雄英臨時清掃員。3



「…ッ…!○○くん!!」

久しく感じたことのない深い眠りから目覚めたオールマイトこと八木俊典は、保健室のベッドの上で勢いよく身体を起こした。


「…あのこなら掃除中だよ。」

軽やかな音と共に開いたカーテンから姿を表したリカバリーガールの言葉に、八木は顔を向けながら思い出したように声を溢した。


ヴィラン脳無との激しい戦いの中。全盛期には遠く及ばないにしろ"以前"とは比べ物にならないほど動くことができるように身体を感じ、次はリーダー各の少年だと向き合ったその時、その身体を取り戻してくれた清掃員である○○が降ってきた。焦るオールマイトとは対照的に淡々と言葉交わす○○にほっとし手を伸ばそうとした瞬間、痛みの無い拳で意識が遠退き、目が覚めたらここ、保健室のベッドの上だった。



オールマイトは自身の身体に感じた"違和感"に首を傾げた。

その姿を見ながら、リカバリーガールはゆっくりと元いた椅子へと戻りながら答えた。

「疲れが溜まってないんだろう。」

「…はい。深く眠れたこともあるようですが、あの脳無とやり合ったにしては…。まさかこれも…。」

「ああ、あのこだよ。…ヴィランの襲撃とは知らずに殴った分だって疲労を"減らし"たそうだ。…なんとも不思議な"個性"を持ってるこだ。」


「…そう…ですね。」

椅子へと腰かけ直したリカバリーガールと向かい合うようにベットから足を下ろし、八木は続ける。

「……彼と初めて合い、この傷を治してくれたその日から彼の"個性"の巧みさには驚かさせれてばかりです。…また、彼自身にも。」

服越しに触れる脇腹にはもう殆ど傷はない。
"力"を渡したことによる能力の低下は見られるが、マッスルフォームの維持時間は伸び、血を吐くことも無くなった。

…○○と初めて会った日からの事を思い出す。

礼をする為に偶々貰った限定という菓子を理由に昼食に誘えば、変化の少ないその表情が分かりやすく"緩んだ"。一方的な会話の中で、○○が無類の菓子好きで特に限定ものに目がないこと、しかしチョコミントは苦手で菓子だと認めていないことを知れた。個性である"増減"は、自身がそう思うだけである程度は可能であり、触れると更に細かいところまで出来るらしいこと。
そして会話の中で見えたのは、○○自身があまり自分の"個性"の凄さを理解していないことだった。



「…私の"治癒力を活性化"させる"個性"は、本人の体力を使うものだからどうしても限界があるけど、あのこはそういう細胞をそのまま増やしているから身体にかかる負担もないようだし治癒としては理想的だよ。…何とも器用なこだね。」

「……はい。」

リカバリーガールの言わんとしていることに八木は共感するように頷いた。


礼を伝えながら衣服を整え保健室を出ようとする八木の背中に、再びリカバリーガールが声が足を止めた。

「…アンタもあのこの力を理解しているなら十分気をつけてあげることだね。…あと、また此処に来るように言っといておくれよ。御菓子を用意しておくとね。」

八木は返事を返すように微笑み、保健室を後にした。









「…………。」


既に薄暗くなっている廊下を一人歩く。

先程から考えるのは○○のことばかり。
人工物、人体から自然のものまで、制限なく有りとあらゆるものを"増減"できる○○の"個性"は他の"個性"をも圧倒する。
その気に成れば、恐らく相手の"個性"そのものを操ることも可能なのではないだろうか…。


オールマイト…、八木俊典は足を止め、窓から切り絵のように暗くなった木々や建物を見た。


…一見、何事にも興味なく怠慢そうに見える○○だが、実はとても真面目で仕事は仕事として全うしている。
以前、好きな菓子を個性で"増やす"ことしないのかいと聞いたとき、出会った時のように少しムッとしてそれはズルだろうと残りの菓子を頬張った。



「………。」


…御菓子を食べているときの少し緩んだ顔。清掃への真面目な姿勢。

目を閉じるといつの間にかあの顔が瞼の裏にある。

ほっとするような
時間の流れが彼だけ違うような…
独特な空気。空間。

今まで感じたことの無い
いや、遠く忘れていた穏やかな時間



ああ… あの空気は あの空間は…

とても… ああ…とても




「……好きだな…。」










思わず零れた自分の言葉に八木は目を大きく開いた。




そして何度のその言葉が頭に木霊し、帰路に着こうとしていたリカバリーガールに再び声を掛けられるまでその場に佇んでいた。

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