私の記憶の中の彼は、いつも笑っていた。

怒っていたときも悲しんでいたときも、最後には必ずそばかすの散る頬を上げ口をめいいっぱい広げて笑っていた。
朝の挨拶、ご飯の前のいただきます、たくさん食べたあとのごちそうさま、感謝を込めたありがとう。彼はいつもあの眩しいほどの笑顔を、仲間や見ず知らずのひとにだって振り撒いて。
そんな彼を仲間たちは可愛がっていたし、実際のところ島の女性や子供にも怖がられずに受け入れられ(マルコさんやジョズさんたちは距離を置かれていた。まあ強面だから)、笑顔の彼の周りには同じく笑顔のひとたちが溢れていた。

皆から好かれるその笑顔。
なのに私は何故だか、真っ直ぐに受け止められなかったのだ。










『おう!のんでるか?』

『…エース』

何かと理由をつけてほぼ毎週行われる宴も終盤に近づいたころ、大分と浮かれた声(つまるところ酔っている)がしたので振り返ると、酒にはかなり強いはずの隊長がいた。エースがこんな風になるのはとても珍しいことで、私が見るのは二番隊隊長就任の宴のとき以来である。
あからさまに呆れた声で彼の名を呼ぶと、気分を害したのか眉間にシワを寄せ口をへの字に曲げた。

『何だよー冷めてんなァ…飲んでねェのかよ』

『…どれだけ酒飲んだの?』

『んー…?こんくらい、だったか?』

私が質問をスルーしたことは気にしてないのか忘れてるのかわからないが、彼はにへらと笑ってこんくらい、と両手を大きく広げた。

(ああまた、えがおが、

『わかったわかった。…で?何か用事でも?』

これだけ酔っている相手に何を話しても無駄だと踏んだ私は早々に話を切り替えた。

(違う、ほんとうはうけとめられない、だけで、

『用事がなきゃ駄目だったのかよ?』

『……いや、そういう訳じゃ、ないけど』

『んだよー何かお前変だよな最近』

『…そんなことない』

『間があった。なァ、どうしたんだよ。おれにも言えねェことか?』

…いつも鈍感なくせにこいつ。そんな優しく笑って問いたださないでほしい。じっ…とエースの顔を見ていると、『どうした?』と私の頭を柔く撫で、微笑む。そんな顔で、見ないでよ。

(受け止められない、私に、

『エースは…いつも笑ってるな…って、思って』

ああ、私はなんてひねくれたことを言ってしまったのだろう。慌てて撤回しようと顔を上げると同時にエースが真っ暗な空を見ながら話し始め、出そうとした言葉は出ること無く私の中へ帰っていった。

『んーいや、そんなに意識したことないんだけどよ』

言葉を探すようにゆっくりゆっくりと話し、呆けて話を聞いていた私にふわりと笑いかけた。

「笑えば、幸せになれるって聞いたことあるんだ」

そう言った彼の表情は笑っていたけれども、彼が奏でた声は、ひどくぼんやりとしてそれでいて哀しそうな。







以来、私は彼の笑顔の度にあの哀しげな声を思い出し、まるで泣き笑いのような、悲しみを噛み殺して笑っているような、そんな錯覚を覚えるようになってしまった。
私の思い込みであって、彼自身そんな自覚は無いだろうし、周りだって思っていないはずで。きっと彼からしたら、いい迷惑、身に覚えの無いこと。
いっそ、泣いてくれたらと、哀しみを散らしてくれたらと、願っていたことも。
過去、受け止められないと思った私は、どこかであの声を聴いたのか。それは今も解らないまま、時は悠久に流れた。





彼が船を降りて1年近くなり、思い出す笑顔には靄がかかっている。毎日顔を突き合わせていたにも関わらず、会わなくなって1年経つだけであの笑顔さえぼやけてしまうのに、


『笑えば、幸せになれるって聞いたことあるんだ』


あの、声だけは今でも鮮明に脳裏に甦るのだ。












笑顔の次をずっとまちわびてた
処刑台の上、小さく映る人影は、今どんな顔をして居るのだろう。
無表情?眉をめいいっぱい寄せてる?もしかしたら微笑んで最期の時を待っている?
どれかは解らない。解らないけれど、どうか心をそのまま映した表情をしていて欲しい。
格好悪く泣いていたって、死にたくないって叫んだって、誰もあなたを責めはしない。
















企画「Hello,baby」様に提出。
ありがとうございました。

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リゼ