悪魔と悪魔
(原作101話辺りです)



ーああ、人間だ。

この収容区に溢れる人々の影とざわめきを遠くに見て、思った。

ああ、こんなところにも、人間が居たんだな、と。

ここはまるで、私たちの壁の内側みたいだ。
この世界は理不尽で、そして、知らないことであふれている。

「ーいい、みんな。"民間人"への危害は最小限に。」

ざわめきを遠くに聞きながら、灯りの届かない真っ暗闇の中、埃っぽい屋根の上で、集った彼らは息を詰めた。

「民間人?」

フロックの敵意を含んだ呟きに、一瞥と短いため息を返す。
嗜めるまでもない。そのうずまく感情は、ここにいる全員が分かっている。

闇に慣れた目でもはっきりとは捉えられない彼らの目を、それでも1人ずつじっと覗き込むように見た。

「作戦は頭に叩き込んだね。分かってると思うけど、未確定の部分が多い。班を崩さないで。連携は密に。あと、」
「死ぬな。生き延びろ、だろ?」

ジャンに遮られた。

「分かってるよ。4年間散々聞かされてるからな。」

今度はコニーだ。
それはたしかに私が言おうとしたそれで、これまで何度も言い続けてきたそれで、眉間に皺が寄る。

「…相変わらず小生意気だね。」

彼らは新兵ではなくなった。
壁外の巨人を淘汰したとはいえ、それまでに、そしてその後も彼らは多くの修羅場をくぐり抜け、仲間を失い、ここに居る。
前はつるっつるでかわいかったジャンがあごひげを生やし出し、深く悲観したのは最近のことだ。
でも、彼らは変わらず、今も私についてきてくれている。
激変の渦に共に飲まれてから今。彼らは最早頼りない新兵ではなく、この背中を預けられる同士だった。

「分かってるなら、いいんだよ。ー…行こう。」

みんなが頷いた気配の後、風を切る聞き慣れた音と共に彼らは持ち場に散った。

広場の方から響いた重い地鳴りと咆哮が、始まりを告げた


***
「私たち、エレンを悪魔にしちゃったね。」

死角の屋根の上から様子を伺っているリヴァイの横に、同じように気配を消して伏せた

「あいつは、自ら悪魔になったんだ。ならされたなんて、思ってもいねえだろうよ。」

初めて、あの地下牢で見た燃えるような翡翠色の瞳を思い出した。

彼の中の正義は、揺るがなかった。その正義をもって、彼は今悪魔になることを選んだ。
狂ったように、しかしひんやりする冷徹さで暴れるエレンを見て、頬に涙が溢れた。

彼らが、私たちにとって、そうだったように。
これから、私たちは悪魔になる。

地獄。残酷な世界。それは、悪魔の襲来によって突然訪れる。
あの日、私たちがそうだったように。

「−おい、泣いてんのか。」

「うん、嬉しくて。」
 
「罪悪感で、の間違いじゃねえのか。」

「私たち、まだ、足掻いていいんだね。」

生きるために。
それは、この世に生まれてきてしまったから。
リヴァイと出会ってしまったから。

だから、私は、私たちは、生きたくて、生きたくて。

だから、
私は、悪魔になるよ。

「…ああ。」

死ぬな。生き延びろ。

リヴァイが、闇の中からこちらを見つめた。
一つ頷いて、私は飛び立った。

初めての壁外調査で、初めて広い空に飛び立った時と同じように。
ただ、自由を求めて。

生きるために、私たちは悪魔になるのだから。

悪魔対悪魔

さあ、生きるのは、どっちだ。
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リゼ