「お疲れさまっ!」
元気はつらつな挨拶。
そんな後輩に返事をし、クレインは金髪にそっと触れた。
目の前のパソコンの電源を落としたい衝動にかられるも、まだやるべき仕事が残っている。
他に誰も残っていない室内。
残されたのは、単純な数値の確認をするクレイン自身のみ。
「……はぁ」
かちかちとマウスを鳴らしながら、思考は別の方向に飛んでいた。

今朝の朝礼で聞いた、無差別通り魔事件。
夜間に女の子を狙って切りつける。未だ犯人は逃亡中……。
とはいえ、軍の中央での事件、すぐ犯人は捕まるだろう。

「ふぅ」
そんなつまらない情報を思い返していたら、データの終端に達していた。
「さて、帰りましょうか」
明日はリアさんたちと久々に昼食をとれる。
仕事の疲れも吹っ飛ぶだろう。
パソコンの電源が落とし、部屋の戸締まりを確認、そして電気を落とした。
「クライスは帰ってるかな」
兄の姿を想像し、少し肩を落とした。
最近はなにかあるとフォーク君の話題ばかりだ。
まあ、仕方ない。男の子とわかっても好意は変わらないのだから。
いやそれは別に構わない。本人たちの勝手だ。
「……はぁ。疲れてるのね」
そう小さく呟き、クレインは職場である中央指令部から出ていった。

暗闇は灰の空模様のせいだ。
街頭の明かりをなぞるように、帰路を行く。
――軍に入れば、立派な女になれる。
なんて、考えていた時期があった。
兄のせいだ。
フォーク君に会うまでは、敵に情は無用、国の敵を排除するのが役目だと本気で思っていた。
それが父の背中を追う行為だと知っていた。
父さんは、退役するまではかなり厄介者だったらしい。
幾度も上層部と楯突きながらも、地位を落としてさえも、国のためならなんでもした。
裏に通じる人との人脈もあるとか。闇医者の知り合いもいるとか。まるでメリテェアのようだ。
メリテェアもお姉さんが裏社会に足突っ込んでしまったせいで苦労していると言っていた。
皆、それぞれ苦労を抱えている。

足音が近くに来るまで気付かなかった。
右腕に鋭い痛みが走る。
「きゃっ」
後ずさると、目の前にナイフを掲げた男の姿があった。黒く、塗りつぶされたような全身。ただ目が爛々としていた。
――ああ、声がでない。喉の奥がひくついている。
頭の中で警鐘が鳴り渡っていても、体は凍りついたように動かない。

コロサレル?

単調な思考に単調な結論。
それが恐怖と共に体を蝕む。
男は、ナイフを――

振り上げ、た。
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リゼ