be master of life
今日の巨人の群れとの応戦でやつらに食い千切られた兵士は、確か最後の同期だと言っていた。
開門前に、隣の陣形に配置になったその同期と、生きて帰ろうと笑顔で言葉を交わす姿を見たことを、思い出した。
俺の班の部下も、二人食われた。
優秀な兵士だった。優秀であるが故に、今回前線が崩れることを確実に阻止するために編成された特別作戦班なんていうものに任命された。
俺が任命しなければ、やつらもここで命を落とすことは無かったかもしれない。
そんなことを考えたところで、意味はない。
チッと舌打ちが漏れる。
どうかしている。
夜だからか、班員の任命時にあいつらが見せた嬉々とした表情が、共に訓練に励んだ時間が、頭から離れない。
罪悪感なんてものは、何の意味もない。
そして、それを感じるってことは、散っていったやつらに、失礼極まりない事だ。
中継地点の野営場で、ざわつく心臓を鎮めるために夜風にあたろうと、崩れかけた使われていない見張り台に出た時、nameは静かに涙を流したまま夜空を睨みあげていた。
本当に、睨み上げるというのがぴったりとくる、不機嫌そうに、音もなく空を睨んでいた。
月明かりがその表情を照らし出す。
そう、確か、あの応戦時に、陣形を崩された索敵班にいた兵士が、最後の同期だと言っていた。
こちらには気付かないnameを少し離れた場所からじっと見ていると、空を睨んでいた目が閉じられ、苦しそうに眉間に皺が寄った。そして、両手で耳を塞ぐようにする。
同期の断末魔が、響いているのかもしれない。
俺たちの班が援助に入ったその直後、nameの目の前でその兵士は食われた。生にすがる最後の叫びは、何度聞いても慣れる事はない。
耳を塞いだまましばし俯いていたnameは、しかしごしごしと腕で涙を乱暴に拭うと、もう一度夜空を睨みあげた。その頬には、もう涙は流れてこなかった。
そして、その瞳はもう苦悩に歪んではおらず、決意に満ちた強い輝きを持って、空の遥か彼方を見つめているようだった。
その、凛とした様子に、目が離せなくなる。
「…、兵長…。」
どれくらいnameを見つめていただろうか。
息を詰めていた俺に気付いたnameは、さっきまでの出来事が夢の中のように、いつも通りの微笑みを浮かべた。
nameの隣に歩み寄り、冴えた月明かりの中の、広大な世界に視線を落とす。
止まっていた時間が正常に流れ始めたように、身動きできなかった体はすんなり動いた。
「…大丈夫か。」
「…見られてましたか。」
まるでいたずらが見つかった子どものような顔をして、nameは笑った。
「…大丈夫、じゃ、ないですけど、」
弱く溢れた言葉に視線をやれば、涙が浮かんでいるかと思った瞳にはやはりまだ微笑みがあった。
「今、約束をしてたんですよ。」
「約束?」
「同期に。私は、何があっても生きてやる!って。」
「…、」
「後ろは、振り向かずに、歩くって。」
照れたような、でも納得したかのような満面の笑みは、目の縁だけが赤く滲んでいて、思わず腕が伸びそうになった。ぴくりと不自然に動いてしまった腕に、nameは気付いただろうか。
「そうか。」
「はい。」
不意に落ちた沈黙の中、お互いに何となくまた空に視線をやる。
まだまだ甘っちょろいガキだと思っていた、俺が守らなければならないか弱い女だと思っていたこいつが、しっかり成長して、今目の前にいるのは立派な一人の兵士であることを感じた。
そして不覚にも、その言葉に、心臓のつかえが取れたような気分になった。
俺の方が、救われてどうする。
「兵長、」
思わず自嘲が漏れたところに、ふいにnameが呼びかけた。
横を見ると、じっとこちらを見入る視線とかち合う。
「何があったって、私は兵長の味方です。」
前触れなく吐かれたセリフに、言葉が出ない。
そのままただ見ていると、またいつもの笑顔でnameは続けた。
「兵長の選択が合っていたか、間違っていたかなんて、誰にも分からないけど、でも私は誰がなんて言ったってあなたの味方です。」
今度は、完全に心臓のつかえが取れたのだ。
自分でもその感覚が不意なもので、瞬間にこみ上げてきたものを押しとどめるように、目の前のnameを腕の中に閉じ込めた。今、自分の顔がどんなことになっているか、こいつに見せたくない。
「だから、兵長は翔び続けてください。兵長が居れば、私もただひたすら前に進めます。」
「偉そうなこと言いやがって。」
抱きしめたまま呟くと、胸元に埋まったnameが楽しそうに笑った。
吐き出される息でそこが温まる感覚が、心地いい。
そのままの言葉をお前に返す、と耳元で言うと、nameは笑いが止まらないように肩を震わせるので、一発頭を小突いておいた。
be master of life
(自分らしくある為に、神様がくれたもの。あなたに出逢えたこの奇跡。)
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