を、砕いてはならないから。
まあ、紅葉はからから笑い飛ばしてしまうのだが。
女はそれでいい、と。
「ところで、軍にツキ・キルストゥっていない?」
「ツキさんなら知り合いですけれど、キルアウェートではなくて?」
「あれ、キルストゥって聞いてたけど……まあいいわ」
そういえば、キルストゥは大罪人という噂を軍内部で聞いたことがある。
「彼がアイスとかいう友人を持っている」
「交遊関係はわかりませんけれど……なにか問題がありますの?」
「アイスって、ギャンブルの町の長の一人息子なのよ」
「あら」
と驚いてみたものの、それが意味するものが掴めずにいた。
「あの町、注意しておいたほうがいいわよ」
「いつもいさかいがあると聞いてますわ」
「キルストゥが、関わってるだけでヤバイわよ」
「あの、ツキさんキルアウェートですよ、お姉さま」
「ああ、キルストゥは東の国の王族を殺しまくった一族ってのは知ってるわね」
「はい……噂程度には」
もしそうなら入隊時になにかしら調査が入るのではないか。そんなことを考える。
「ギャンブルの町の長が、その東の国の王族ではないかって話があるのよ」
「え?」
「だから、ツキ・キルストゥ……じゃないんだっけ? には気をつけてみて」
「あ……」
「今はまだなにもないかもしれないけど、今後どう転がるかわからないからね」
「姉御ー! ととっ、お嬢様もご一緒で!」
下を見ると、路上に黒塗りの車が迎えに来ていた。
ちなみにお嬢様はメリテェアをさしている。
「今いくわ。大声ださないっ! ったく」
「お気をつけて」
「ええ、またね、メリテェア」
ウィンクして紅葉は颯爽とテラスから飛び降りる。
その姿を見届け、メリテェアは息をつく。
「これからも、気をぬけませんわ……」

日常の仕事のみならず、メリテェアはこれから芽生えるだろう問題に、憂いを抱く。
それしか彼女にできることはなかった。
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