世界を食べる燃費系


ガツガツガツ!ガツガツガツ!!ガツガツガツガツガツガツ!!




互いを意識し合いながらも、自分自信を高めることに集中する大会のリンクサイドで、皆の注目を一気に奪う光景があった。

多くの選手たちは耳にイヤホンを差し、"外"を遮断し、気持ちを作っているというのにその視覚に入ってきた一人の"選手"はその全てを持っていってしまった…。それくらい衝撃的なものだった。




ガツガツガツガツガツガツガツガツガツ!!




長椅子を占拠するように食べ物を広げ、その中央に鎮座しながら、吸い込まれるように食べ物を口へと運ぶ、何処かの国の選手が一人。

そのコーチだろうか、これまた両手に食べ物を抱える人が、水分も採るよう促しているが、それ以前に言うことがだろうと、誰しもが思った。

それは勿論、共に選手としてこのリンクで競う勝生勇利とヴィクトル・ニキフォロフも同じ気持ちである。


「…か…彼凄いね…。それに、次彼の出番なのにあんなに食べて大丈夫なのかな…。」

「…!もしかして、彼って…。」


ヴィクトルは思い出したように目を見開いた。

「ヴィクトル、"彼"知ってるの?」

申し訳なさが残るが、勇利は彼のことは全く言っていいほど皆無だった。それは彼を凝視しているユリオや他の選手も同じで、何故この場にいるのかも分からない程、無名の選手だった。


相手にならないと決め付け、馬鹿にしたように笑う選手達もいる中で、ヴィクトルは何処か嬉しそうに興奮したように微笑んだ。

「…あの"食べ方"。…俺の記憶に間違いがなければ、きっと勇利も…いや、この場にいる誰もが驚くと思うよ。」


「…え…?」


口元を緩ませ、楽しくなりそうだと呟きながら、自分の準備を始めるヴィクトルに、勇利は首を傾げながらも、彼の口へ収まっていく食べ物から目が離せなかった。














ザワッ…




聞いたことのないのない国名と○○という名前。深く被っていたフードから現れた長い手足の均一のとれた身体。何処かの民族衣装のような細かい細工が施された衣装。
印象的な"眠そうな目"が一瞬閉じ、それと共に始まった彼の演目に客席だけでなく、その場にいた選手たちはリンクに釘付けになったーー


見間違いでなければ、直前まで食べていた食べ物の食べかすが、頬に着いたままだというのに、そんなことなど気にならない程、彼の滑りは凄まじかった。





緩やかな曲線の舞から始まった、柔軟性を活かした美しい滑り。
猫背で気付かなかったが、高身長と相まってスピード乗った高いジャンプ。
長い足がリズミカルにステップを誘い。安定感のある4回転は軽やかに。




そして演技終盤ーー




『………フッ……!』




「「「「………!!!?な!!!」」」





ーーーー誰も成功したことがないという4回転"アクセル" ーーーーー





皆の呼吸すらも奪う程、彼は演技終盤に"美しく"飛んで見せたのだ。





嘘だろう…



ありえない



美しい



凄い



様々な"呟き"がいき交う中、彼は最後まで力強く、美しく滑りきって見せた。





そして、曲の終わりと共に一瞬間が空き、その後割れんばかりの拍手が会場全体を揺らした。







…そして、他の選手の視線を集めながらキスクラに向かう途中





……倒れた。



「!?…君!!」

自分の直ぐ横で倒れた彼に勇利は思わず駆け寄った。


『………………。』

「大丈夫!?体調が悪かったの!?」

勇利の叫ぶような声に、徐々に人が集まり始め、彼の演技に時を止めていた者たちも慌ててタンカーを呼ぶように指示し始めた…のを、両手に食べ物を抱えた彼のコーチも思われる男性が止めた。


「!!あわわわわ!!す!すみません!!だ大丈夫なんでちょっと通してください!!」

「「「「???」」」」


「!!弟よっ!!食べろ!!」



「「「!!?」」」

倒れた彼の頭を抱え、皆が驚く中、なんと彼の口へ持っていた食べ物を詰め込み始めたのだ。


演技前と同じく…いや、それ以上に一瞬で飲み込まれていくそれらに、皆が呆然とするなから、クスリと笑いを堪える声に皆が振り返った。


「!ヴィクトル?」

そう、笑いの主は彼だ。


「あはは!…ごめんごめん!変わってないなと思ってね…。」


皆が首を傾げる中、ヴィクトルは懐かしむように目を細め、未だ口のみを動かし、目の焦点が合わない彼を見詰めた。


「昔開催したスケート教室に参加してた"こ"だ。その時も確か始まる直前まで"食べて"たねぇ。」

そして、彼の"体質"について説明し始めた。




「…彼はね、すごーーーーーー……く、燃費が悪いこなんだよ。」


「…燃費?」

ヴィクトルは頷き、続ける。

人は生きているだけで基礎代謝としてかなりのエネルギーを使う。況してやスポーツなど"それ"の競い合いであるものが殆どだ。一見"美"や"技術"を評価しているフィギュアスケートでも、その体力や持久力は他のスポーツ以上に身体を酷似する。



「それを摂取するのが主に食事であったり、睡眠であったりするでしょ?…でもそれは人によって違う。取り過ぎると勇利みたいに直ぐに身体に出てしまう人もいるし、食べても全く身体に付かない人もいる。」


勇利は思わず耳を防いだ。


「…彼…、○○はね、そのどちらでもなくて、直ぐにエネルギーを吸収してしまうんだよ。…成長期で中々それが追い付かず大会のすら出れてなかったみたいだけど…。やっとある程度身体が作られて来たんだね。」


でも、やっぱり"滑る"時はこうなんだね。と続けるヴィクトルに、皆が一斉に彼を見る。






また新たな"時代"の幕開け



彼の滑りを見てそう思わずにはいられない。




『……んぁ?』


「!!○○!」

気が付いたように辺りを見渡した○○に、皆が声を掛けようとした瞬間ーー



「○○!早く食べろ!!もっと食べろ!!」


『!!?ングッ!!』


「「「「おいおいおいおいおい!!!」」」


半泣きになりながら、○○を呼ぶコーチたど思っていた人物が、言葉を発しようとした○○の口にこれでもかと持っていた食べ物を全て押し込んだ。


窒息しちまうぞと止める者も多い中、○○は変わらず口を動かした。












結果、その大会は○○という無名だった選手の優勝という電撃的なものになり、その後のバンケットの主役は無論彼の話で持ちきりになった。



「……お騒がせしました。改めてまして、私、○○の兄で、名をイワンと申します。」


○○の口に食べ物を詰め込んでいた男、イワンは集まった選手達へ頭を下げた。
兄という言葉に、兄弟だったのかと驚く者もいる。


その少し後ろで○○は眠たそうな顔でテーブルひとつを占拠し、豪快に食事をしている。

その様子を見ながら、勇利は大会中ずっと気になっていたことをイワンに尋ねた。


「…すみません。僕、ヴィクトルに聞くまで彼のこと全く知らなくて…。その、国名も初めて聞く国で…。」

「ああ、はい。僕らの国は本当に本当に小さい国なんです。"村"といいますか…。寧ろ知られないように生きて来た民族で…。」


「民族?」


ユーリの隣に立つオタベックが興味を持ったように口を開く。

それに頷きながら、イワンは続ける。

「元々、我々は潜在的知能指数や身体能力が高い民族だったらしいです。それこそ、その"力"で他の民族を圧倒していたとされていますが…、ただ、その分体力等の消費が激しく常に食事をとることを余儀なくされていたことから、次第にその"血"も知能や技術と共に大分昔に絶えてしまいました。」

その話を聞き、皆が一斉に○○を見る。

「…ちょっと待てよ、絶えたって…。それ、まんまアイツじゃねぇか。」


ユリオの言葉に頷く。


「…○○は"先祖返り"です。」

「先祖返り?」

「隔世遺伝のことだよ。…なるほどね。それで納得したよ。」


ヴィクトルはゆっくりと○○の元へ歩き始めた。




「…やぁ、お腹は膨れたかい?」

『…!……?』

多くの人に囲まれながらも動かしていた手を止め、○○はヴィクトルを見上げた。
周囲のザワめきが一際大きくる。





「優勝おめでとう。…まさか君が出てくるとは思わなかったよ。」


『…………ゴクン。』



「…スケートの"壁"を簡単に壊すなんて、…まだまだ"先"を見せてくれそうだね。本当に楽しみだよ。」


『…………。』



牽制…ではなく、ヴィクトルは純粋にそう思ったのだ。

○○はただ黙ってヴィクトルを見上げている。




「…君さえ良ければ、またロシアに来る気にはないかい?」


無論"教室"でも構わないよと、まるで口説き文句のようにウインクを送るヴィクトルに、より騒がしくなった○○の周りに、遠巻きにその様子を見ていた勇利を初めてとする他の選手たちも息を飲んだ。


ヴィクトルは設備の整ったロシアに来れば、彼の技術はより高いところまで行けると考えた術の誘いだった。



『…………。』

「…………。」


暫しの見詰め合いと沈黙を破ったのは○○だった。




カダンッ…


○○は椅子から立ち上がり、ゆっくりと足を動かした。


「……!」

そしてヴィクトルを……通りすぎた。



ドスッ!


ガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツガツ!!!



「……へ?」


○○はまた違うテーブルに座り直し、また口へと食べ物を運び始めた。


呆けるヴィクトルに、肩を奮わせながら笑いを堪えるユリオをオタベックが支えた。





「!!ああああ!!すいません!!ヴィクトルさん!!」

イワンが慌ててヴィクトルに駆け寄る。


「弟は!○○は英語殆どダメなんです!"必要最低"の言葉だけ教えてまして!!…だから、僕が付き添ってまして!!悪気はないんですー!!」


『オナカスイタヨー!!!タベモノくださーい!!オニイチャンダイスキー。』



「そう!あれしか喋れないんです!!』





皆が一斉に転けた。













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オニイチャンは弟ラブです。溺愛です。
美味しいものを食べたくて世界へ出た系男子です。
主役か余り目立たない話になってしまった…(゜ロ゜;

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