諦め話A-1

死ぬのだと思った。
振り下ろされようとしている鈍重な刀が月明かりに反射して、冷え切った頭の冷静な部分がその一点を見ていた。

負傷した同輩はピクリとも動かず背中から伝わる体温は最早冷たい。それでも捨て置く等どいう選択肢は端から無く、二人で受けた任務は最後まで二人でと…。

ああしかし、プロになる前に死ぬのだと。最高学年でプロ忍に近い存在だとしても、学園一忍者している存在だと言われていても…、叶わなかった。



悔しさか… 哀しさか…

来るであろうその痛みに、目頭が酷く熱くなった瞬間。

突然に目の前の刀が止まった。
否。ニヤリと不敵な笑みを浮かべていたその忍の身体事まるで時が止まったかのように静止してのだ。

「…な…なに…!?」

「?…!」

先程の顔とはうって変わり驚愕に目を見開く忍後ろで、月を背負った人影が木々の上から此方を見下ろしていた。

その姿に、死を突き付けられていた男 潮江文次郎は場に削ぐわないほどに魅入ってしまった。
動きを停止させられた男からは決して見えないその姿。風によって揺らめいた木々達にと共に月明かりに反射して見えたソレは無数の糸。まるで蜘蛛の糸のように張り巡らされ、そしてそれは全て月を背負う男へ向かって伸びていた。


ザワッ…

「…グガッ!!」

「!!」

蛙が踏み潰されたような声を上げながら、男は宙に舞う。そして入れ替わるように表れたのは月を背負った男。

シュル…

『……。』

「!お…お前…。」

糸を巻き込む音と共に見えたよく知る群青色の忍び装束。そして自分を射抜く瞳を最後に文次郎は意識を手放したーーー








…ろ

……じろう…


「…ッ!文次郎!」

「!…い…さく…?」

聞き慣れた友の声に再び意識が浮上し、飛び込んで来た見慣れた天井に全身の力が抜けた。

「よかった…本当によかった…!君も仙蔵も処置が遅ければどうなっていたか…!」

「ーーッ!仙蔵は…ッ!」

「君より一刻程早く少し目を覚まして今は落ち着いて寝てるよ。…ほら。」

身体を傾けた伊作の後ろで穏やかに呼吸を繰り返している仙蔵の姿に、文次郎の目からは自然と涙が溢れ落ちた。

その姿に伊作は、優しく微笑む。
そして"その姿"を見ぬよう立ち上がり、薬を用意する。

数滴、布団を濡らした後、文次郎は昨夜の事を思い出しハッとした。

「伊作。…俺達を此処へ運んでくれたのは…五年の奴か?」

「!…覚えてるんだね。…そうだよ。」

文次郎は考え混むように眉を寄せた。

「……今年の五年は、い組二人、ろ組三人だと思っていた…。」

「…余り喋ると体に毒だ。…今は考えるのは辞めて身体を休ませて。」



「……………そうだな。」


何か知ってそうな伊作の言葉にも、身体がここまでだと瞼を重くする。
身体を解すように焚かれた医療香に再び意識が遠のくのを感じながら、文次郎は"彼"を知らぬ己を恥じた。

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