護り愛し敬う 2


「…ッ!○○!!」

『…?竹谷?』

帳簿付けから三週間。
まだ人の少ない早朝の食堂にて○○の姿を見付けた同輩の竹谷八左衛門は、燻っていた火種が再び息を吹き返したように怒気を強め、荒々しく掴み掛かった。

突然の出来事にも眉すら動かす事無くギラギラと光るその目と対峙し首を傾げる○○に、八左衛門は歯を鳴らした。

「○○…!お前鴉達に何を教えてやがんだ!!」

『?…"何を"とは?』

「ッ!?とぼけんな!!先々月の裏々々山の"アレ"はお前の鴉の仕業だろうが!」

八左衛門のその言葉に○○は思い出したように ああ。と呟いた。


竹谷八左衛門の怒りの源。それは先々月程前に行われた鴉の縄張り争いによる学園の動物達の変化だ。
元々学園で飼育している獣遁用の鳥や動物達とはまた違う○○の"使役"動物達は、それぞれが高い知能と技術、そして誇りをもっている。普段は学園にいることが少ない○○と共に行動しているのだが、学園に戻ると同時にその動物達は各々好きな場所へ散っている。それは学園にいる動物達への配慮でもある。


「下級生でも遊び場にする学園の近くで縄張りを主張しやがって…ッ!そんなに学園の動物達が嫌いかよ!!」

『別に嫌いじゃない。』

「ッ!!じゃあ力の差を見せ付けてぇだけかよ!!」

ギリギリと掴んだ着物の合わせの皺が深くなる。

しかし八左衛門の言葉をそのまま捉えた○○はその答えを固定した。
縄張り争いとはそういうものだと。

八左衛門は反対側の拳を振りかぶった。



ガシッ

「…朝から熱いな、八左衛門。」

「ッ!?立花先輩!?」

突然掴まれたその手に驚き八左衛門は思わず掴んでいだ手を離し距離を取った。

対し、○○は笑みを深くし頭を下げた。

『おはようございます、作法委員長。纏う火薬の香がその御美しさを妖艶に引き立てておいでですね。…一日の始まりにその御姿をこの目に焼き付ける事が出来至極光栄です。』

「フッ…お前と会うときは出来れば違う香を身に付けておきたかったがな。お互い"使い"の帰りとは間が悪い。」

微笑み合う両者にある独特の空気に、八左衛門は僅かに後退する。

しかし再び向けられた立花仙蔵の目に肩が微かに跳ね足が止まる。

「…生物委員委員長代理、竹谷八左衛門。お前の怒りは随分とお門違いだな。」

「!ッ…お言葉ですが先輩、忍術学園で飼育している動物達は学園の守りも兼ねてるんです。一度縄張りに負けるとまたその場所に行くことを拒むものもいる。…その危険性を先輩なら!」

「それは動物達のせいではなく、只単にお前の技量が足りていないからだろう。」

「!!!ーーッ!!!」

仙蔵の言葉に八左衛門は大きく肩を揺らす。

確かにそうなのだ。
動物達の個々の特性を活かし導くことが獣遁の基礎。如何なる動物達がどう育つかはそれこそ導く者の技量だ。

拳を握り締める八左衛門に、仙蔵は先程の比ではない程眉を寄せる。

「……それに、だ。八左衛門。○○もまた我々と同じ学園の生徒。仲間であることをお前は忘れるているのではないか。」



「……ぇ?……!…ぁ……。」


八左衛門はハッとした。


そうだ…
あの言い方では○○は…


思わず力が抜け愕然とした。自分が○○に放った言葉が頭の中で何度も木霊する。




「……行くぞ、○○。」

『え…あ、…はい。』

○○を呼び寄せ食堂の出入口へと足を進め仙蔵は、再びピタリとその足を止める。

そして振り返ることなくポツリと言葉を落とすように呟いた。


「…同学年であるお前達が"それ"では……それではいかんだろう。」


「ッ!」


そして今度こそ食堂を後にした。



一人残された八左衛門は、いつの間にか当たり前のように引いていた自分と○○…"五年"と○○とにあった明らかな線引きに、只呆然と佇む他なかった。






ーーーーー


『……作法委員長。あの場で縄張りを主張させてしまったのは私の落ち度。竹谷が怒るのは最もです。』

渡り廊下を過ぎた所で、○○は口を開く。
仙蔵は変わらず足を進める。

「それ程手強い相手だったのだろう。無事に戻った事を労い学園に変化がなかったことに感謝こそすれ、怒りを向けるなど筋違いだ。」

仙蔵は足を止めその美しい髪を翻し向き合った。僅かに高い○○を見上げ、続ける。

「いいか、○○。お前行動は全て学園の為であることは我々六年は周知の事実だ。…今回の件も、態々お前が示さなければ成らない理由があったんだろう。」

『…………。』

「……深くは聞かん。だが予想は付く。…学園を狙うものに獣遁の術に長けたものが居たんだろう。…竹谷では及ばぬ奴が。」

無言は肯定である。
○○は微かに視線を落とした。


『……竹谷は受け継ぐ飼育をしているのです。私には到底できるものではない。』

学園で飼育されている動物達と○○個人の動物達では実力も勿論だが、明らかな違いがある。
学園の動物達は笛など決められた指示によって行動できるように調教される。それは学園の生徒で在れば出来るだけ扱えるようにと受け継がれているものだ。代々その調教を任されている生物委員会、故にその巧みさと人への信頼がそれを左右する。

『竹谷の動物に対する姿勢があり、学園の動物達は人に対して一定の信頼を持ち守り従っています。それは竹谷だからこそ出来ること。』

「……。」

『私の使役は私呑みがやっと。…だからこそ、竹谷言っていた通り私の行ったことは学園を危険に晒したことと変わりないのです。』


○○の言葉に仙蔵は暫し沈黙し、深く息を吸い大きく吐いた。


「…先程、私が竹谷に言った言葉を聞いてなかったのか?」

『?』

仙蔵は真っ直ぐ言い聞かせるように言葉を紡いだ。

「どれほど任務をこなしていても、学園を離れていようと、五年は組の○○は我々の仲間だ。…故にお前と竹谷は何も変わらない。」


『!…作法…委員長…。』



「…忘れてくれるなよ、○○。"先輩"の存在というのを。」


伸ばされた頬の手に、○○は自身の指を重ね、ゆっくりと目を閉じた。

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