それは、愛ということで?
「ーおいてめえ、どこに行く気だ。」

ドアノブに手が届く直前に聞こえた背後からの声に、びくっと背筋が強張った。

ああ、やっぱり、ここは。

「…へ、兵長…、」

の、お部屋、なんですね。
夢では、なかった、のですね。

「いや、あの、余り長居をしては、失礼かと思いまして、」

しどろもどろの私は、すでに涙目。いや、目が覚めてから脳内はずっと涙目だ。兵長の部屋だというのが現実だと分かったらもはや号泣だ。

ことり、と兵長が手に持っていた水差しとグラスをテーブルに置いた。
私の視線は自然にそれを追う。

背後の窓から、すっきりと気持ちのい朝日が差し込んでいる。何て清々しい朝なんでしょう。私の気持ちは豪雨ですけど。

動けないでいる私を、兵長は強い力で引っ張って、抱き上げて、部屋の少し奥にあるベッドに放り投げた。
さっきようやくコソコソと抜け出した所に、すぐ逆戻りだ。何と早い帰還だろう。ただいま。

「あの、兵長、ちょっと、」

今にも巨人2、3体削ぎそうな目で、兵長がぎし、と音を立てて私の上に跨ってくる。
近いですちょっと心臓もたないですどいてください。

先ほど混乱しながら乱雑に着た、床に落ちていた昨日の服から、酒場で誰かが吸っていたタバコの匂いがした。
そのせいで、曖昧な記憶の奥の出来事がにわかにフラッシュバックして顔が破裂するかと思う。

「まさかヤリ逃げする気じゃねえだろうな。」

「や、や、や、ヤリ逃げ?!」

この方は朝っぱらから何という単語をお吐きになるんでしょう。
兵長は真顔でたまにこういう本気なのか冗談なのか分からないことを言うから、元々冗談の分からない私はいつも混乱しっ放しだ。

「いや、ヤリ逃げって、そ、それどちらかというと私のセリフでは…、」

体がベタベタする。きっと昨夜はお風呂に入っていないはずだ。それに、きっと髪もボサボサだし、今朝もまだ顔を洗ってもいない。
こんな状態の私に、それ以上近付かないでほしい。いや、この状況はそういう問題でもない気がするけど、気になる。

「ほう…、そんな心配をしていたのか。」

兵長から、わずかにアルコールの匂いがして、でも不快じゃないから私も重症だ。昨夜も近くでそんなことを思ったことを思い出した。

「安心しろ、俺はこう見えて一夜だけの繋がりは持たない方だ。」

兵長の手が、びっくりするほど優しく私の前髪をかきあげた。
心臓がぴくりと跳ね上がる。だめだ、もたない、心臓が。

「酒に飲まれて適当に手を出すほど、若くもないんでな。」

それは、つまり、一体、どういう。

「お前が、俺を満足させ続けてくれればそれでいい。」

「え?」

いつも逞しくて素敵だと思っていた腕が、顔の両側につかれている。さらりと落ちる黒髪が、きれいだ。
その黒髪を目で追いながら、

「満足させられなかったら、終わり、ですか。」

ぽろりと言った私に、兵長はわずかに口角を上げて見せた。
そんな顔、見たことない。

「nameよ、恐らくその心配はない。」

落ちてきたキスも、びっくりするほど優しく、心臓がねじ切れる気がした。これ、私、死なない?もしくはもう死んでる?ああ、死後の世界なのか?


結局、シャワーを浴びて、身だしなみを整えられたのは陽も高く昇った頃だった。





それは、愛ということで?
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