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「○○殿ぉぉぉおおおおーーーーー!!!」
『!! やかましいわぁああーーーー!!!』
「……○○さんもね。」
失礼だな。
一足早く此方へ着いた佐助の言葉に、内心突っ込みを入れる。
幸村様の姿はまだ見えないものの、毎度の事その声は先に届いて耳を痛めている。
俺は甲斐の山守。
山賊や野盗の動き、動物達の生態、植物の繁殖等を見ている。そして時折それを城へと報告している。
甲斐の山といっても広大だ。俺以外にも代々山守をやっている奴もいる。
俺の家も代々上田城を中心としている山守だ。故に報告は毎回、上田城になる。
自ら山を降りることを面倒くさがって、報告はもっぱら鳥を飛ばしていたら…、ある日城主自らやって来やがった。
今までも城主なんて見たこともなかったが、こんなに若い野郎だったのかと内心驚いたが…。
「この度!! 御館様より上田城を任された、真田源二郎幸村と申す!!! そなたが"山守"殿でござるかっ!!?」
…なんて。目の前で会話しているにも関わらず、山びこを飛ばすかの如く大声で話され、俺の自慢の耳は潰れ掛けたのだ。
その後、連れの忍に何度も頭を下げられた。
それからというもの、幸村様と佐助は時折こうして、山にこだまを響かせながら登ってくる。
動物たちが驚くから止めろと何度もいえば分かるのか、このバカ殿は。
「…○○さん、言うねぇ〜。」
『……声に出てたか?』
苦笑いしながら頷く佐助。
一応、城主だ。気をつけなければな…。
……今度こそ声には出していなかったと思うが、何やら感とった佐助が目頭を押さえていた。
そうこうしている内に、土埃をたてながら走ってくる幸村様の姿がみえた。
「…! ○○殿!! お久しゅうござる!!!」
俺の目の前にピタリと止まり、頭を下げた。
『……久しぶり…なのかわからんが。幸村様、何度言えば声をもう少し潜めて貰えるので?』
動物たちが驚くでしょう。と、頭を上げた幸村様を、身長を活かし上から見下ろしながら尋ねる。
ビクリと幸村様の肩が跳ねる。
真っ直ぐなその瞳が不安に揺れるのを見ると、なんとも子どもを苛めている悪い大人のような気になってしまうが…、これはいい加減理解して貰わないと、俺の耳にも多大な影響を与える。
それに、俺の記憶が確かならば、ほんの1ヶ月前も同じような会話をした覚えがある。
「…も…申し訳ござらぬ。……その…、○○殿と会えると思うとつい…。」
「ごめんよ、○○さん。…旦那にはまた俺様からキツ〜ク言っとくからさっ!……それに今日は特別な用事が合って来たんだし。」
項垂れる幸村様を庇うようにして佐助が前に出てくる。
『…? 特別?』
首を傾げた俺に、そうであった!と急に元気を取り戻した幸村様が、思いきり佐助を押し退け俺の手を掴んだ。
……いい音を立て木にぶつかった佐助を心配してやれ。
「○○殿!!是非っ!…」
『声。』
「!! …パクパクパクパク…。」
『………読唇術はわからん。』
何故そうなる。
俺と同じくらいで話せと伝えると、やっと理解してくれた。
「…○○殿、是非某と一緒に上田城に来てくだされ!」
『…? 城に?』
何故だ。と尋ねる俺に、赤くなった額を触りながら佐助が続けた。
…纏めると、上田を視察に武田信玄公がやって来る。故に、山の現状を俺自ら話して欲しいというものだ。
………ということは。
『………山を降りなきゃ駄目ってことか?』
「…………そりゃそうだよね?」
『……………身形を整えんといかんてことか?』
「……御館様の御前であります故…。」
『…………。』
「「……?」」
汗を流す俺に、首を傾げる二人。
山を降りる…。
俺は滅多に山を降りない。以前降りたのは…、確か、山の麓の村人が怪我をして送り届けた以来だ。
山で産まれて育っている俺は、目や耳がどちらかといえば動物的だ。つまり敏感。故に人が多くいる場所や、光や匂いが強い場所は苦手だ。
賑わう城下などもってのほかだ。
手入れなどしない髪や髭のお陰で、何とか遮られて村に入ることが出来たのだ。
身形を整えるということは、それを切られるということだろう…。つまり何も遮るものが無く"そこ"へ行くいうこと。
無理だ…。
絶対に無理だ。
しかし、真田幸村様のように此方に気軽に来ていい相手ではない。幸村様もそうであるはずだが…。
相手は甲斐を統べる武田信玄公だ。行かぬという訳にはいかないだろう。
頭を抱える俺の隣で、佐助が何やらいい笑顔で剃刀を構えていた…。
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