ツキは妖刀を手に、天使たちをなぎ倒していた。
「世界が壊れてやってきたものを総じて天使と呼んでいる。しかし彼らは世界を侵食する魔であり、それを祓うのが、俺がやらなきゃならない役目だ」
「エリーさんも、殺すのか?」
「いや。クライス。死人であるお前を、斬る」
「……は?」
「クライスくんは、薬で成長が止まったと思ってるけど……本当はもう死んでるから、成長しないんだ」
ベクトルたるフォークは、淡々と事実を告げる。
「嘘、だろ」
「クライス……心臓を撃ち抜いても死ななかったのは……死人だから? もしかして神が作り出した天使、にされたのか? あの姉妹の双子の親にっ」
「ネームレス、あんたは撃ったのか……エーテル弾なら、クライスを殺せたかもな」
ツキは妖刀をクライスに向ける。
「なあ、死んだら……おれは、どうなる」
「あの世に向かう」
だから、死んでくれと。
ツキは、彼を真っ直ぐ見据えた。
「そうであって欲しい、願望だ」
「クライス……」
ネームレスは、対戦車ライフルを構えたまま、動けなかった。
「天使は、犯罪者を生み出す存在だ。軍人としては……殺すのが、正解だ」
「神がラッパを吹いてしまったいま、沢山の犠牲を出さない、人類の未来のために――死んでくれ、クライスっ」
ツキは妖刀に導かれるように、それをつきだす。
(おれは……人を救うために軍人になった……でももう……人じゃない……人を惑わす神の御使い……天使という名の、死人なのか……?)
「クライスっ」
「キルストゥ、行くな」
ネームレスは、キルストゥという名の少年の手首を握りしめた。
「でも」
「ツキも言っただろう。妖刀は、魔を祓うものだ」
肩から下げたライフルの重さに苦笑しながら、ネームレスは、斬られるクライスを見つめた。
血の代わりに、天使同様、白い光が宙に舞った。
「あ……」
「クライス。兄弟揃って恨んでくれてかまわない。避けないでくれて、ありがとうな」
「つ……き……」
本来の歴史では、キルストゥの賞金目当ての軍人にツキは殺されていた。
そしてエルニーニャでは失踪となり、東の国ではキルストゥの一線から退いた、死人に近いものだ。
フォークは崖から突き落とされて死亡。その後、ベクトルの力で転生を果たしている。
クライスは、本来の歴史ではクレインを亡くし、軍人となったが度が過ぎた行為によりネームレスによって銃殺されている。
そして、いま。
「おれ、死ぬんだな」
そのクライスの呟きに、ツキは笑う。
「奥の手は、最後の最後までとっておくものだ」
クライスは消えていく意識の中で、それを聞いた。



「傭兵、シーザライズ……?」
「クライス・ベルドルードの仮そめの肉体創造を為せるのは、オレだけだからな」
ネームレスは彼を睨み付ける。
消えゆくクライスを見たシーザライズは、手を向ける。
「あの人の特異能力は、下手したら世界を揺るがすほどの能力者だからね」
ツキは妖刀をしまいながら告げる。
消えゆく光、天使の力は霧散する。
その代わりか、突然。
無傷の、クライスの姿をしたものが生まれた。
シーザライズはお手のものと言わんばかりに笑いながら。
だからネームレスは理解する。
人知を超えた能力がありながら、国に所属せず傭兵を続ける理由。
「魂は二つあるのな。まあ、おかげでほとんど生前とかわらないと思う。魂の欠落はなし」
「あんたは、あんたも神か?」
キルストゥの少年は、シーザライズにナイフを向ける。
「違うさ。おりゃ単なる物質創造ができるこの世の異分子さ。まあ、傭兵やるにゃいい口実だけど」
「ツキ様!」
「キルストゥくん、大丈夫。この人は、恩人だから。裏切ることはないよ」
絶対の信頼を込めた言葉。
「あ……れ、いき、てる?」
「完全な人間ってわけじゃないからな、一応、人工人間みたいなもんさ」
シーザライズが告げると、彼は背を向ける。
「おれは、助かったのか?」
「人間もどきしかできないんだ。知識不足でさ。でもあいつのおかげで、この能力のこつが掴めてるから。天使から人間もどきになったから、よいか悪いかは君が考えてくれ」
ひらひら手を振りながら、シーザライズは役目は終えたと去る。
「……クライスを、助けてくれてありがとう」
「名無しさん、らしくねえな」
「あの上官……中将からの頼みだったのか?」
「さあ? あの神は部下を駒としてしか見てないからな。知らんよ」
言い終えると、彼は歩いていく。
「シーザライズさん、ありがとう」
「また、会いましょう」
「ツキのためなら、いつでも」
手を振るだけだった。
でもそれだけ彼らの信頼関係があるのだと、クライスは理解した。
「クライス。軍に戻るか?」
「おれは……」
「軍はお前を捨てた。だから……逃げていい」
ネームレスははっきりと言った。
「この任務で、お前を追い出す口実を作りたかったんだ。そんな国に、尽くす理由はないだろ?」
「先輩……」
「お前を撃って、悪かったな」
「じゃあ、クライス。殉職したってことで、俺たちと旅しないか?」
「キルストゥ様……」
「みんなで旅するのは楽しいからな」
「おれは……」
「クライスくんは、残してきた人が沢山いるもんね」
「だが、新しく生きるなら今しか時間がないぞ」
「先輩……」
「寂しくなるが、おりゃなれてるからな。この手を汚してきてもいる。だから、どうするかはクライス、お前が決めろ」



「ベルドルードが天使とわかり殺害、と。ネームレス、お疲れさま」
「……お前」
「大佐、これは最初から天使殺害のための任務でもあった。ベルドルードがお荷物だとは言わないが、必要な措置だったよ」
「でも……くそっ」
「暗部は甘くない。怪しい人間を生かしていれば、表に支障が生じる」
「……神はともかく、これから暗部は天使たちを討たねばならないですね……」
「それが我々の任務だ。表には悟られることないように」



「ツキ、それ焼きすぎ。ベックーはねあーに食われすぎ」
「キルストゥ様の弟君にあだなす生き物は」
「ねあーに手を上げたらだめだっ!」
「さらわれたフォークは、無事に天に召されました」
「無事じゃない、帰ってこいフォーク!」
男三人と、ベックー。
こうして、社会的に死を迎えた彼らの旅は、始まった。
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