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「やだ。」

気心知れた連中での不定期な飲み会も、かなり夜も更け、残っていたいつもの顔ぶれが覚束ない足取りで立ち上がり始めた時、nameは仏頂面で相変わらず座り込んだまま、酔っているにしては頑とした口調で呟いた。

「やだ、まだ帰りたくない。」

近くに居たエルヴィン、リヴァイ、ハンジはその声にふと足を止め、振り返る。
こうなったnameは、煽てても宥め賺しても岩のようにそこを動こうとしないことを、彼らは長年の経験で知っていた。

ぽん、と左右から両肩に置かれた手に、リヴァイは憎々しげに一瞥をくれため息を吐いた。

「じゃあ、後はよろしく!」
「すまないな、明日早くから王都へ行かなくてはならないんだ。」

いつからか、こうなったnameの相手はいつも自分の役目だ。
短く一つ舌打ちをすると、遠ざかる足音たちを背中に聞きながら再びnameの隣の椅子を引いた。


「で、今度は何だ。」

リヴァイの問いかけに、氷が溶け薄くなった手元のグラスに視線を留めたままのnameに内心短く溜息を吐くと、近くを通った店員にウイスキーの追加を告げる。
今夜は長そうだ。




「二股だったの。」

注文したウイスキーを一舐めした時、ずっと黙りこくっていたnameが、怒りをぶつけるように吐き捨てた。
リヴァイが視線をやった横顔は、まだグラスを睨みつけている。

「二股だった、あの男。私が兵士だって分かった途端。あんな冴えもしない町娘なんかと。」

「…ああ。」

そんなことだろうと思っていた。思わず、またか、と続きそうになった言葉をリヴァイはウイスキーと共に飲み込んだ。

「…またか、って思ってるでしょ。」

久しぶりに動いたnameの視線は非難めいていて、酔いのせいか、はたまたその「二股男」のせいか、縁が赤く染まっていた。
無意識に言葉に出てしまっていただろうか。出ていてもおかしくないかもしれない。何せ、またか、なのだから。

だが思っていようが言葉に出ようが本当はnameには関係ないのだ。
今目の前の人間が求めているのは、ただ「吐き出すこと」、それのみだ。

「それで、今度は。」

いつから自分はこんな役回りになったのか。
いつものようにただその話を聞き相槌を打ち続けるために、付き合いの長い熟練の女兵士に体を向ける。

「こっちから振ってやったわよ!当たり前じゃない!あんな腑抜け私だって願い下げだっつーの!!あ、これ新しいの持ってきて。」

横を過ぎようとした際に、nameにぶっきらぼうにグラスを突き出されたその馴染みの店員に、リヴァイは目線で詫びた。定期的に繰り広げられている見覚えのある光景に、店員も肩をすくめてリヴァイに笑顔を返した。

今度は、とは、振ったか、振られたか、だ。
nameにとってはそれも重要な事柄なようで、また、それによってこのあとの荒れ具合も多少変わってくる。
二股は大荒れの要素だが、自分から振ったなら少しはマシか。リヴァイは以前から話にのみ聞いていたその姿も知らぬ男に、心中で毒づいた。おかげで自分はまたもこんな状況だ。

「そりゃあ良かったじゃねえか。そんなグズ野郎じゃお前は手に負えねえだろう。町娘にでもくれてやってさっさと次でも探したらどうだ。」

「言われなくてもそうするわよ。…でも、」

運ばれてきた酒に言葉を切り、nameは酔っぱらいのオヤジよろしく一気にグラスを煽った。

「でも、あいつ、私の事本気だって、言ってたのに…、」

半分ほど一気に暈が減ったグラスをテーブルに半ば叩き付けるように置くと、nameの声が震えた。

nameの涙に少しばかり動揺していたのも、随分昔の話だ。今となってはもう、それに動じることもない。

「この時勢、一般の輩が調査兵団の兵士を相手にするわけがないと分かっていたから隠してたんだろうが。そんなに男が欲しいなら、兵団内で手を打っておけばいい。毎度同じことをピーピー言いやがって。」

「やだ、何で明日死ぬかもしれない男と好き好んで付き合わなくちゃいけないの。有り得ない。」

それがそのまま相手の男の本心だったのだろう、と、またしても余計な言葉が口元まで昇った。
そういえば以前にも、同じやり取りがあった。その時のnameの言葉を覚えている。「私はいいの、相手が我慢すればいいんだから。」だ。そこに理屈なんてありはしないのだ。


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リゼ